2006年09月04日
「墓石村事件」 1
バー「アルケブス」。
そこはストラップさん行きつけの店で、福岡県の南端にこっそりと位置する。[THE BAR Harquebus]って看板はまるで目立たずその存在理由は、禁煙席の灰皿ぐらい意味は無いって、そう思う。
狭い店内には、カウンター席しかなく、そのL字のカウンターには、椅子が九つしかない。つまりこの店は、マスターを入れて全部で十人。それで満員と成るんだ。
この日、店の椅子は全部で六脚空いていた。つまり僕らの貸し切り状態だったって訳。カウンターの下に配置された青いフィルムを巻かれた蛍光灯が、この店の主光源で薄暗い。僕はこの日、マスターがどんな服を着ているのかさえ、良くわかんなかったくらいだ。青っぽいハワイアンシャツだった様な気がする。真実かどうかはわからない。
入ったらすぐに見える奥の壁には、インディアン社のチーフっていうバイクの絵や、サソリのマークのステアリングホイールなんかが展示してある。マスターの後ろの壁には小さなバーミラーが置いてあり、客席側の壁には、店の名前の由来ともなったローディングマズル、つまりマッチロックのマスケットが一挺飾ってあった。だけどそれのエングローブもどんな物なのか、初めて入ったその日には良く見なかったんだ。
「アルケブスっち、どがんか意味っチャろう?」
と、ライムを突っ込み親指で蓋をしたコロナを逆さにしながら、お杉が僕に聞いてきた。お杉はニックネームで、彼の本名は杉村雪男。熊本県警察刑事部強行犯担当係の捜査員で、僕の同僚、同期の司法警察員だ。歳は向こうが一つ上だけどね。今では絶滅危惧種たる、正調筑紫弁を使える数少ない男だ。だけど熊本県での生活には、何かと不便だろうって思う。お杉はこの日も仕事帰りなので、フラットヘッド社のジーンズを履いていた。
「アルケブスってのはきっと、「Walk! Wolfsbane.」って意味だよ」
と言い、僕は茶色い液体の入ったショットグラスに口につけたんだ。奥でプっと、チリコンカルネを食べていた広瀬さんが吹き出した。チリコンカルネってのは、牛肉とウグイス豆を、チリとトマトで味付けした煮込みの事だ。この店では桃太郎トマトを使い、酸味が抑えてある。
「なるほどねえ。新しい解釈だ」
潰れた低い声でそう言って、マスターは両切りのラッキーストライクを一本取り出した。僕の捜査経験から言わせてもらえば、両切りのラッキーストライクはかなり珍しい。マスターのライターは地図の描かれたジッポーで、それは蓋を開けると、ちょうど十七度線で南北に別れる。
いつもはカナディアンを飲む僕らの上司、広瀬啓三郎警部補も、この日はアーリー・タイムスっていうバーボンを飲んでた。安酒の部類だと言って、間違いじゃないやつだろう。それは、ストラップさんがキープしている物だったんだ。壜には、
「夜光 玉跡言十方 酒飲而 情乎遣尓 豈若目八方」
と、まだ従三位だった頃の旅人が詠んだ短歌が落書きされていた。「夜光る玉と言うとも酒飲みて、情を遣るに豈しかめやも」、仏様の宝物よりも、お酒飲んでる方が好いよ、って短歌だね。僕にもかろうじて、この位の事はわかる。
「あんたあの男の、先輩って話だったね」
マスターはゆっくりと、そう言った。あの男とは、僕達の知人であるストラップさんの事だ。「形態は機能に従う」だとか、「推理、推測、推量の類いは不可也」だとかっていう考え方をする理屈っぽい人で、鉄砲玉や「珊と糎の違い」なんかについてやたらと詳しい。そしていつも、ベルジョン社製の傷見を持ち歩いている人だ。
平成十一年。火の国国体の際、狙撃事件があったんだけど、これの被疑者を我々が割り出せたのも、この人の助言のおかげだった。308win弾のボルトアクションライフル、レミントン・M700・BDL・バーミント・スペシャル、これを愛用する国際的暗殺者、アサツネ・イダ、本名井田矩朝の検挙は、その筋の業界では世界的大ニュースになったんだ。僕らはこの国際的暗殺者が、たった一人であった事に驚いたものだ。この名前があまりにも有名で在り過ぎるんで、数人が利用する名前か、黒幕の名前だとばかり思っていたんだね。タクシー会社の配車係の様な人物が、依頼を複数の人達に振り分けているもんだとばかり、そう考えていたんだよ。こんな大物を通逮で縛につける事ができたのは、本当に奇跡的な事だと、僕は今でも思う。正に、大捕り物だったんだ。
「ええ、大学では彼が私のバックアップをしてくれていたました。ストラップと私が非喫煙者代表として、学内完全禁煙化などという馬鹿馬鹿しい計画を論破し、阻止した事もあるのですよ」
と、マスターの問いに広瀬さんは答えた。
「あいつと組んでたんじゃあ、そりゃあ、苦労したろう。白髪がねぇのが不思議なくれぇだ」
そう言うマスターに対し広瀬さんは、
「マイレージサービスならば数回無料になるくらい、マイルがたまりましたよ。ええ、彼には色々と参らされました。でも何度も、そう、何度も助けてもらいましたけれどね」
と言った。マスターは煙を吐き出した後、静かにそれに頷いた。
「広瀬さーん。ユキ、広瀬さんの学生の頃の話を聞かせてほしいっチャア」
と、お杉が言った。僕もそれは聞きたかった。というのも、広瀬さんはKITという私立工科大学の、計算機科学科に学籍を置いていたからなんだ。
2006年09月09日
「墓石村事件」 2
