大伴銃砲火薬店-第一倉庫 http://www.mojika.com/nov/ このブログでは、小説の発表をしていきます。 ja 2008-02-05T23:43:11+09:00 「墓石村事件」 5 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/09/post_19.html  「頭が破裂したって事は、」
 僕は一口タコスをかじり、一応そう聞いてみた。
 「ええ、だから銃声が後から聞こえたのです。尤も、銃声が後から聞こえたという事は理論上の問題で、実際は同時に感じました」
 広瀬さんはこう答えた。
 「つまり、高速なライフル弾か、イクスプローシブブレットの様な特殊弾頭だったという訳ですね。でなければ、頭蓋骨を破る程の衝撃波、瞬間空洞は作りだせないでしょう。実際は、音速よりも速いライフル弾だった訳ですが、それを見た瞬間の時点では、何がなんだかわかりませんでした」
 イクスプローシブブレットとは、炸裂弾丸の事で、炸裂弾のブレットの事だ。しかしこれは貫通力に難が有るので、破裂するのは頭蓋骨の中ではなくって、骨に当った瞬間だろう。だから今回のクーデグラは速い弾なんだね。
 「それで広瀬さんはどうしたんです?」
 「その時は皆パニック状態でしたから、何もできません。私がした事といえば、それを見た人の顔を覚える事ぐらいでした。その場で倉井の破裂を見た人ならば、射撃はできませんからね」
 「射撃の際の、銃口発射炎は見ましたか?」
 「いえ。マズルフラッシュには、その場に居た者は誰一人、気付く事はできませんでした」
 発射煙なら兎も角、薄暗い中での射撃で銃口の光に気が付かない物なのだろうか? 僕は疑問に思ったんだけど、
 「私はフラッシュハイダーや、リコイルレデューサーの様な器具が取り付けられていたのでは無いかと予測しました」
 と、広瀬さんが言うので納得した。
 「じゃあ、どうして狙撃って分かったっチャか?」
 「倉井は、校庭の西の端、プールの側で撃たれた訳ですが、方向的に東側、つまり校庭側から撃たれたのです。これは、校庭のその方向には誰もいないのが見えましたから、学校の敷地外から撃たれた事になります。そして校庭は、東に約百五十メートルのびていたのです。少なくとも百五十メートルの距離が犯人と倉井との間にあった事になるのですよ」
 「すいません。学校の敷地の概略を教えていただけないでしょうか。どうにもわかりづらくって」
 僕がそう言うと、
 「俺もそこがよくわからねえと、そう思ってたんだよ」
 と、聞いていたらしく、マスターがしゃがれ声で言った。他に客もいない事だし、暇だったのだろう。
 「そうですね。事件とはあまり関係がないと思ったのですが、一応説明しておきましょう。校舎を中心に考えますと、北に正門、南にグラウンド、西に体育館です。北側には、銀杏の木だとか、百葉箱、ウサギの飼育小屋、野外便所等が有りました。校舎は二階建ての木造で、音楽室だとか理科室だとかも、同じ建物にあった様です。教室は、一学年に二つだと聞きました。つまり十二クラスあった訳ですね。グラウンドは、長手方向が百八十メートルくらいで、西の端にはプール、体育館、西門などが有りました。東側には相撲部が練習に使う土俵と、倉庫、東門、肋木、花壇、それだけですね」
 「その東門の辺りから撃ったんですね?」
 「結果的に、そういう事がわかりましたが、犯行当時は薄暗く、そこに人陰を発見する事はできませんでした。この事件は、当日村にいた全ての人、千五百人を潜在的な被疑者として捜査対象とする、大規模な物になりました」

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墓石村事件 strap 2006-09-20T00:50:00+09:00
「墓石村事件」 6 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/09/post_20.html  「被害者の銃傷を見ましたか」
 「はい。被害者は空洞現象による瞬間空洞で、鼻から上の部分が膨らんで、後頭部上側を中心に破裂していました。残った組織は、まるでイチゴジャムの様でした」
 粘土に銃弾を撃込むと、銃弾径の十倍をこえる大きな穴が空く。これが瞬間空洞だ。ただし粘土は弾性がないんで、瞬間空洞がそのままの形で残る事に成るんだね。
 「第一銃創は、眉間の間、額の真ん中です。つまり、正面から撃たれたという事に成りますね」
 これは完全な狙撃だ。眉間の間なんかには、狙わなきゃ当らない。頭部を目的とした正面からの狙撃の場合、ここを狙うのが一般的なんだ。このケースではたまたま、左右にも、下にもズレなかったって事だろう。
 「弾丸は、ブレットは何処に有ったのですか?」
 僕は聞いてみた。
 「それは随分後にわかった事ですが、まあここで説明いたしましょう。頭蓋骨を突き抜けブレットは、脳幹内で後方拡張を引き起こした後、上向きに偏向しながら進み、ついには後頭部の骨にぶつかりました。えっと、骨と接触したのはブレットの底の部分です。しかしそこ迄にエネルギーを上手く消費していたので、それを突き抜く事はせず、脳天に向かって跳ね返されました。ですからマッシュルーミングしたブレットは、頭のてっぺんの骨にめり込んだ状態で発見されています。尚、ブレットを跳弾させた部分を中心に、頭部の破裂、脳漿の漏れは起きていたそうです」
 僕はお酒を美味しく飲む為に、あまり想像しない事にした。
 「さっき、銃の音が後から聞こえたって言ったっチャけど、どのぐらい後から聞こえたっチャか?」
お杉の質問には、広瀬さんも苦笑いをした。
 「ほぼ同時でした。差は理論上の問題です」
 「理論上って、どれ位だっチャ?」
 下らない事にこだわると、僕は思った。
 「ブレットの平均速度を、秒速八百五十メートル、ええっと、約二千七百八十八と四分の三フィートと仮定しましょう。又、犯人の射撃位置から倉井までは、百七十メートル、私が音を聞いた位置までは、百九十メートル、計算し易い様に、気温をセルシウス温度で十度としましょう」
 「じゃ、ほとんど同時だっちゃ!」
 と、お杉が叫んだ。
 「まあ、今の計算はデタラメの数値ですが、約〇.三六二七九六秒差ですね」
 と言った。流石に少し酔っているとは言え、広瀬さんは計算が速い。空気中では、音の波の伝わる速さCは、摂氏θ度の時一秒当たり、約「331.5+0.61×θ」メートルだから、音は一秒間に三百四十メートル近く進む計算になる。じゃあ、ほとんど同時だと言っても良いだろう。
 「駐在員はすぐ来たのですか?」
 僕はタコスで汚れた手をお手拭きで拭きながら、そう聞いてみた。
 「来たも何も、私の目の前で皿にカレーを注いでいました。給食の係をしていたんですよ。とはいえ事態を認識すると彼はすぐに冷静になり、現場を落ち着かせました。正に警察官の鑑とも言うべき人物でしたね。名前こそ知りませんが、私が同じ警察官として、尊敬している人物の内の一人です」
 そうかもしれない。駐在員っていうのは有事の際、たった一人ぼっちで、応援の到着迄頑張らなきゃいけないんだ。強靱な精神が要求される職業とも言える。
 「私は、駐在さんに自分の意見を述べました。犯行に使われた凶器が、ボルトアクションのライフル小銃ではないか、という考えをです」
 「それはどうしてですか?どうしてライフルだと思ったんです?」
 これは大事な事だと思う。ただの思い込みでライフルだと思う事は、捜査の幅をいたずらに狭める事になるからだ。川副警部が何時も僕らに言う、「予断と余談は禁物だろうが」というやつだ。