KITを一般的な認識通り、福岡県の三流大だと考えてはいけない。というのもそこは、先進的であったが故に、学会を逐われた研究者達の、梁山泊って側面も持っているからなんだ。例えばドイツ語の講師なんかは、軍事心理学が本来は専門だったんだけど、研究対象の為に、前の大学を追放された人だったんだって。我が国の知識人と呼ばれる人達の間では、軍や戦、兵の字の付く物は、皆悪い物、という認識だからなんだって聞いた。又、他の学校とは違い、学生に知識を与える為の学校などではけっして無く、研究方法、つまり手法、やり方を教える大学らしい。工学を学ばせる機関でありながら、工学を教える事よりも、工学的方法論、科学的アプローチを習得させる事に重点を置いているんだ。学生の自主性を重んじる学校といっても良いだろうね。教科書の内容を覚えさせるだけが全ての他校とは、根本から教育理念が違うのだそうだ。だから、自主性の無い学生はダメ人間として卒業するんだけど、数人の学生は応用の利く人間になるんだね。広瀬さんは後者の部類だろう。
まあ、そういった大学や大学院に通ってたんだから、当時は何かと面白い事があったって聞いている。僕も同調してこう言った。
「ええ、聞かせて下さい。そう、地獄島の話とか」
しかし、
「シェルズアイランドは天草です。資料室に行けば、いくらでも読めますよ」
と、広瀬さんはそっけなく言ったんだ。きっと当時は事件続きで、疲れていたんだと思う。
「なら、墓石村っチャア!」
と、タコスを摘みながらお杉が叫んだ。
「そうですよ。「墓石村事件」は、大分県。資料室に資料はありません」
と、僕も広瀬さんの疲れも知らず、食い下がった。
「あれは未解決事件ですよ?」
「それでも聞きたいんです!」
「いっチャ!」
僕達二人は強引に迫ってみた。
「君達二人とも、もっと、現在の事件に興味を持った方が良くないですか?諏訪橋の」
と広瀬さんが言いかけたけど、それを遮り、
「ユキは、お酒飲む時、仕事忘れる方っチャ」
「僕も仕事の話はしない方です」
と、二人とも嘘ばっかり言った。すると観念したのか広瀬さんは、チリコンカルネを急いで食べてしまった。
「仕方ないですねえ。では、KITにいた頃の話を少しだけ、いたしましょう。君達、私のデスクに乗ってる写真は知ってますね?あれは墓石村での記念撮影なんですよ」
当然見た事があった。広瀬さんの思い出の写真だ。そのキャビネサイズの写真はモノクロームで、峠から山をバックに写されていた。広瀬さんと、カジュアルシャツの襟を立て、右手を三角巾で吊ったストラップさん。そしてその後ろに広瀬さんの愛車、特徴的な丸い四つのテールランプを持つセダンが、斜後ろ向きに写っている。広瀬さんの手は、革製ハーフフィンガーのドライビンググローブに包まれているから、その運転の特性が類推できる。車は今の青とは違い、白っぽい色が塗られていた。そして多分赤色の、レーシングストライプが二本引かれていてかっこいい。後部には大型の牽引フックが取り付けてあるし、マフラーも換えてあるみたいだった。ボンネットは、ラバーボンネットストラップで開かない様にしてある様だし、元々のフェンダーミラーは無くして、エンゲルマン社の小さなセブリングをサイドミラーにしていた。ビス止めのオーバーフェンダーが、やっぱり時代を感じさせる。広瀬さんはレザージャケットを着ているし、ストラップさんは灰色か水色の、二つボタンジャケットを着ていたから、多分夏じゃないだろうと推理していた。多分春か秋だと、僕は考えていたんだ。何故ならば、冬にしては二人とも軽装に見えたからだ。夏でも無いのに、屋外で軍用フィールドパーカーやトレンチコートを着ていないストラップさんも珍しい。二人のジャケットの左の襟には、KITの科別章が誇らし気に刺されていた。
「あれは一九八六年、昭和六一年四月上旬、まだ春休み中の写真です」
2006年09月10日
「墓石村事件」 3
昭和六一年。グランプリ・レースの話で言えば、アラン・プロストが、ナイジェル・マンセルに競り勝ち、二度目のワールドチャンピオンになった年だ。スペースシャトルチャレンジャーの空中爆発、三原山の噴火、ハレー彗星の接近、マルコス政権崩壊、与党新自由クラブの解散。こう書くと、わかりやすい人にはとってもわかりやすいだろう。もっとわかりやすく言うと、ウクライナの原発事故の年でもある。
「あの写真は村の駐在さんが、事件解明の手伝いをしたお礼にと、自慢の二眼レフカメラ、東光のプリモフレックスで撮ってくれたのですよ。ちょっとピントがズレていたでしょう」
「駐在員」と言わずに、「駐在さん」と言うところに、なんだか広瀬さんの駐在員に対する親しみが感じられた。東光とは、東京光学機械株式会社という昔の有名なカメラ屋で、ストラップさんの持っている九七式狙撃銃用光学照準器なんかも、東光の製品なんだ。
「私がKITの四回生、ストラップが三回生の時ですね。この事件の後、例の一族連続殺人がおきるのですよ」
「例の一族連続殺人」とは、福岡、大阪、埼玉、岡山の各地でおこった連続殺人事件で、被害者全員が親戚だったっていう事件だった。この事件も未解決だ。
「私は三回生の後期から、卒業論文用として、多重媒体の可能性について研究していました。横文字で言えば、マルチメディア、主にネットワークに関する研究ですね。そして、私が所属していた宮田ラボラトリーに、特別待遇研究生として、設備工学科のストラップが入ってきたのです」
広瀬さんはハードにも強いが、大学の専門はソフト系だった様だ。コードプライヤーや絶縁ドライバー、検電ドライバーといった、七つの工具を常に携帯している広瀬さんであるから、ハード系であってもおかしくない気もするけどね。まあ、符号理論の論文で工学修士の学位を取得したっていうから、ソフト系なんだろう。片方に精通する為には、片方の理屈もある程度知る必要があるのかも知れない。大犯罪者が、僕達刑事の手法を研究する様に。
「特別待遇研究生ってのは、一体何だっチャ?」
「簡単に説明すれば、先生の話し相手です。宮田出巳夫先生が面白いってつれて来たんですよ。先生は巳年生まれの藤枝市出身で、サッカーの話が大好きでした。電々公社の技術開発スタッフの出身で、当時も今も、少なくとも九州一のスペルユーザーです。私などはとてもとても、足元にも及ばない。天才と言うのは、ああいう人の事を指す言葉なのだと思います」
広瀬さんは、コンピューターに関しては相当な使い手の筈。と言うか、僕達は広瀬さんを天才だと思っている。だから、広瀬さんよりも本当に上ならば、宮田先生って人は、大天才の一種なのかも知れない。きっとそうなんだろう。
「そういう先進的な指向性の持ち主の常として、常人とは違った思考や志向、嗜好を先生は持っていました。特に先生は、奇人コレクターと言って良いくらい、妙な学生が好きでしたね。そういう訳で、研究室は一種のサロンでしたよ。先生の研究室に入るには、厳しい審査がありました。先生のお眼鏡にかなった者だけが、研究室への出入りを許されたのです。例えば、SF映画に詳しい者ですとか、先生好みの屈折したプログラムが組める者、銃弾に異様に詳しいですとかね。大酒飲みばかりが集まるラボと並んで、一般の学生には敬遠されていましたね。今でもそうなんじゃないでしょうか」
「じゃ、ストラップっチも、専門は、マルチメデアなんだっチャか?」
「いいえ、違います。彼はただ、多種多様な事柄に付いて、先生と議論しに来ていただけです。しかし彼とて、優秀な学生だったのですよ。今では誰も信じませんが。そうそう、彼の専門は確か、音響工学の筈です。先日も銃声の波形を、オシログラフで解析する方法を教えてくれたでしょう」
そうなのだ。僕の記憶が確かなら、卒業研究のテーマは、「振動破壊兵器開発の為の予備実験としての、音波に因る混凝土破壊実験」と、「環境工学的観点から考察する、遼寧省瀋陽市の都市防衛計画」の二つだった筈だ。
「まあ、そこで話しているうちに、何となく仲良くなりました。切っ掛けはもう、忘れてしまったのですが。一体、何だったのでしょうか? 自分でも不思議ですね。何が原因で、彼みたいな人間と付き合い始めたのでしょう」
そんなものかもしれない。僕も、お杉と仲が良くなった切っ掛けなんて、もう忘れてしまったから。入った年度の終わりの方、確か平成六年の三月三日木曜日、九州自動車道上り線のパーキングエリアにあるゴミ集積場で、女の手首のない左腕が見つかった事件が切っ掛けだったような気もする。真実はわからない。その時少し喋ったのは確かだ。尚この事件では、当日一時間後、福岡県内の山川パーキングエリアから右腕が、翌日、JR熊本駅からも、同一人物の胸部と腰部がコインロッカーから発見されている。当時福岡美容師殺人事件として、連日ワイドショーを賑わせていたから、この事件を憶えてる人も多いだろう。僕にとっての初めての大きな事件だったから、今も忘れる事はできない。
「まあ兎に角、ストラップと私は、仲良くなったんです」
話を続けてもらった。
「私は三回生と四回生との境の春休み、筑後の親戚の家で法事がありまして、広島には帰らなかったのです。父がひとり来て、私のワンルームに泊まった事を懐かしく思い出します。その時は父が私のファミリアを運転して、筑後市迄ずっと話した事も懐かしいですね。しかし父が帰った後の三月下旬になればする事も無くなり、父と一緒に帰省しなかった事を後悔しました。宮田先生もメキシコに行く準備で忙しかったですし、研究室は使えませんでした。つまりは暇だったのですね」
「先生はどうしてメキシコに?」
と僕が聞くと、広瀬さんは驚いた顔をして、
「君はメキシコ大会の、神の手ゴールを知らないのですか?」
と言った。そうだった。宮田先生はサッカー好きだったね。僕は
「納得しました。話を続けて下さい」
と、続きを催促した。広瀬さんはそれに頷き、話を続けてくれた。
「まあ、そんな時新聞で、大分県玖珠郡のとある寒村が村お起しの為に、昔の映画を上映するという記事を見つけました。退屈していた私はその場所まで、ドライブを兼ねて見に行こうと、そう考えたのです。そう、ご存知のとおりそこが、墓石村です」
2006年09月18日
「墓石村事件」 4
「映画は何だっチャか?」
僕もそれには興味があった。いったいどんな映画を上映すれば、村お起しなんかになるんだろう。
「ジョン・スタージェンスの「OK牧場の決斗」というものが主でした」
「何故っチャか?」
「本来墓石村は、八の力という字を書いて、やぢから、地元発音で、やじがっ。そういう発音のし辛い名前の集落でした。郷土史家によれば、やぢからというのは江戸初期からの名称だそうで、本来は世帯が八つという意味だった様ですね。しかし日清戦争直後、鉱山の需要が高まり、他の集落を取り込み、人口三百人程度の村に大きくなります。その編成の際名称を変えるのですが、中心となった八力集落の、八と力が片仮名のハカに似ている為、はか村に改名しようとしたのです」