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墓石村事件 strap 2006-09-25T02:33:53+09:00
「墓石村事件」 7 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/09/post_21.html  「順をおって説明しましょう。私は先ず、マシンガンを除外しました。何故ならば、銃声から判断するに、一度しか射撃はなされていないからです。単発で発射し難い構造の銃は除外すべきだと考えました。又同時に、この様なかさばる銃は、この手の仕事には向いていないと考えたからです」
 これは誰にでもわかる事だ。
 「次に私は、ホイールロック銃やフリントロック銃、パーカッションロック銃、ショットガン、対戦車ライフル、グレネイド弾、クロスボウ、空気銃、その他の銃以外の射撃武器を除外しました」
 「どうして、ショットガンや対戦車ライフルはダメっチャか?」
 「ショットガンは散弾銃とも言います様に、ワッズ内のペレットを飛び散らせる構造の銃です。しかしこの事件での弾は一発だけでした」
 そう。ショットガンとは、送り蓋の中の金属の粒々をばらまく銃で、感覚としては点を狙うというよりも、目標を面で捕らえるという感じの銃だ。絞りを調節する事によって、金属の粒の広がり方を変える事ができる。又、ショットガンはスムースボアと言って、旋条が切ってなく、発射された弾は例え一つの金属の粒だったとしても、普通回りながらは飛ばないんだ。二つの事から考えれば当然、狙撃なんかには適して無い銃だよね。
 「たとえライフルド・スラッグを使ったにしても、弾体自体に切ったライフルでは、百五十メートルの狙撃は絶対に無理です」
 スラッグっていうのは、ナメクジの事で、この場合の用法としては、一粒弾、ショットガン用のいっぱいに分れない、単体の弾の事だ。もっともこれは、金属の塊全般を指すスラングらしいけどね。ライフルド・スラッグってのは、発射された後回転する様に、弾自体に溝が彫られた、一粒弾の事なんだってさ。
 「又、もっと近くで撃ったとしても、当然頭は破裂しません。ショットガンで人体の頭部を吹っ飛ばすには、互いの散弾による衝撃が、共鳴振動を起す程纏って着弾させねばなりませんから、それはどんなにチョークを絞ったとしても、至近距離でなければ無理と言うものです。我が国で最も普及している、十二番ゲージのシェル自体のサイズも元々、百五十メートルも飛ばす事を考えては作られていませんので、プロペラントを詰め様にも、恐らくそんな事は無駄な努力でしょう」
 ここは最早狙撃とは関係の無い話だから、余談と言えるだろう。
 「対戦車ライフルに関しては、命中精度云々について論じても良いのですが、それ以前に、威力が弱すぎます」
 そのとおりだろう。戦車を壊す銃が、人間の頭を半分吹っ飛ばしたぐらいで終わるはずがない。
 「続けて下さいっチャあ」
 と、お杉も納得をしていた。
 「その次に私は、有効射程が百五十メートル以上ないといけませんから、ハンドガンは除外しました。これらの銃では、偶然に頼らない限り、百五十メートル先の人の額に銃弾を命中させる事は難しいでしょう。シューターの能力の問題ではなく、銃自体の精度の問題としてです。バレルの長さや、アミネーションのケース長の関係上、長距離射撃には当然向いていません。無論、照準精度を上げる為の大型の保持装置は、ターゲットが動く事と、かさ張り過ぎる事の関係上、使用できませんしね。同様の理由で、マシンピストルも除外します」
 とはいえ、僕が携帯している拳銃は、私服警官用のスナブノーズリボルバーなんで、オートピストルも当らないって事にあまり実感はなかった。
 リボルバーというのは、輪胴式と呼ばれる物で、レンコンの形をしたクルクル回る、鉄砲玉を入れるところのある形の銃だ。このレンコンをシリンダーといい、これが弾倉と薬室を兼ねている。こういう形では無いピストルが、オートピストルだと思ってもらって良いと思う。
 「で、実際、オートピストルの命中精度ってのは、どんなもんなんです?」
 と、僕は質問したが、それに答えてくれたのは広瀬さんでは無く、マスターだった。
 「コルトの四十五口径は知ってなさるな、兄ちゃん」
 僕はその質問に頷く。コルトの45ACP、最も有名なピストル、M1911、つまりコルト・ガバメントだ。
 「グーッド。五インチバレルのそいつを、二十五ヤードでレストマシーンに保持させた時のグルーピングが、市販の弾なら五ないし十センチメートル」
 マシンレストとか、レストマシンって呼ばれるのは、銃や弾薬の良し悪しを調べる為に使う、銃を万力なんかで固定して、引き金を引く機械だ。まあもっとも、命中精度の把握だけが用途ではないけど、人間の保持ミスや、照準ミスを機械的にカットしてくれる器具なんだね。当然、ただ締めてるだけじゃ、射撃時に器具と銃器との間にズレが生じるから、銃の反動を逃がす為の何らかの装置が付いてるみたいだ。つまり、マスターの話をわかり易く解説をしておくと、人間による誤差の無い状態、つまり機械が握った状態で射撃した時でも、二十五ヤード先の的に、弾は五から十センチメートルの間で散らばるっていう意味。
 「大体そのあたりで集弾する様ですね。まあ、今のマスターの説明を聞いてわかります様に、いかに射撃の達人といえども、道具の精度には頼らねばなりません。なぜならば、人間という要素が入って無い状態でさえ、こんなにも誤差が生じますからね」
 弘法筆を選ばずという格言は、ガンマンやシューターの世界では、全く当て嵌まらないものらしい。
 「二十二口径、十インチバレルの競技用銃ならば、レストマシーンに保持させた場合、五十ヤードでも、二センチ程度という事はあり得るが、百五十メートルの狙撃となると、ちょっと、いや、かなり厳しいか」
 マスターは、低くかすれた声で解説をした。
 「なるほどっチャアー。つまりピストルでの狙撃は全く無理っチャね」
 説明を聞いたお杉はそう言い、取り出したタバコに、ターボライターで火をつけた。彼が吸うのは、L&M・マイルドっていう銘柄だ。
 「第一、人間の頭半分吹き飛ばせるハンドガンなんざねぇよ」
 と、マスターも笑った。
 「最後に私は、手動ではない全ての銃を除外しました。何故ならば、セルフローディングの銃と言うのは、発射ガスの圧力や、発射の反動などを利用する造りの為、部品と部品の間に遊びが多いからです。わかり易く言えば、ガタが多い、とも言えるでしょう。これは作動を円滑に行う為には当然必要な事で、ここがタイトだと、プロペラントの燃焼粕等が溜り、すぐに作動不良を起してしまいます。しかし狙撃には高い精度が要求されますから、ガタつく様な銃ではその仕事には不向きなのです。例外的にセルフローディングのタクティカルライフルも確かに存在します。例えば、パーカー・ヘイルM85などがそうですね。しかしこれらはとても重く、あの様な場合十数キログラムもあるライフルを持ち歩くというのは、ちょっと常識的に考えられません。パーカー・ヘイルM85は、十四キログラムもありますしね。セルフローディングの銃で命中精度を持たせる為には、このぐらいの重量が必要なのでしょう」
 そう言うと、広瀬さんは少し声を大きくしてこう言った。
 「私の結論はこうでした。「この犯行は、ボルトアクション方式の小銃で行われた。故に、カービンを含む、ボルトアクション方式の小銃を捜す事が先決である」まあ、狙撃銃がボルトアクション方式であるというのは、半ば常識ではありますがね」

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墓石村事件 strap 2006-09-28T01:45:51+09:00
「墓石村事件」 8 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/10/post_22.html  広瀬さんの説明に、僕は納得した。ボルトアクション方式のライフル以外が、凶器の筈はないって、そう僕も思ったんだ。ちなみにカービンってのは、騎兵銃だとかって呼ばれる物で、コンパクトなライフル銃の事だ。
 「広瀬さん、エラリー・クイーンみたいだっチャ!」
 と、お杉が言った。エラリー・クイーンってのは、ロデオの見せ物で起きた連続銃殺事件を解決した、昔の有名なニューヨークの探偵だ。この事件では二つの殺人の犯行に、25ACP弾が使われている。他にもこの探偵は、生まれた時と同じ苗字の人が九人連続して殺される事件や、首なし死体が十字架にかけられてる事件とか、貫通したはずの鉄砲玉が体内から検出される事件を解決している、前世紀初頭の歴史的人物だ。
 「もっとも最近知ったのですが、スナイパースカヤ・サモザラヤドナヤ・ビントブカ・ドラグノバという、セルフローディングで軽量な狙撃ライフルもあるそうですね。まあ、そういう特殊な例は良いでしょう。私の考えは駐在さんに全面的に受け入れられ、小銃を先ずは捜す事から始めました。私の考えは後に、県警の応援が来てからも裏付けされます。というのも、物理研究所の小火器科学捜査検査官によって、弾丸重量百五十九グレインの308ウインチェスター弾、軍用の7.62×51NATO弾と同口径のアミネーションが、犯行に使用されていた事が判明するからです」
 なるほど、308win弾ならばボトルネック。ボルトアクションとは限らないけど、確かに小銃用のカードリッジだ。全長が七センチメートル前後のカードリッジだから、ピストルの弾には当然向かない。と言うよりも、ピストルグリップが七センチメートルもあったら、普通の人には握れないじゃないか。現代のオートピストルでは握りの部分に、箱型のマガジンを下からはめ込むのが一般的だって事は、みんな知ってると思う。この様な箱状のマガジンの中には、弾が水平方向に寝て重なっている。だからマガジンの前後幅は、カードリッジの幅よりもちょっと大きい。当然、マガジンを収容するグリップのサイズは、マガジンの全長よりも大きい。だから、これが七センチメートルもあっちゃたまらないね。命中精度云々以前の問題だ。
広瀬さんの推理力には、僕なんかまったくかなわないって、そう思う。さて、その308win弾なんだけど、それは我が国のJGSDFが使う64式小銃でも用いられている口径だ。他にもそれは、NATO加盟国を中心とした、沢山の国の軍隊で使用されてる口径なんだ。銃口発射炎は大きい筈だから、やはりリコイルレデューサーの様な器具が使われていた事だろうと、ここで改めて僕は思い直した。結構かさばる大きさになる。
 ボトルネックってのが、そもそもどういう形のカードリッジなのかと言うと、名前のとおり壜みたいに薬莢がくびれていて、栓の位置にブレット、つまり弾頭のあるカードリッジなんだ。壜底の位置がプライマー、つまり雷管って事になるね。これは同じブレットに対して、ストレートな形の同じ長さの薬莢よりも、沢山の火薬を使う事ができる。だって薬莢が太いんだからね。つまり、大きなプレッシャーを生み出す事ができるんだ。だけどピストルでは、そんな大きなプレッシャーは必要無いからこれは、小銃用のカードリッジだと言えるんだ。実際そんな大きなプレッシャーを銃床無しで受けるのは、そうとうキツイんだろうって思う。もっとも、FN社の特殊なピストルや、旧日本軍のピストル、それに、モーゼルやトカレフなんかみたいに、ボトルネックの小さなカードリッジを使うピストルっていう例外も、あるにはあるんだけどね。
 「現代の歩兵は、マシンカービンや、突撃銃だとかって呼ばれるライフル、ええっと自動小火器が主ですから、308win弾の様な口径はちょっと時代遅れのカードリッジなんでしょ?」
 当然これは、ストラップさんの受け売りだ。
 「ええ。その突撃銃の代表格である、アブソマット・カラシニコバ、マスメディアが言うところのカラシニコフ銃は、そのコピーをニュース映像でも度々目にしますし、我々も稀に押収しますね」
 「ああいう銃には確か、反動やガス圧が大きすぎて、308win弾は余り向かないって、そういう話ですね」
 興奮して喋ったんで僕は、変なところで息継ぎをしてしまった。アブソマット・カラシニコバの代表格、一九四七年型は、「アー、カー、ソーロックシーム」の名で有名だね。
 「ええ、まるで向きません。ですから北大西洋条約機構は、小口径の軽量高速弾を、突撃銃用の新口径として採用しています。308ウインチェスター弾はもっぱら、狙撃用ライフルでの使用です。先程のパーカー・ヘイルM85もこの口径ですね。アメリカ合衆国のレザーネックが使うM40A3や、グリーンベレーのM24などは、308ウインチェスター弾を使用する、代表的なボルトアクション狙撃ライフルと言って良いでしょう」
 「じゃ、やっぱりボルトアクションっチャ!」
 M40A3やM24は、レミントン社のM700をベースとした、ボルトアクションライフルだ。
 「ええ、ボルトアクションでしょう。このブレットは、ホロー・ポイントで、見事にマッシュルーム状の変型をしていました」
 ホロー・ポイントっていうのは、運動エネルギーを目標、つまり人体等に停める為、貫通しないで残る様に、バナナの皮がめくれる様な変型をする様に工夫した鉄砲玉の事だ。正確にいうと、鉄砲玉の先っぽが窪んでいる構造になってるものなんだ。こう変型すると弾は貫通しなくなるから、運動エネルギーはそこに留まる事に成る。だから当ると、とっても痛くなる様に作ってあるんだね。みんなもご存知の、ダムダム弾の一種だと思ってもらっても、良いと思う。
 「ですがライフリングマークは幸い残り、エンフィールド型で、右回りに六本でツイストしたバレルから、発射されている事がわかりました」

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墓石村事件 strap 2006-10-04T01:45:45+09:00
「墓石村事件」 9 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/10/post_23.html ライフリングマークに付いて、ちょっと説明しよう。先ず、痛い鉄砲玉にする為には、速く飛ぶ重い弾が良いんだ。だから弾丸が小さなボール状ならば、飛んでいく時の断面積、つまり空気の抵抗に対して重さが少ないから、当った時にはあんまり痛くないんだ。痛くする為には弾丸の重さを増やせば良いんだけど、それだと今度はゆっくりと、しかも少ししか飛ばなくなる。それで弾丸は、重いのに速く遠くまで飛ばす工夫、つまり空気の抵抗を減らす為に、前後に細長い形をしているんだね。だけどそうすると、形がヘンテコなもんで、風だとか弾丸のわずかな凹凸なんかの影響で、いろんな方向に回っちゃって、真直ぐ飛ばなくなっちゃうんだよ。だから変な方向に回転しない様に、銃身内であらかじめ回転を与えて発射しているんだ。進行方向と同じ向きした、弾の中心を通る軸を中心にね。こうすると、他の方向への回転は難しくなるから。
この、銃身内での回転を与える為の溝なんかを、ライフリング、旋条といい、それがある銃をライフル銃と呼ぶんだ。そして、発射された弾丸に残った、回転させられた事を示す傷を、ライフリングマーク、旋条痕と呼び、捜査では銃の特定などの為に重要視されている。
「又、このブレットは当然ボートテイルに加工され、空気抵抗を抑える工夫がされていました」
ボートテイルっていうのは、ブレットの後ろ側が小舟の後ろ側みたいに細く成ってる事をいうんだ。これで空気の抵抗が減るんだって。ライフル弾では半ば常識なんだそうだ。
「まあ、これらの考えを述べた事によって、私は駐在さんに認めてもらう事ができました。駐在さんは、犯行当時私が目の前にいた訳ですから、私が犯人ではない事を知っていましたしね。私はこれによって、駐在さんのパートナーとして、事件捜査に協力する事ができたのです」
「で、見つかったっチャか?」
お杉が皿からタコスを摘んでそう言った。タコスはこの時もう、後一切れに減っていたと思う。
「いえ、残念ながら、問題はそう簡単な事ではありませんでした。小銃はかさ張りますから、すぐに見つかると私は思ったんです。しかしそれは我々部外者が犯人だった場合の話。しかし村人が犯人と言う事は大いに考えられましたから、隠し場所は必要無いくらいで、どこにでも隠せたんです」
「じゃあ、どうしたんだっチャ?」
「そちらは本隊が来てからの人海戦術に任せるとして、私と駐在さんは、その日村に居た人全員の掌、特に拇指の付け根を見て回りました」
「あっ!そうか」
僕は広瀬さん達の行動の意味がわかった。
刑事部に所属している僕らは一瞬にして、剣道とか柔道の達人を判別する事ができる。面ズレっていうおでこの痣や、寝技で潰れた耳なんかを見てね。これはそれと同じ事なんだ。
「今回の犯人は狙撃を行っている。つまり銃の扱いには慣れてるんですね。だから当然、お父さん指の付け根には発射時の反動があって、射撃をずっとやってると手が硬くなります。広瀬さん達は、それを捜して回ったんでしょう?」
「おっ!今日は冴えていますね」
「いや実は、この前仕入れたばっかりの知識なんですよ」
と、僕は言った。そう、ストラップさんが僕の右手を見て、
「感心な事だ。射撃訓練は行って居る様だね」
と言ったんだ。僕は手袋をして練習をしてたんだけど、それでもリコイルをずっと受けてると、親指の付け根と人指し指は硬く成ってしまう。又、親指の平の部分は、有鶏頭短銃の関係上、撃鉄を起こす為に硬くなっちゃう。
「ストラップですね? うん、そうでしょう。そう、私もこの事件の少し前に、キックバックによる拇指付け根の変化について、ストラップから聞いていたものですから、この時思い付いたんですね。掌を見て、銃に精通しているかどうかを見極めるという方法をです」
ストラップさんならば、愛用の銃の形状なども、ある程度わかるらしい。もっとも蓋然的仮説としてらしいけど。
「しかしよう、兄ちゃん。あそこは確か、雉子だとか猪だとか、撃って捕って喰ってたろう」
「ええ、そうです。しかしこの方法で有力な被疑者は、二十八人にまで絞られました。そのうちの一人は私と同じ、日帰りでは無い外来客の内の一人で、彼は墓石村迄自家用車で来ていました。この車はトヨタの4ドア・セダンで、後部座席側のドアには、チャイルド・ロックが有った事を憶えています。私の印象としては、家族持ちの三十代前半の男という感じでした。この男の車のトランクの中だとか、リアシートの中だとかを、私と駐在さんとでくまなく調べましたが、しかし車内のどこにも、ライフルの様な大型のショルダーウエポンは見当たりませんでした。もちろん彼には、大型の荷物はありません。他の人物と接触した事も考えて、彼と少しでも親しくした様に感じられた者も、徹底的に調べられましたが、まったくの無駄な捜査でした。又、犯行時倉井を外に連れ出していた人物も怪しまれましたが、彼とこの外来客が接触した事実は、見つける事が出来ませんでした」
「じゃあどうして、彼は銃を扱った事があったんです?それも手の皮が硬くなる程迄」