確かに「やぢから村」では発音しづらいから、他の名前が必要だったと思う。
「しかしそれでは、音が破瓜に通じる為に格好が悪い。若い娘さん達は赤面してしまうでしょう。それで、同じ鉱山町であるトゥームストーンという、アメリカアリゾナ州の町にちなんで、石の一字を付け加え、はか石村。墓石村としたのです。それで、この映画だったという訳ですね。この映画の舞台は十九世紀後半の、トゥームストーンですから」
なるほど。トゥームストーンには、グレイブヤードって名前の銀山が有るって話だし、昔の地元新聞は、エピタフって名前だったって話だ。トゥームストーンは墓石って意味だし、グレイブヤードは墓地って意味だ。エピタフは墓碑名だね。「はか」という名前と、鉱山の町という二つの共通項に、村人達は共感を憶えたんだろう。もっとも人口六千人のトゥームストーンは、行政区分上タウンであって、ヴィレッジではないけれど。
「他にもスタージェンスの映画、「ゴーストタウンの決闘」、「ガンヒルの決斗」、「荒野の七人」、「大脱走」の四本が二日に分けて上映されました。「OK牧場の決斗」は二日とも上映しましたから、合計六本、一日三本のプログラムですね。本当は、同じスタージェンスの「墓石と決闘」を上映したかったのだそうですが、フィルムが見つからなかったのだそうです。しかし、どれもとても面白かった」
カラカラと映写機の音が、上映用の施設ではない所で響くのは、何とも趣があるって、そう、僕も感じる事がある。そういう空間で見る映画は、格別面白い。
「そうそう、「荒野の七人」でスティーブン・マックイーンの演じるヴィンは、トゥームストーンの出身なんですよ」
僕達の話が真剣になってきたからか、マスターはここで短くなったタバコを指で弾いて空中で分解し、 「クリームの素晴しき世界」の上から針を退けてくれた。マスターの左手の中指と薬指の間は、両切りタバコをいつも吸うせいで黒く汚れている様だった。
「OK牧場の決斗」は、アリゾナ州トゥームストーンで、西暦一八八一年十月二六日未明に行われた、実際のガンファイトを題材に作られた映画で、前世紀を代表する映画の一つだ。仕手連れのドクこと、歯科医のジョーン・ヘンリー・ホリデイの役をやっているカーク・ダグラスは、「ガンヒルの決斗」での保安官役でも有名なんだそうだ。
「「荒野の七人」のヴィン役、スティーブン・マックイーンは、「大脱走」でヴァージル・ヒルツという名のアメリカ人飛行機乗りを演じているのですが、このヒルツの股がるバイクは良くできていましたねえ。一見するとまるで軍用バイクの様なのに、スピードは出るし、フェンスは飛び越えると、そのできは最高でした。しかし実際のBMWでは、あんなアクションは到底出来ないのだそうです。撮影で使われたバイクは、トライアンフTTスペシャル650というバイクだと、後に誰かが教えてくれました」
「墓石村の鉱山では、何が採掘されているんです?」
僕はタコスを摘みながら聞いてみた。
「銅山がかつては有ったのですが、私が行った時にはもう、閉山していました。ですから現在の村の、主要産業は林業です。銅の産出が主産業であった関係上、鉄道、つまりJR久大本線は通っていますが、駅は既に廃止されています。そこは、交通の便も悪いので、陸の孤島という表現さえも、あながち間違いとも言えぬ様な場所なのです」
銅は大戦中、導線や真鍮の原料として、軍需物資として重宝される。だから、鉄道がこんな辺鄙な場所にも通る様になったんだろうね。真鍮は、比較的柔らかくって、降伏しづらく、自縮性を持っていて、薬莢とするには最適な材料だ。だから、真鍮は英語で「brass」と言うんだけど、薬莢の事は真鍮製でなくても、金属製ならばブラスと呼ぶんだそうだ。例えば、排筴の向きを変える板の事を、ブラス・デフレクターなどと言う。まあ、それぐらい銃砲業界では大切な金属なんだね。
「そこに映画を見に行ったっチャね」
「はい。私は一人、ファミリアを飛ばし、そこへ向かいました」
広瀬さんのファミリアロータリーSSのロータリーエンジンは、キャブレーターが四バレルの、ファミリアロータリークーペ仕様に交換してあるから、とんでもなく速いんだ。
「映画は地元小学校の体育館で行われたのですが、そこは事件と直接の関係は有りませんので、話を端折りましょう。事件の本質を見る為に、多少の事実を端折る必要がある事は、ご存知の通りです」
まったくそのとおりだ。ここからはなるべく、本質的な情報だけを喋ってもらう方が望ましい。
「事件は四月六日日曜日、映画の上映が全て終わり、夕方の食事会が開かれている時に起きました。まあ、食事会も宿泊も、小学校敷地内でしたんですがね。その時は五時を過ぎたぐらいの時間で、薄暗いといった感じでした。さて、事件の内容はこうです。村人と小学校の校庭を散歩していた村の有力者、倉井が、」
そこは知っている。
「狙撃されたんだっチャね、確か」
そう、お杉が言った。
「ええ。被害者、倉井育馬の頭が破裂しました。私もライスカレーを食べながら見ていたのですが、脳漿が飛び散ったのです。そしてその瞬間、バンという破裂音が聞こえてきました。それは明らかに、射撃による犯行でした」
2006年09月20日
「墓石村事件」 5
「頭が破裂したって事は、」
僕は一口タコスをかじり、一応そう聞いてみた。
「ええ、だから銃声が後から聞こえたのです。尤も、銃声が後から聞こえたという事は理論上の問題で、実際は同時に感じました」
広瀬さんはこう答えた。
「つまり、高速なライフル弾か、イクスプローシブブレットの様な特殊弾頭だったという訳ですね。でなければ、頭蓋骨を破る程の衝撃波、瞬間空洞は作りだせないでしょう。実際は、音速よりも速いライフル弾だった訳ですが、それを見た瞬間の時点では、何がなんだかわかりませんでした」
イクスプローシブブレットとは、炸裂弾丸の事で、炸裂弾のブレットの事だ。しかしこれは貫通力に難が有るので、破裂するのは頭蓋骨の中ではなくって、骨に当った瞬間だろう。だから今回のクーデグラは速い弾なんだね。
「それで広瀬さんはどうしたんです?」
「その時は皆パニック状態でしたから、何もできません。私がした事といえば、それを見た人の顔を覚える事ぐらいでした。その場で倉井の破裂を見た人ならば、射撃はできませんからね」
「射撃の際の、銃口発射炎は見ましたか?」
「いえ。マズルフラッシュには、その場に居た者は誰一人、気付く事はできませんでした」
発射煙なら兎も角、薄暗い中での射撃で銃口の光に気が付かない物なのだろうか? 僕は疑問に思ったんだけど、
「私はフラッシュハイダーや、リコイルレデューサーの様な器具が取り付けられていたのでは無いかと予測しました」
と、広瀬さんが言うので納得した。
「じゃあ、どうして狙撃って分かったっチャか?」
「倉井は、校庭の西の端、プールの側で撃たれた訳ですが、方向的に東側、つまり校庭側から撃たれたのです。これは、校庭のその方向には誰もいないのが見えましたから、学校の敷地外から撃たれた事になります。そして校庭は、東に約百五十メートルのびていたのです。少なくとも百五十メートルの距離が犯人と倉井との間にあった事になるのですよ」
「すいません。学校の敷地の概略を教えていただけないでしょうか。どうにもわかりづらくって」
僕がそう言うと、
「俺もそこがよくわからねえと、そう思ってたんだよ」
と、聞いていたらしく、マスターがしゃがれ声で言った。他に客もいない事だし、暇だったのだろう。
「そうですね。事件とはあまり関係がないと思ったのですが、一応説明しておきましょう。校舎を中心に考えますと、北に正門、南にグラウンド、西に体育館です。北側には、銀杏の木だとか、百葉箱、ウサギの飼育小屋、野外便所等が有りました。校舎は二階建ての木造で、音楽室だとか理科室だとかも、同じ建物にあった様です。教室は、一学年に二つだと聞きました。つまり十二クラスあった訳ですね。グラウンドは、長手方向が百八十メートルくらいで、西の端にはプール、体育館、西門などが有りました。東側には相撲部が練習に使う土俵と、倉庫、東門、肋木、花壇、それだけですね」
「その東門の辺りから撃ったんですね?」
「結果的に、そういう事がわかりましたが、犯行当時は薄暗く、そこに人陰を発見する事はできませんでした。この事件は、当日村にいた全ての人、千五百人を潜在的な被疑者として捜査対象とする、大規模な物になりました」
2006年09月25日
「墓石村事件」 6
「被害者の銃傷を見ましたか」
「はい。被害者は空洞現象による瞬間空洞で、鼻から上の部分が膨らんで、後頭部上側を中心に破裂していました。残った組織は、まるでイチゴジャムの様でした」
粘土に銃弾を撃込むと、銃弾径の十倍をこえる大きな穴が空く。これが瞬間空洞だ。ただし粘土は弾性がないんで、瞬間空洞がそのままの形で残る事に成るんだね。
「第一銃創は、眉間の間、額の真ん中です。つまり、正面から撃たれたという事に成りますね」
これは完全な狙撃だ。眉間の間なんかには、狙わなきゃ当らない。頭部を目的とした正面からの狙撃の場合、ここを狙うのが一般的なんだ。このケースではたまたま、左右にも、下にもズレなかったって事だろう。
「弾丸は、ブレットは何処に有ったのですか?」
僕は聞いてみた。
「それは随分後にわかった事ですが、まあここで説明いたしましょう。頭蓋骨を突き抜けブレットは、脳幹内で後方拡張を引き起こした後、上向きに偏向しながら進み、ついには後頭部の骨にぶつかりました。えっと、骨と接触したのはブレットの底の部分です。しかしそこ迄にエネルギーを上手く消費していたので、それを突き抜く事はせず、脳天に向かって跳ね返されました。ですからマッシュルーミングしたブレットは、頭のてっぺんの骨にめり込んだ状態で発見されています。尚、ブレットを跳弾させた部分を中心に、頭部の破裂、脳漿の漏れは起きていたそうです」
僕はお酒を美味しく飲む為に、あまり想像しない事にした。
「さっき、銃の音が後から聞こえたって言ったっチャけど、どのぐらい後から聞こえたっチャか?」
お杉の質問には、広瀬さんも苦笑いをした。
「ほぼ同時でした。差は理論上の問題です」
「理論上って、どれ位だっチャ?」
下らない事にこだわると、僕は思った。
「ブレットの平均速度を、秒速八百五十メートル、ええっと、約二千七百八十八と四分の三フィートと仮定しましょう。又、犯人の射撃位置から倉井までは、百七十メートル、私が音を聞いた位置までは、百九十メートル、計算し易い様に、気温をセルシウス温度で十度としましょう」
「じゃ、ほとんど同時だっちゃ!」
と、お杉が叫んだ。
「まあ、今の計算はデタラメの数値ですが、約〇.三六二七九六秒差ですね」
と言った。流石に少し酔っているとは言え、広瀬さんは計算が速い。空気中では、音の波の伝わる速さCは、摂氏θ度の時一秒当たり、約「331.5+0.61×θ」メートルだから、音は一秒間に三百四十メートル近く進む計算になる。じゃあ、ほとんど同時だと言っても良いだろう。