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墓石村事件 strap 2006-10-10T01:46:00+09:00
「墓石村事件」 10 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/10/10.html 僕の質問に広瀬さんは、最後のタコスを食べながら、
「彼は銃を扱った事などないと主張しました。彼は電気工で、インパクト・ドライバー・ドリルをよく使うから、手の形がドリルの握りの形になったのだと、そう主張したのです。実際、電気工事の知識としては、彼は十分なものを持っていました。ですから、私は彼の話を信用したのです」
と言った。広瀬さんがテストしたのなら、彼は本当に電気に詳しかったんだろう。ちなみに、インパクト・ドライバー・ドリルってのは、打撃機能を持った、ドライバーにもなる電動ドリルの事だ。ピストルみたいな形をしていて、引き金を引くと、ウイーンと先っぽのドリル、もしくはドライバーがグルグル回る道具だと思ってほしい。又打撃は、回転方向に加えられるから、ボルトの締め付けなんかもできるんだよ。
「ですから、残り二十七人の村人について、追求を駐在さんはしました。しかし狭い村での事件です。何人もその二十七人の犯行当時の居場所について証言する人が出てきまして、二十七人全員が、現場不在証明があるという形になりました。もっとも、私と駐在さんが証明できた人ですら、七人もいたのです。夜の間に本隊も到着しますが、やはり小銃は見つかりません。狙撃地点こそ、被害者の倒れた位置から約百七十メートル離れた場所だと特定出来ましたが、その他には、今まで語った内容以上の事は、まるでわかってはいない様でした。一夜が明けて、捜査はまったくのお手上げ状態になります」
「じゃあ、呼ぶっチャよ」
「本当に呼んだのか?」
「ええ、呼びました」
「呼んだのかよ」
「誰をです?」
「彼ですよ」
「奴をさ」
「あ!」
僕はわからずに、質問してしまった。何だか恥ずかしい。
ストラップさんは、発射された鉄砲の空薬莢や弾丸から、様々な事を発見する名人だ。未発砲の銃弾を検討しても、金属の材質や形から、製造メーカーやロットナンバーだけで無く、流通ルートまで、本当に沢山のデータを引き出す事ができる。死人の歯を見せるならば法医学の専門家よりも、法歯学の専門家の方がずっと良い。それとまったく同じ事で、銃弾の鑑定をやらせるならば、科学捜査の専門家なんかよりも、ストラップさんの方が何億倍も頼りになるんだ。科学警察研究所機械第二研究室の研究員なんか、ストラップさんの足元にも及ばない。
「まあ、兎に角、小学校の教職員室にある黒電話で、大学のクラブハウスにかけました。そしてストラップを、呼び出してもらったのです。しかし彼は事件の話を少しすると、少し私を咎めた後に現在地を聞いて、そのまま電話をきってしまいました」
咎めたっていうのは、広瀬さんが旅先でしょっちゅう事件に首を突っ込んでた事をだろう。この件以前にも広瀬さんは、上田、桐生、箕面、新南陽、etceteraと、いくつかの事件に関わっている。
「ああ、あの人電話嫌いだっチャから、直に話そうと思ってきったっチャね」
「まあその通りですが、交通手段がありませんから、私は心配になりました。彼は当時まだ例の、黄色いナンバープレートのミッドシップカーを所有していませんでしたから、それで墓石村に来る事はできなかったのです」
うん。ホンダビートの市販は、この事件の五年後の筈だから、所有している筈がない。第一、ストラップさんのビートは平成四年式の上、セコハンだ。
「タクシーで行くっチャ!」
「あの貧乏人が、そんな金持ってる訳ねえやなあ」
お杉の言葉に、マスターが低い嗄れた声で答えた。
「電車でしょう。国鉄久大線があります!」
僕は思い付いたんで、そう言った。広瀬さんは確かに、「銅の産出が主産業であった関係上、鉄道、つまりJR久大本線は通ってますが、駅は廃止されています」とか言った。という事は、線路は通ってるし、当然電車もそこを通過はするんだ。
「おっ、今日はやっぱり、冴えていますね」
僕は誉められてうれしくなった。
「そうです。彼は鈍行電車の窓から飛び下りて、墓石村に来ました。わざわざ速度を落とすポイントを、三度も確かめてからだそうです。彼としては生で研究対象である、銃撃による死体を是非観察したかったのですね」
「なーんだ。死体が見たかったっチャか」
それはそうだろう。ストラップさんとはいえ、研究も無しに今の知識を手に入れた訳じゃあるまい。

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墓石村事件 strap 2006-10-11T00:20:37+09:00
「墓石村事件」 11 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/10/11.html 「さて、ストラップが来る迄の間、我々は被害者が殺害された理由を探る事にしました。しかしこれも失敗に終わります」
「どうしてです? 被害者は、そんなに無害な人だったんですか?」
まったく恨みを買わずに生きている人間などほとんどいない事を、この職に付いてから僕は知った。だから聞いてみたんだ。
「いえ、まったくその逆です。余りに人の恨みを買っていたのですよ、地元で倉井ドンの一家と呼ばれるその一族は。最早村の誰しもが、動機を持っていると言っても過言ではない位でした」
喋り過ぎて喉が乾いていたんだろう。ここで広瀬さんはアーリータイムスをグッと飲んで、空のグラスに又それを注ぎ入れた。僕もこの隙にと、グラスに氷とそれを注ぎ足したしたんだ。
「被害者の父親は、銅山が閉山になる頃、村内で力をつけ始めた様です。彼は地主だったのですが、それ迄は鉱山関係者の力が強く、彼の一族はただの土地持ちにすぎませんでした。閉山が噂され始めた頃の村は、最早活気もなく、まとまりもない状態でした。そんな村のまとめ役として彼、つまり被害者の父は村長に立候補しました。しかし支持者は少なく、当然対立候補も出てきます。にも関わらず、彼は村長として当選をします」
「何故です?」
「それには幕炉兄弟というならず者が、関与していたと考えられています。真実は良くわかっていません。が、一つだけ確かな事があります。それは、投票は行われなかったという事です」
「一体どういう事です?」
「簡単な事です。何故か、と、一応言っておきましょう。何故か、対立候補が出馬を取り止めにした為です。つまり立候補者が、被害者の父以外には、いなくなったのです。おそらくは幕炉兄弟の恐喝行為があったものと、私は考えています」
何だかひどい話だと思った。
「村長になってからの彼は、やりたい放題だった様ですね。幕炉兄弟を使っての、村議会議員への圧力が確認されています。村役場での重職には、彼の息の掛かった者しか付く事が出来ませんでしたし、新採用の際も彼とのコネが必要でした。当時の墓石村駐在員を買収していた様ですし、村は彼の私物化していました。その頃の話は、楽しい酒の席には似つかわしくはないですし、事件と直接の関係がある訳でもありませんから、省略をしましょう。彼がそれほどの力を振るわなくなるのは、幕炉兄弟の逮捕以後の事です。この兄弟は飯塚の方で、傷害か何かでブチ込まれたと噂されていました」
「じゃ、そっからは、村は平和になったっチャ」
「まあ、平常化に近付いたと言って良いでしょう。それからしばらくしてから、被害者の父親も病没しましたし、以後幕炉兄弟が墓石村に訪れたという記録は、どこにも残っていません。しかしかつての影響がまったく無くなったかというと、そうではありませんでした。ですから被害者のマイク倉井こと倉井育馬は、村の有力者たりえたのです」
「しかしよう、兄ちゃん。それだけ恨まれている奴なら、そいつを殺した奴は、村の英雄だろうに。村人の証言で、えっと、アリバイだったか?それがある奴は、怪しいんじゃないかい」
「ええ。ですから大分県警察は、捜査途中から、駐在さん以外の証言によるアリバイを無視しています。つまり、犯行当時体育館にいた者だけが、捜査対象にならなかったんですね。全ての民家にお願いして、家人の立ち会いの元に、小銃を捜させてもらいました。又、外来の人も、すべての荷物を調べさせてもらいました」
僕は内部にいるから良くわかる。おそらくは村中を捜査員達がライフルを捜しまわった事だと思う。でもどっからも、問題のライフルは見つからなかったんだ。
「あまり長引いては大変ですから、僕ら外来の者は運転免許証や、学生証等の身分証明書を写させた後、帰っても良いという事になりました。それで私以外の、村外からの人間は、例の電気工を含めて、全員が帰りました。しかし私は事件に興味がありましたし、ストラップがこちらに向かって来ていましたから、村に残る事にしたのです」