「駐在員はすぐ来たのですか?」
僕はタコスで汚れた手をお手拭きで拭きながら、そう聞いてみた。
「来たも何も、私の目の前で皿にカレーを注いでいました。給食の係をしていたんですよ。とはいえ事態を認識すると彼はすぐに冷静になり、現場を落ち着かせました。正に警察官の鑑とも言うべき人物でしたね。名前こそ知りませんが、私が同じ警察官として、尊敬している人物の内の一人です」
そうかもしれない。駐在員っていうのは有事の際、たった一人ぼっちで、応援の到着迄頑張らなきゃいけないんだ。強靱な精神が要求される職業とも言える。
「私は、駐在さんに自分の意見を述べました。犯行に使われた凶器が、ボルトアクションのライフル小銃ではないか、という考えをです」
「それはどうしてですか?どうしてライフルだと思ったんです?」
これは大事な事だと思う。ただの思い込みでライフルだと思う事は、捜査の幅をいたずらに狭める事になるからだ。川副警部が何時も僕らに言う、「予断と余談は禁物だろうが」というやつだ。
2006年09月28日
「墓石村事件」 7
「順をおって説明しましょう。私は先ず、マシンガンを除外しました。何故ならば、銃声から判断するに、一度しか射撃はなされていないからです。単発で発射し難い構造の銃は除外すべきだと考えました。又同時に、この様なかさばる銃は、この手の仕事には向いていないと考えたからです」
これは誰にでもわかる事だ。
「次に私は、ホイールロック銃やフリントロック銃、パーカッションロック銃、ショットガン、対戦車ライフル、グレネイド弾、クロスボウ、空気銃、その他の銃以外の射撃武器を除外しました」
「どうして、ショットガンや対戦車ライフルはダメっチャか?」
「ショットガンは散弾銃とも言います様に、ワッズ内のペレットを飛び散らせる構造の銃です。しかしこの事件での弾は一発だけでした」
そう。ショットガンとは、送り蓋の中の金属の粒々をばらまく銃で、感覚としては点を狙うというよりも、目標を面で捕らえるという感じの銃だ。絞りを調節する事によって、金属の粒の広がり方を変える事ができる。又、ショットガンはスムースボアと言って、旋条が切ってなく、発射された弾は例え一つの金属の粒だったとしても、普通回りながらは飛ばないんだ。二つの事から考えれば当然、狙撃なんかには適して無い銃だよね。
「たとえライフルド・スラッグを使ったにしても、弾体自体に切ったライフルでは、百五十メートルの狙撃は絶対に無理です」
スラッグっていうのは、ナメクジの事で、この場合の用法としては、一粒弾、ショットガン用のいっぱいに分れない、単体の弾の事だ。もっともこれは、金属の塊全般を指すスラングらしいけどね。ライフルド・スラッグってのは、発射された後回転する様に、弾自体に溝が彫られた、一粒弾の事なんだってさ。
「又、もっと近くで撃ったとしても、当然頭は破裂しません。ショットガンで人体の頭部を吹っ飛ばすには、互いの散弾による衝撃が、共鳴振動を起す程纏って着弾させねばなりませんから、それはどんなにチョークを絞ったとしても、至近距離でなければ無理と言うものです。我が国で最も普及している、十二番ゲージのシェル自体のサイズも元々、百五十メートルも飛ばす事を考えては作られていませんので、プロペラントを詰め様にも、恐らくそんな事は無駄な努力でしょう」
ここは最早狙撃とは関係の無い話だから、余談と言えるだろう。
「対戦車ライフルに関しては、命中精度云々について論じても良いのですが、それ以前に、威力が弱すぎます」
そのとおりだろう。戦車を壊す銃が、人間の頭を半分吹っ飛ばしたぐらいで終わるはずがない。
「続けて下さいっチャあ」
と、お杉も納得をしていた。
「その次に私は、有効射程が百五十メートル以上ないといけませんから、ハンドガンは除外しました。これらの銃では、偶然に頼らない限り、百五十メートル先の人の額に銃弾を命中させる事は難しいでしょう。シューターの能力の問題ではなく、銃自体の精度の問題としてです。バレルの長さや、アミネーションのケース長の関係上、長距離射撃には当然向いていません。無論、照準精度を上げる為の大型の保持装置は、ターゲットが動く事と、かさ張り過ぎる事の関係上、使用できませんしね。同様の理由で、マシンピストルも除外します」
とはいえ、僕が携帯している拳銃は、私服警官用のスナブノーズリボルバーなんで、オートピストルも当らないって事にあまり実感はなかった。
リボルバーというのは、輪胴式と呼ばれる物で、レンコンの形をしたクルクル回る、鉄砲玉を入れるところのある形の銃だ。このレンコンをシリンダーといい、これが弾倉と薬室を兼ねている。こういう形では無いピストルが、オートピストルだと思ってもらって良いと思う。
「で、実際、オートピストルの命中精度ってのは、どんなもんなんです?」
と、僕は質問したが、それに答えてくれたのは広瀬さんでは無く、マスターだった。
「コルトの四十五口径は知ってなさるな、兄ちゃん」
僕はその質問に頷く。コルトの45ACP、最も有名なピストル、M1911、つまりコルト・ガバメントだ。
「グーッド。五インチバレルのそいつを、二十五ヤードでレストマシーンに保持させた時のグルーピングが、市販の弾なら五ないし十センチメートル」