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墓石村事件 strap 2006-10-12T12:42:47+09:00
「墓石村事件」 12 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/10/12.html 「で、ストラップっチは、もう来たっチャか?」
お杉はどうも、この話にもう飽きてき出している様子だった。ストラップさんが来る迄、大した事はわからなかったみたいだから、この際時間を進めてもらおう。
「では、彼が来てからの話をしましょう。県警の本隊が来てからというもの、駐在さんには最早、大した仕事はありませんでした。初動捜査をした関係上、話は時折聞かれてはいましたが、彼の主な仕事は、他の捜査員と村人達との間に立って、捜査を円滑に進展させようとする努力だけだったのです。私を認めてくれていたのは駐在さんだけですから、私とて捜査からは当然外されていました。しかし駐在さんは、私の是非との頼みを聞いて、ストラップに検出されたブレットを見せてくれる様、本部長に頼んでくれます。そして、駐在さんがしつこく交渉した結果、ストラップには検出されたブレットの拡大写真を、見せても良いという事になりました」
「遺体は見なかったんですか?」
「遺体は村医者の家に安置されていたのですが、残念な事に、ストラップに見せられる事はありませんでした」
僕は内部にいるから良くわかる。こういった証拠物は、あまり誰にでもは見せたがらないもんだ。捜査のさまたげになる事すらある。
「普通は頼まれたって、見たかねえよ。死体なんざ」
と、マスターが言った。もっともだ。
「ええ、そうですね」
と、広瀬さんも同調する。
「で、写真見て、何か言ったっチか? ストラップっチ」
「先ず最初に彼は、大分県警察には、弾道専門の物理学者はいないのかと、そう言いました」
「偉そうに」
マスターはそう、ボツリと言った。
「まあ、彼は本当に能力があるのだから仕方が有りませんよ。我々警察で弾道学と言ったら、主に銃創学の意味ですから」
弾道学とは、主に銃弾の動きを調べる学問で、いくつかのブランチに細分化できる。その内で、物体に当った時のブレットの破壊力を中心に研究する学問を、ターミナル・バリスティックといい、それからさらに派生した分野が、ウーンド・バリスティック、つまり銃創学だ。それは、鉄砲による怪我を研究する物なんだ。
「実際、今ではうちの検査官よりも、彼を頼った方が実がありますからね」
「ああ、俺もそれは良く知ってるよ。それはアイツの唯一の取柄だ」
とマスターは呟いた後、
「で、奴さん、何て言ったんだい」
と言った。
「彼は、写真では良くわからないが、これは工場生産品のアミネーションでは無いし、工場生産品のブレットでも無いと言いました」
「と言うと?」
僕は質問する。
「私はそれを、生半可な技術や知識の持ち主の犯行ではないと、そういう意味にとらえました」
確かにそうかも知れない。工場生産品の製造公差が大きいと感じるならば、精度の良い手詰めのカードリッジを使いたいだろう。だけどその為には、作る技術か、作れる人物とのコネクションが必要だし、先ず製造公差が大きいと感じれなければならない。
「弾道学、全く関係ないッちゃ!」
お杉の言葉に、僕もマスターもプッと吹き出した。広瀬さんも笑って、
「いや、まあ、未だ続きがあるのですよ。本番はここからです」
と言った。

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墓石村事件 strap 2006-10-19T12:07:54+09:00
「墓石村事件」 13 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/11/13.html 「ライフリングマークの削れ方から見るに、バレルのマテリアルは、クローム・モリブデン鋼四一四〇という事でした」
「クロモリですか。まあ、銃身用のマテリアルとしては、一般的ですね。続けて下さい」
「又、ブレットの底に残った燃焼痕からプロペラントの基剤は、ニトログリセリンやニトログアニジンを加えてはいない、ニトロセルロース一種の、フレーク状で、この手のアミネーションにしては燃焼速度がやや速い物が使われているという話でした」
現在の銃火器で使われる火薬は、黒色火薬じゃ無くって、スモークレス・パウダーと呼ばれる物が使われている事は、ご存知だと思う。その中でもニトロセルロース、つまり硝酸線維素一種を主剤とした物を、シングルベース・パウダーと呼ぶんだ。これは一般的には、単基剤無煙火薬と呼ばれるもので、三硝酸グリセリンと硝酸線維素を主剤とした複基剤無煙火薬などと較べると、燃焼温度が比較的低温で、銃身に負担が少なくて済むんだ。又、急激な温度変化にも強くって、それによって薬性が変わる事も少ない。だけど、製造が大変だから、普通はダブルベース・パウダーと呼ばれる、複基剤無煙火薬の方が一般的なんだ。まあ、この事実だけを取っても、この殺人が素人仕事だとはちょっと考え難い。
 「又、マズルフラッシュを抑える為に、減装弾を使っているとも言いました」
 なるほど、それで誰も、銃口発射炎に気が付けなかったんだね。リコイルレデューサーの様な器具が、取り付けられていた訳じゃ無かったんだ。だだ火薬が少なめなだけ、だったとはね。
「そして、」
広瀬さんはここでもう一度、ショットグラスのアーリー・タイムスを煽った。そして、
「そしてこれがハンドガンによる犯行である可能性もあると、そう彼は発言しました」
と言った。それに対し僕は、
「又ですか? あの人はそうやって、可能性、可能性って、直ぐに捜査を混乱させますね。正直迷惑な時もありますよ。あの人の言う「消去の為の仮説演繹法」だとかは、ハッキリ言ってどうでも良い事だと考えます。蓋然的仮説のみを喋ってほしいですね」
と顔を顰めたんだけど、僕のその言葉を聞いた後に広瀬さんは、
「いえ、私も彼の説明を聞き、ハンドガンによる犯行の可能性は極めて高いと、そう感じました」
と、衝撃的発言をしたんだ。
「ええ? ピストルですか? だってさっき、広瀬さんはピストルじゃないって言ったじゃないですか。あの推理は間違いだったんですか?そんな、そんなあり得ない! あり得ませんよ! あの推理は完璧でした。どっこにも見落としなんか、ありはしませんよ!」
と、僕は興奮してしまった。
「いえ、完璧ではなく、見落としがありました。私の認識不足だったのです。それは、卵を産む動物を見てほ乳類では無いと断定する様な、そういう愚かさでした」
一体どんな見落としが、あったっていうんだろうか。
「彼が言うには、この程度の距離からの射撃ならば、命中精度をあげる工夫さえあれば、バレルの長さが十インチもあれば十分なのだそうです。そして今回は恐らく、十四インチのバレルが犯行に使われていました。というのも、銃弾はおそらくバレル内で一回転程度しかしておらず、しかもライフリングピッチ、つまりライフリングツイストが1-14、約三百五十八ミリだったのです。当時の私は命中精度に関して、バレルの長さばかりに気を取られていましたが、命中精度を上げる為には、もっと別の項目にも気を使わなければいけなかったのですね。ストラップは凶器がハンドガンであるならば、加速させる為にガスを有効に使っている事と、そうする為に、シールの仕方に工夫があるだろうと言いました。凶器は小銃か、小銃以外のライフリングのある銃である。しかし小銃がない。故に凶器は、小銃以外のライフリングのある銃である。初歩的な論理学の問題だったのですよ。私は犯行に使われた凶器がハンドガンであることに確信をしました」
とはいえ、十四インチサイズのバレルっていう、そんなピストル自体は骨董無形だ。銃身長が、三百六十ミリメートルもあるピストルなんか、僕は見た事もなければ聞いた事もなく、無論、考えた事もない。さっき例に出したコルト・ガバメントが五インチ、競技に使うピストルでさえ、八インチや十インチなんだ。とんでもない化け物ピストルだって事がわかると思う。予断は禁物っていったって、こんなもんを一々考えていられる筈が無い。とんでもなく常識はずれだ。こんな物、思い付く人間の方が頭がどうかしてるって、そう僕は思う。だけどお杉は、
「なる程っチャー」
と言い、L&Mをくわえた。
「なる程じゃないよ、お杉。カードリッジのキャリバー、憶えてんの!308win弾なんだよ? 七センチメートルも全長があるんだよ。どうやってピストルで撃つの? リボルバーかい? こんな長い弾入れるリボルバーなんて聞いた事がないし、シリンダーギャップって言葉知ってるの? それに対処しなければ、命中精度が確保される訳ないじゃないか!」