マシンレストとか、レストマシンって呼ばれるのは、銃や弾薬の良し悪しを調べる為に使う、銃を万力なんかで固定して、引き金を引く機械だ。まあもっとも、命中精度の把握だけが用途ではないけど、人間の保持ミスや、照準ミスを機械的にカットしてくれる器具なんだね。当然、ただ締めてるだけじゃ、射撃時に器具と銃器との間にズレが生じるから、銃の反動を逃がす為の何らかの装置が付いてるみたいだ。つまり、マスターの話をわかり易く解説をしておくと、人間による誤差の無い状態、つまり機械が握った状態で射撃した時でも、二十五ヤード先の的に、弾は五から十センチメートルの間で散らばるっていう意味。
「大体そのあたりで集弾する様ですね。まあ、今のマスターの説明を聞いてわかります様に、いかに射撃の達人といえども、道具の精度には頼らねばなりません。なぜならば、人間という要素が入って無い状態でさえ、こんなにも誤差が生じますからね」
弘法筆を選ばずという格言は、ガンマンやシューターの世界では、全く当て嵌まらないものらしい。
「二十二口径、十インチバレルの競技用銃ならば、レストマシーンに保持させた場合、五十ヤードでも、二センチ程度という事はあり得るが、百五十メートルの狙撃となると、ちょっと、いや、かなり厳しいか」
マスターは、低くかすれた声で解説をした。
「なるほどっチャアー。つまりピストルでの狙撃は全く無理っチャね」
説明を聞いたお杉はそう言い、取り出したタバコに、ターボライターで火をつけた。彼が吸うのは、L&M・マイルドっていう銘柄だ。
「第一、人間の頭半分吹き飛ばせるハンドガンなんざねぇよ」
と、マスターも笑った。
「最後に私は、手動ではない全ての銃を除外しました。何故ならば、セルフローディングの銃と言うのは、発射ガスの圧力や、発射の反動などを利用する造りの為、部品と部品の間に遊びが多いからです。わかり易く言えば、ガタが多い、とも言えるでしょう。これは作動を円滑に行う為には当然必要な事で、ここがタイトだと、プロペラントの燃焼粕等が溜り、すぐに作動不良を起してしまいます。しかし狙撃には高い精度が要求されますから、ガタつく様な銃ではその仕事には不向きなのです。例外的にセルフローディングのタクティカルライフルも確かに存在します。例えば、パーカー・ヘイルM85などがそうですね。しかしこれらはとても重く、あの様な場合十数キログラムもあるライフルを持ち歩くというのは、ちょっと常識的に考えられません。パーカー・ヘイルM85は、十四キログラムもありますしね。セルフローディングの銃で命中精度を持たせる為には、このぐらいの重量が必要なのでしょう」
そう言うと、広瀬さんは少し声を大きくしてこう言った。
「私の結論はこうでした。「この犯行は、ボルトアクション方式の小銃で行われた。故に、カービンを含む、ボルトアクション方式の小銃を捜す事が先決である」まあ、狙撃銃がボルトアクション方式であるというのは、半ば常識ではありますがね」
2006年10月04日
「墓石村事件」 8
広瀬さんの説明に、僕は納得した。ボルトアクション方式のライフル以外が、凶器の筈はないって、そう僕も思ったんだ。ちなみにカービンってのは、騎兵銃だとかって呼ばれる物で、コンパクトなライフル銃の事だ。
「広瀬さん、エラリー・クイーンみたいだっチャ!」
と、お杉が言った。エラリー・クイーンってのは、ロデオの見せ物で起きた連続銃殺事件を解決した、昔の有名なニューヨークの探偵だ。この事件では二つの殺人の犯行に、25ACP弾が使われている。他にもこの探偵は、生まれた時と同じ苗字の人が九人連続して殺される事件や、首なし死体が十字架にかけられてる事件とか、貫通したはずの鉄砲玉が体内から検出される事件を解決している、前世紀初頭の歴史的人物だ。
「もっとも最近知ったのですが、スナイパースカヤ・サモザラヤドナヤ・ビントブカ・ドラグノバという、セルフローディングで軽量な狙撃ライフルもあるそうですね。まあ、そういう特殊な例は良いでしょう。私の考えは駐在さんに全面的に受け入れられ、小銃を先ずは捜す事から始めました。私の考えは後に、県警の応援が来てからも裏付けされます。というのも、物理研究所の小火器科学捜査検査官によって、弾丸重量百五十九グレインの308ウインチェスター弾、軍用の7.62×51NATO弾と同口径のアミネーションが、犯行に使用されていた事が判明するからです」
なるほど、308win弾ならばボトルネック。ボルトアクションとは限らないけど、確かに小銃用のカードリッジだ。全長が七センチメートル前後のカードリッジだから、ピストルの弾には当然向かない。と言うよりも、ピストルグリップが七センチメートルもあったら、普通の人には握れないじゃないか。現代のオートピストルでは握りの部分に、箱型のマガジンを下からはめ込むのが一般的だって事は、みんな知ってると思う。この様な箱状のマガジンの中には、弾が水平方向に寝て重なっている。だからマガジンの前後幅は、カードリッジの幅よりもちょっと大きい。当然、マガジンを収容するグリップのサイズは、マガジンの全長よりも大きい。だから、これが七センチメートルもあっちゃたまらないね。命中精度云々以前の問題だ。
広瀬さんの推理力には、僕なんかまったくかなわないって、そう思う。さて、その308win弾なんだけど、それは我が国のJGSDFが使う64式小銃でも用いられている口径だ。他にもそれは、NATO加盟国を中心とした、沢山の国の軍隊で使用されてる口径なんだ。銃口発射炎は大きい筈だから、やはりリコイルレデューサーの様な器具が使われていた事だろうと、ここで改めて僕は思い直した。結構かさばる大きさになる。