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墓石村事件 strap 2006-11-08T15:40:32+09:00
「墓石村事件」 14 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/11/14.html TVドラマなどで良く言う硝煙反応とは、このシリンダーギャップの関係上、射手が発射薬の燃え粕を被る為に表れる物だ。
「じゃ、じゃあ、先込め式のピストルっちゃ!」
「先込め式だぁ?ありゃ、そこの肥後銃もそうだが、先ッぽから玉ぁ突っ込む関係上、スムースボアで狙撃にゃ向かねぇよ。それに丸いボールじゃなきゃあな」
と、しゃがれ声でマスターが教えてくれた。実際問題、ライフリングマークが残っていたんだから、少なくともライフルのある銃の筈だ。
「じゃあ、じゃあ、」
苦し紛れにお杉は鋭い意見をいった。
「口径が実は間違いで、実は変なワイルドキャットカードリッジだったんだっチャ!確か、工場生産品の鉄砲玉じゃないっていう話だったっチャろう?」
なるほど、これはあり得ると僕は思った。308win弾の弾頭を使った自作のカードリッジで、ボトルネックでも無いケースをくっつければ何とかいけるかも知れない。スライドを交代させたままのピストルの薬室に、直接一発突っ込んで、スライドを前進させれば、それで準備はOKだ。
「そうだ、それだよ、お杉。30ルガー弾や32ACP弾の弾丸径は、308win弾とほとんど同じだからそれらのケースを使えば!うん、いけるよ、これは!」
僕はそう言ったんだ。だけど僕達二人の話を聞いて、広瀬さんは怒り出してしまった。
「君達二人とも、何を言っているんです! 私は工夫をすれば良いと言ったでしょう。狙撃に使われる銃はボルトアクションが一般的だという話もしましたね。口径も308ウインチェスター弾に準じるサイズだったと、はっきり言いました。これはブレットの発射速度や燃焼痕によるプレッシャーを割り出した後、ストラップがはっきりと認めています。間違いの無い事実です。30ルガーや32ACPといったアミネーションの弾丸重量は、ずっと軽い物だという事も忘れてはいけません。その手の口径で使用されるプロペラントの量で狙撃は不可能です」
確かに犯人は、使用した銃の口径を偽装する必要というのは、今回の事件に関してはあまり無いのだから、この口径が必要だったから使ったって考える方が自然だろう。第一、そんなトリックを使えば、当然の事ながらピストルによる狙撃なんて物は到底出来ないのであるから、本末転倒している。
「常識的に考えて下さい。普通に考えれば、ボルトアクション方式のハンドガンを使ったという事になるでしょうに。子供騙しの推理小説ではないのですから、奇抜なアイデアを無理に出す必要はないのですよ」
僕は自分の浅はかな知恵を、恥ずかしく思った。
「しかし君達の考えたとおり、アモのサイズの関係上、一発しか装弾はできぬでしょう。おそらくはチェンバーに直接、という事になると思います」
「しかし広瀬さん。ボルトアクションのピストルなんかあるんですか?」
僕はそんな馬鹿げた代物、聞いた事がなかった。
「ええ、私も当時そう思いました。しかしストラップによると、少数ながらある様ですね。又、そういう風に改造したものも少なからずある様です。主にシルエットシューティング等の、競技用のハンドガンですね」
「ユキ知ってるっチャ。ドミネーターがそうっチャ」
「良く知っていましたね、杉村君。パックマイヤー社のドミネーターは、コルトの45ACPを、十四インチバレルのボルトアクションハンドガンにする、コンバージョンキットですね。ストラップに聞いたんですか?」
「そうっチャよ」
僕はそんなの知らなかった。コルト・ガバメントが、まさかボルトアクションのピストルになるなんて!
「まあ、アメリカのウイチタ社やレミントン社、ドイツのアンシュッツ社等が、ボルトアクションハンドガンを作っています。これらが犯行に使われた可能性もありますし、もっと別の物かも知れません。しかし我々は、凶器がハンドガンだとはまったく、考えていませんでした。ショルダーウエポンのサイズばかりを捜していたのです。隠そうと思えば、これまた何処にでも隠せてしまいます。そう、車の助手席の中にもです。照準精度を上げる為に、スコープや折り畳み式のメタルストックを使ったとしても、やはり大きなスペースは必要としませんね」
僕には衝撃的な答だった。

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墓石村事件 strap 2006-11-10T17:15:36+09:00
「墓石村事件」 15 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/11/15.html  「もっともストラップは、ドミネーターが犯行に使われた可能性も考えていた様ですが、ボルトアクションとすら言いませんでした。彼が見たのは写真ですし、彼としては絶対で無い限り、他の可能性も考えるべきだと考えていましたからね」
 「例えば、どんなの考えてたッちゃか?」
 それは僕も聞きたいと思った。
 「元折れ式のハンドガンですとか、他のマニュアルによる作動方式の銃を、対照に入れていたのだという話を、私は後に彼から聞きました。又、銃身長の極端に短いカービンなども考えていた様です。まあ、それは良いとして、これで警察の仕事としては、後はハンドガンを入手できる環境にいた者を捜す事が、最も重要な課題となりました」
 「わかったっチャ!犯人は、電気工っチャ!」
 僕もそう思った。
 「ええ、その可能性は高いでしょう。というのも、彼の運転免許証は後に、偽造であった事がわかりますし、彼の名乗っていた姓名と本籍は、新宿でホームレス生活をしている人物のものだという事も、後に判明しました。彼の車、ベージュ色のトヨタカローラの助手席には、おそらく隠しポケットがついており、そこにハンドガンを隠したのでしょう。彼に電気配線の知識があった為、私はまんまと騙されてしまったという訳ですね」
 「つまり、逃げられたんですね」
 「ええ、逃げられました。これが墓石村事件の全て、という風になっています」
 「これで終わりですか?」
 「これで終わりです。私とストラップは、駐在さんに写真をとってもらい、大学へと一緒に帰りました」
 「しかし広瀬さん。一つ疑問があるんですが」
 と、僕は聞いてみる事にした。
 「一体何ですか?」
 「ええ、疑問というのは、あの写真の事なんですが」
 「ああ、ストラップの」
 広瀬さんには僕の質問意図が伝わった様だった。
 「ええ。ストラップさんの右手首には、何故包帯が巻かれていたんでしょうか。今の話に、ストラップさんが怪我をする様な話はありませんでしたよ」
 「ああ、それなら簡単っチャ!」
 僕の質問に、お杉が答えた。
 「汽車か電車かから降りる時、ケガしたっチャ。あの人、右手でしか受け身がとれないから、右手か右手首がダメになったんだっチャよ」
 そうなのだ。ストラップさんは極端な右利きで、左手や左目を使う事が、大の苦手なんだ。だけどそのお杉の推理は、まったくの間違いだった。
 「いえ、違います。確かに彼は、受け身は右でとったでしょう。がしかし、彼は飛び下りる時は慎重だった様です。彼の為に言っておきますと、彼はそれほど間抜けではありません。あれは火傷なんですよ」
 「火傷ですか?」
 「ええ。墓石村の寄合い所でお茶を飲んでいる時、薬缶は彼の右手では取れない位置にありました。それで彼は仕方なく、左手を伸して取って、そのまま右手で持った急須に湯を注ごうとしたのです」
そこから先は聞かないでもわかった。ストラップさんは左手を使うのは苦手なのだ。
 「ストラップさん、右手首にお湯を掛けちゃったんですか!」
 「ええ、そうですよ」
 僕に反応に広瀬さんは笑って、そう答えた。
 「アイツらしい、マヌケなエピソードじゃねえか」
 と、マスターがしゃがれ声でゆっくりと言った。本当にそうだ。そうだと思う。今後は、電車からの飛び下りに失敗した事にして話した方が、断然良いって僕は思った。
 「まあ、事件の筋とは何の関係もない話でしたから、語りませんでした」
 なるほど。確かに事件と関係のない情報っていうのは、あまり語らぬ方が頭がスッキリするね。

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墓石村事件 strap 2006-11-25T02:23:13+09:00
「墓石村事件」 16 http://www.mojika.com/nov/archives/2006/12/16.html 「これで終わりですか?」
「これで終わりです。私とストラップは、一緒にファミリアで帰りました」
でも、何だか続きがありそうな感じだった。
「でも本当は、続きがあるんでしょう?」
僕は一応聞いてみる。
「私はあると思っています。がしかし、一般的にはない、という事になっていますね」
どういう事だろうか。
「最初にちょっと話題にでた連続殺人、憶えていますか。そう、福岡や岡山、大阪なんかでおこった連続殺人事件です。被害者全員が親戚だったという事は、知っていますね?」
「ええ、知っていました。当時話題になった事件でしたからね。僕は確か高校一年です」
「ユキは二年生だったっチャ」
「確かあれも、未解決事件でしたね」
「そうです。この事件は我が県以外の都道府県警察が、無能だという良い証拠と言えるでしょう。あれが今後解決すると言う事も、恐らく無いと思います。私は倉井という男が、どんな非道な事をしたかを聞いていますから、担当の事件にでもならない限り、事件解決を強くは望みはしません。恐らくは墓石村の住民達は、まったく望んでいないでしょう。駐在さんだけは、警察官と言う立場がありますから、そうは言わないでしょうが。今考えてみればあの映画祭自体が、この事件を起こす為に開催されたのではないかとすら、私には感じられてしまいます」
どういう意味なんだろうか。話に脈絡がない様に、僕には感じれれた。
「あの事件を裁くという事は、あの村の村民をも裁く事にも通じます。村に平和と平穏をもたらす為に、彼等は多分、仕方なくアサツネイターを雇いました。私は、その気持ちが何となく理解できるのです。そうであるならば、せめて、自分の管轄以外で起った証拠の無いケースには関わりたくは無い、そう思うのですよ。無論、熊本県内での事件ならば感情を排し、法に照らして厳しく捜査をしなければなりません。しかしその義務がない時ぐらいはそう、私は自分の気持ちに素直な判断をしたいのです」
確かに証拠と言える物が無いのだろう。
「話を戻しましょう。では、あの事件の被害者の苗字は憶えていますか?まあ一世帯だけ、山田という名前になっていましたね。そこは世帯主が助かりましたけど、その他の家族です。」
「ユキ知らーん」
「僕も憶えていません。何だか珍しい名前だった様な覚えはあるんですけど」
その時マスターが一言言った。
「幕炉だったぜ。そうだろ、兄ちゃん」
「ええ、そうでした」
広瀬さんはにっこりと笑って、そう言った。
「おそらくは、倉井と幕炉兄弟に恨みを持つ誰かが、殺し屋を雇ったのでしょうね。そして彼はその一族を根絶やしにして回ったのです。後に被害者、倉井育馬の一人息子も、北九州で通り魔に刺され、殺されています。この事件もご存知の通り未解決事件です」
何かに気付いたらしく、
「お前さんが、ねえ。相手はオレでも知ってる、超有名人じゃねえかい」
とマスターが言うと、
「まあ、私の完敗だった訳ですが」
と広瀬さんは恥ずかしそうに笑った。超有名人? 一体誰なんだろうって僕は思った。
「何言ってんだ。海千山千の相手に、経験の浅え学生が勝とうっていうのが、そもそも間違いだわ。話を聞いた限り、あんた良くやったよ」
とマスターが褒めると広瀬さんは、
「いえ、しかしストラップがもう少し早く来ていれば、事件は無事解決していたかも知れませんからね。解決に導けなかったという、悔しい気持ちはやはりあります」
 と言った。それから、
「それからもう一つ」
と、広瀬さんはみんなを見回した。
「国際的暗殺者、アサツネ・イダ。平成十一年に我が県で開催された国民体育大会での事件。あの狙撃事件の被疑者です。彼は地裁が発行したばかりの札を見せた私に対してそっと、こう言いました。「ロングタイムノースィー。俺の顔は、忘れたかい?」と」
なるほど、そうだったのだ。
「「あんた、技術者かなんかになるんだと思ってたよ。アノ事件が切っ掛けならば、悪い事をしたな」と彼は続けて私に言いました。その時私は彼の顔を、印象は随分違うものの、知っていたという事を思い出しました」
その先はもう、聞かないでもわかった。
「そう、彼は例の電気工でした」

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墓石村事件 strap 2006-12-18T01:54:14+09:00
設題1 第一回(全三回) http://www.mojika.com/nov/archives/2008/02/post_24.html 【設題篇】
 エモト君だとかって、よく読み間違えられる。僕は、柄元鴨斗(ツカモト カモト)。司法警察熊本県警の司法警察員で、階級はサブ、つまり巡査部長だ。僕は、「刑事部 城北方面 強行犯捜査係」の所属で、殺人なんかの凶悪事件も担当している。簡単な言葉で言うと、人身犯罪の捜査員だ。ちなみに、僕らの担当地区である城北ってのは、熊本城、つまり熊本市の北っていう意味なんだ。そこには、福岡県や、大分との境の地域までが含まれてる。
 さて今回は、僕達の経験した事件から一つ、問題を出そうと思う。神社で倒れていた死体の、死因について考えてほしい。
 事件は前世紀のある年、八月の始め、熊本県荒逐市の、神社の境内でおこったんだ。事件の発覚は、朝の五時頃。僕も眠い目を擦りながら、朝の八時頃、愛車のヴィヴィオTトップで現場に向かったんだ。暑かったんで屋根をはずして、後ろの電動窓をさげて、ね。やっぱり車は、富士重工業製に限ると、僕はそう思う。僕はこの車の前は、REX GSRに乗ってたし、好きな飛行機は、九七式戦闘機や九七式艦上攻撃機だ。数年前の覆面パトカーの選定の際、日本車で最も速い車を選ぶって事で、先輩の警部補が強く推したユーノスコスモになった。だけど僕は、もしアルシオーネSVXが現行車種だったならば、きっと意見が別れた事だろうと思う。
 話を問題に戻そう。神社は諏訪大社の分社ではないんだけれど、明治時代にドイツ人技術者が、北欧神話の雷神、トールを奉った、とかで、諏訪神社って呼ばれている。英語読みの「ソアー」が訛ったんだろうけども、「どちらも主神の子息で戦神、という点では共通項がある」って、先輩の警部補が言ってた。そんな神社の御神体は石のトンカチなんだけど、それを安置する社殿の中で、下半身が裸の、血だらけの死体が発見されたんだ。発見者の、ニラだか禰宣だか、とにかく神職のおっさんは吃驚仰天さ。
 現場は夏の神社で、しかも人が大勢集まってた。それで、やぶ蚊がブンブン飛んでいたんだ。僕と同僚のお杉は、しばらくはバン、バンと叩いたり、両手をブリンブリンブン回してたんだけど、とても追い払えきれなかったんで、結局蚊取り線香を使う事にしたのを憶えてる。
 仏さんの名は、仲山晴幸(ナカヤマ ハレユキ)、事件当時二十四歳の男性で、死因は失血死だった。彼は何と、男根、つまり珍鉾を、ズタンズタンに切られていたんだ。現場には、彼のズボンと、パンツの他に、薄いカバン、肥後の守、コンニャク、コンニャクの入っていたビニールの袋、細長い包み紙、コンニャクを買った八百屋の包み紙、ビニ本、本屋の買った本を包む茶色の封筒が見つかった。
 ズボンは、青いジーンズ生地の物で、洗濯のし過ぎで全体が白っぽくなってた。タグから、ある量販店で売ってる品物だってわかった。
 パンツはトランクスでは無く、白の、と言うか、本来白だった黄ばんだブリーフで、しばらく洗濯して無い事以外は、特別変わったところは見られない。
 カバンは、黒く薄く、A4サイズのビニ本を持ち運ぶのには丁度良い大きさだった。ビニ本とは当然、「コンビニエンスストアで扱っている本」の略では無くて、「子供が見ない様にビニールを被せた大人の為の本」の事だ。
 細長い包み紙は、白く薄い紙で、ちょっぴり湿った紙だった。これはかなりの長さがあり、たたんでただ床に捨ててあった。後にこれは、八百屋の主人がコンニャクを購入する際、コンニャクが痛まない様にサービスで付けた物であった事が判明した。実際少し膨らんでいた。
 コンニャクには、肥後の守で真ん中に切り込みが入れてあって、彼がここでとんでもない事をやっていたのがわかる。つまり、下半身裸になって、ビニ本を眺めながら、コンニャクで作った輪っかに、そそり立った一物を通していたって事だろうね。肥後の守はこの他に、コンニャクのビニールを切った事以外、使われた形跡はなくって、死因とは全く関係ない。そして、これ又ビックリなのは、彼の両手の指の先、つまり爪の間からは、彼自身の肉片が検出され、男根の傷から、彼の男根を切り裂いたのは、彼自身の爪だって事がわかったんだ。僕らは一応、自殺の線も考えたんだけど、こんな自殺は、ちょっとないよね。
 解剖所見による死亡推定時刻は、発見の前日の午後の五時から七時で、五時半頃、彼が近所の八百屋でコンニャクを購入するところを、買い物客の主婦が目撃している。つまり死亡したのは、六時から七時ぐらいだろう。そして、これは捜査の極秘情報なんだけども、この八百屋の主人は、仲山氏に恨みを持っている事がわかったんだ。それに主人は、仲山氏が神社で何をしているかを、知ってたんだって。
 結局僕らは後に、その八百屋の主人に任意同行を求める事に成るんだけれども、この事件、一体どういう仕組みになっているのか、君にはわかるかな?

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設題1 strap 2008-02-03T01:04:51+09:00
設題1 第二回(全三回) http://www.mojika.com/nov/archives/2008/02/post_25.html 【解答篇】
 名探偵の登場は、いつもドラマティックなわけじゃない。僕と稲葉との出合いも、そうだったんだ。そう、それはただ一本の電話だったんだ。
 その電話は、やっぱり八月の始めの方、事件の次の次の日だった。
「もしもし、警察ですか?例の神社の事件で気づいた事があってね。それで電話をね」
 僕が受話器をとると、陽気な声がした。刑事部まで電話を回してもらっておいて、警察ですか?もない。 彼は事情を録取中の参考人でも出ると思ったんだろうか?
「先ずは姓名と職業を名乗って下さい」
 って僕は言った。
「僕は炭都日報を読んで電話した、稲葉って者です」
 炭都日報とは、事件現場付近で発行されている地元紙で、変死体の珍しい田舎だけに、この事件は詳しく、二日続けて、一面で取り上げられていたんだ。肥後朝報やデイリー鎮西、日刊火の国ニュースなんかの地方紙でも、社会面に小っちゃく取り上げていたんで、覚えている人もあったかもしれないね。
「今は国立Q大学の数学科で、数論と和算の講師をね。それから、クレームっていうスリーピースの楽団で、ガットギターを担当しているんだよ」
 彼らクレームは、ロック&ロールミュージックのコンボだ。編成は、ガットギター、コントラバス、ドラムの三人組で、とってもとても凄いんだ。特に稲葉は、スリーハンドという異名まで持ってるくらいなんだよ。
 それは兎も角、稲葉は続けて一言こう言った。
「野菜屋だよ」
 この言葉に、僕は捜査の極秘情報が漏れてんのかって、ドキリとした。
「どうして、そんな事が言えるのです?」
 と聞くと、
 「簡単じゃないか! 殺人罪の適用は、こっちの刑法に疎いので、何とも言えないけどね。つまり、二酸化炭素だよ。個体のね」
「二酸化タンソ? コーラに入ってるアレ?」
 まったく、僕には言っている事が理解できなかったよ。
「そう、シャンディーガフにも気体の状態で入ってる、例のげっぷの元だよ。まあ、それは兎も角としてさ、たたんであった包み紙、あれは野菜屋で、コンニャクを冷やすサービスを装って、チューさんだとかいう男に渡されたんだぜ。俗称をドライアイスっていう奴があるのを、君は知らないのかい?」
 「チューさん」という言葉を聞いて、確かに被害者はねずみに顔が似てた事に気づいたんだけども、どうやら「仲山」を、音読みしただけらしかった。稲葉は、僕がドライアイスを知らないと思ったのか、
「二酸化炭素を圧縮液化して、噴出させると、断熱気化の際の潜熱によって冷やされて、縁日で食べる日本のフラッペみたいに、氷の粉に成るんだ。これに液体二酸化炭素を加えて、圧搾して固めたモノが、ドライアイスさ」
 と、迷惑な事に解説を始めたんだ。僕がそれを聞き流していたら、用件は終わったらしく、
「それじゃ」
 って、向こうが受話器を置いたんだ。ガチャンてね。
 稲葉の話は良くわからなかったけども、上司の川さん、川副登警部に、取りあえず今の内容を僕は報告をする事にした。

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設題1 strap 2008-02-04T00:59:23+09:00
設題1 最終回 http://www.mojika.com/nov/archives/2008/02/post_26.html 【捕捉篇】
 川さんは、僕の話を聞いて一言、
「成る程な」
 と言って、チェリーにマッチで火をつけた。先輩の広瀬啓三郎警部補もわかったらしく、横で聞いて頷いていた。恥ずかしい話だけど僕は、この時はまだ、何の事かサッパリだった。だから、教えてくれって二人に頼んだんだ。広瀬さんは、稲葉の説明は充分だと感じていたらしく、僕が質問する事に驚いていた。川さんはそんな僕を見て、仕様がないな、と言う顔をし、煙りを吐いて説明を始めてくれた。
「蚊だろうや。奴らが炭酸ガスやある種の乳酸に誘導される事は、知っとるだろう。つまり、気化したドライアイスの二酸化炭素に呼び寄せられた神社の薮蚊が、ガイ者に群がったって訳だ。冷えた蒟蒻は、いくら夏だからって、こういった事には向かねぇだろうよ。蒟蒻が暖まる迄、ドライアイスは解け放題だろうが」
 って、ね。
 なるほど、ドライアイスは解けたんで、現場から発見できなかったんだ!僕にはまるっきり、マリオットの盲点だったよ。現場をいくら視たってダメな事はあるんだ。僕ら捜査員は、帰ってから考える事をしなきゃイケナイね。
 川さんは、文学部出身の割に、科学の用語に強い。確か専門は近代国史で、江藤新平とかいう人が、卒業研究のテーマだったとか。江藤新平って人は、川さんの故郷の著名人で、行政と司法を分離して、司法権を独立させたり、警察制度の整備をした人らしい。だから川さんは、その人の影響をうけて、警察に入ったって、前に言ってた。
「それに、誘導された蚊は、今度は熱に反応します。生物の体温にです。蒟蒻との摩擦で、熱が生じたのでしょうね。そういう部分は、狙われやすいと推測して間違いないでしょう。その上に、その部分は充血していた。だから、亀頭部分を大量の蚊に刺され、余りの痒みにかきむしってしまった、というところでしょう」
 と、広瀬さんが続けた。こちらの専門は情報工学らしいんだけども、ついでに科学にも詳しい。
 二人の話を、もう少し易しくしてみよう。つまり、

「仲山氏は神社で、ビニ本を視ながら、コンニャクを使った手淫をしていた。八百屋で仲山氏はドライアイスをもらって来たが、彼がそうしている間に、それは解けてしまった。ドライアイスは炭酸ガスの凍ったモノで、炭酸ガスは蚊を呼び寄せる。そして現場は、ただでさえ蚊の多い夏の神社だった。彼の男根は、コンニャクとの摩擦熱で、常温よりも、蚊を呼びやすい。目的の達成された後、だらしなく寝そべっていた彼は、男根の先を大量の蚊にさされた。とても痒い。コンニャクを投げ捨て、両手で掻いた。爪をたてて、(男根を)激しく掻いた。案外気持ちが良かったので、もっとハードに掻いた(男根を)。そのうち、(男根の)皮膚が破けた。(男根は)充血している。当然、激しく(男根から)出血する。ドバっと出血する(男根から)。彼は生命維持に必要な量の血液を失う(男根から)。彼は死んだ」

 って訳さ。なんか、こうやって書くと、酷くマヌケだ。こういう死に方だけは、僕は遠慮したい。
「あの店主は、こうなる事がわかってたのかも知んねなぁ。おい、広瀬! こちらの動きにヅク前に、あいつをおさえろ! 俺が取り調べて札を取るっ!」
 って、それから川さんは急に叫んだ。
「しかし川副さん。あの店主を参考人とするには、まだ早いのではないでしょうか?」
 と、広瀬さんが言うと、
「引っ張って突っ込んで聞いてみるだけだ。たいした問題じゃ、あるめいよ」
 と、川さんが言った。それで僕が、
「だけど逮捕できたとしてですよ。今の説明で、起訴できますか? 誤認逮捕とかって、叩かれませんかねえ」
 と言うと、
「バカ野郎! シロクロ着けんのは裁判所だろうが! 判断のハンの字は、判事の判だ! 札が下りるか、起訴は出来るか、ぶちこめるか否かって判断なあ、俺達の仕事じゃねえだろ。俺達警察は、妖しい奴をしょっぴいて、尋問して、ますます妖しけりゃぁ、検察に渡すだけよ。何年やってんだ、被疑者と犯人たあ、別の言葉だろうが! ブン屋共の世迷い言に惑わされんじゃねえ。テメエの本分を全うすりゃ良いんだよ。誤認逮捕? 結構じゃねえか。間抜け共に書かせてやれ。犯人を取り逃がすよかぁ、よっぽど良いじゃねえか。そんなんで腰が引けてりゃぁ、刑事部は勤まんねぇぞ!」
 そう言い川さんは、灰皿にタバコの吸い殻を押し付けた。
 川さんが言いたいのはこういう事だと思う。妖しい奴がいるにも関わらず、証拠が不十分と言う事で警察が手を出さなかったら、本当に犯人だった場合、証拠を消される恐れがある。下手をすると、次の犯罪を犯すかも知れない。だから、妖しい奴がいたら、さっさと確保しろって事だ。逮捕されるって事は本来、別に不名誉な事でもなんでもない。刑事事件で起訴される事もそう。基本的人権ってやつだ。最近はマスコミニュケーションが、逮捕と事件解決を同一視しちゃってるもんだから、まるで被疑者が即、犯人であるかの様な誤解が世に氾濫しちゃっている。マスメディアが作り出した、被疑者や被告人を意味する「容疑者」って言葉には、犯罪者って意味がはっきりと込められてる。だけど、犯人かどうかは裁判所で争われ、判事が決める事なんだ。だから僕らは、恐れる事なくしょっぴけば良い。そのかわり、取調べは厳しく追求する。冤罪は、絶対にいけない。だから、検事に渡す書類は、完全な物にしなければならないからなんだ。
 その日、重要参考人の名前が付かない内に、川さんは通常逮捕の手続きを裁判所に請求した。八百屋の主人を任意同行で引っ張った後逮捕し、川さんとお杉が取り調べて、それからは勾留の必要もなく、直ぐさま送致ができた。僕も、実況検分調書や供述調書など証拠物の作成を手伝ったんだ。
 今回の様なケースでは、殺意の立証は難しい。実際なかったのかも知れない。八百屋の主人は、仲山氏を困らせる為に、ドライアイスを渡した事を認めているけど、ドライアイスと死因との、明確な因果関係を証明する事は難しいらしいんだ。だからこれ実は、未だ裁判中の事件なんだ。
 だけど、稲葉の推理は間違っていないだろう。それを鮮やかだと思う事に、僕は変わりはない。

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設題1 strap 2008-02-05T23:43:11+09:00