ボトルネックってのが、そもそもどういう形のカードリッジなのかと言うと、名前のとおり壜みたいに薬莢がくびれていて、栓の位置にブレット、つまり弾頭のあるカードリッジなんだ。壜底の位置がプライマー、つまり雷管って事になるね。これは同じブレットに対して、ストレートな形の同じ長さの薬莢よりも、沢山の火薬を使う事ができる。だって薬莢が太いんだからね。つまり、大きなプレッシャーを生み出す事ができるんだ。だけどピストルでは、そんな大きなプレッシャーは必要無いからこれは、小銃用のカードリッジだと言えるんだ。実際そんな大きなプレッシャーを銃床無しで受けるのは、そうとうキツイんだろうって思う。もっとも、FN社の特殊なピストルや、旧日本軍のピストル、それに、モーゼルやトカレフなんかみたいに、ボトルネックの小さなカードリッジを使うピストルっていう例外も、あるにはあるんだけどね。
「現代の歩兵は、マシンカービンや、突撃銃だとかって呼ばれるライフル、ええっと自動小火器が主ですから、308win弾の様な口径はちょっと時代遅れのカードリッジなんでしょ?」
当然これは、ストラップさんの受け売りだ。
「ええ。その突撃銃の代表格である、アブソマット・カラシニコバ、マスメディアが言うところのカラシニコフ銃は、そのコピーをニュース映像でも度々目にしますし、我々も稀に押収しますね」
「ああいう銃には確か、反動やガス圧が大きすぎて、308win弾は余り向かないって、そういう話ですね」
興奮して喋ったんで僕は、変なところで息継ぎをしてしまった。アブソマット・カラシニコバの代表格、一九四七年型は、「アー、カー、ソーロックシーム」の名で有名だね。
「ええ、まるで向きません。ですから北大西洋条約機構は、小口径の軽量高速弾を、突撃銃用の新口径として採用しています。308ウインチェスター弾はもっぱら、狙撃用ライフルでの使用です。先程のパーカー・ヘイルM85もこの口径ですね。アメリカ合衆国のレザーネックが使うM40A3や、グリーンベレーのM24などは、308ウインチェスター弾を使用する、代表的なボルトアクション狙撃ライフルと言って良いでしょう」
「じゃ、やっぱりボルトアクションっチャ!」
M40A3やM24は、レミントン社のM700をベースとした、ボルトアクションライフルだ。
「ええ、ボルトアクションでしょう。このブレットは、ホロー・ポイントで、見事にマッシュルーム状の変型をしていました」
ホロー・ポイントっていうのは、運動エネルギーを目標、つまり人体等に停める為、貫通しないで残る様に、バナナの皮がめくれる様な変型をする様に工夫した鉄砲玉の事だ。正確にいうと、鉄砲玉の先っぽが窪んでいる構造になってるものなんだ。こう変型すると弾は貫通しなくなるから、運動エネルギーはそこに留まる事に成る。だから当ると、とっても痛くなる様に作ってあるんだね。みんなもご存知の、ダムダム弾の一種だと思ってもらっても、良いと思う。
「ですがライフリングマークは幸い残り、エンフィールド型で、右回りに六本でツイストしたバレルから、発射されている事がわかりました」
2006年10月10日
「墓石村事件」 9
ライフリングマークに付いて、ちょっと説明しよう。先ず、痛い鉄砲玉にする為には、速く飛ぶ重い弾が良いんだ。だから弾丸が小さなボール状ならば、飛んでいく時の断面積、つまり空気の抵抗に対して重さが少ないから、当った時にはあんまり痛くないんだ。痛くする為には弾丸の重さを増やせば良いんだけど、それだと今度はゆっくりと、しかも少ししか飛ばなくなる。それで弾丸は、重いのに速く遠くまで飛ばす工夫、つまり空気の抵抗を減らす為に、前後に細長い形をしているんだね。だけどそうすると、形がヘンテコなもんで、風だとか弾丸のわずかな凹凸なんかの影響で、いろんな方向に回っちゃって、真直ぐ飛ばなくなっちゃうんだよ。だから変な方向に回転しない様に、銃身内であらかじめ回転を与えて発射しているんだ。進行方向と同じ向きした、弾の中心を通る軸を中心にね。こうすると、他の方向への回転は難しくなるから。
この、銃身内での回転を与える為の溝なんかを、ライフリング、旋条といい、それがある銃をライフル銃と呼ぶんだ。そして、発射された弾丸に残った、回転させられた事を示す傷を、ライフリングマーク、旋条痕と呼び、捜査では銃の特定などの為に重要視されている。
「又、このブレットは当然ボートテイルに加工され、空気抵抗を抑える工夫がされていました」
ボートテイルっていうのは、ブレットの後ろ側が小舟の後ろ側みたいに細く成ってる事をいうんだ。これで空気の抵抗が減るんだって。ライフル弾では半ば常識なんだそうだ。
「まあ、これらの考えを述べた事によって、私は駐在さんに認めてもらう事ができました。駐在さんは、犯行当時私が目の前にいた訳ですから、私が犯人ではない事を知っていましたしね。私はこれによって、駐在さんのパートナーとして、事件捜査に協力する事ができたのです」
「で、見つかったっチャか?」
お杉が皿からタコスを摘んでそう言った。タコスはこの時もう、後一切れに減っていたと思う。
「いえ、残念ながら、問題はそう簡単な事ではありませんでした。小銃はかさ張りますから、すぐに見つかると私は思ったんです。しかしそれは我々部外者が犯人だった場合の話。しかし村人が犯人と言う事は大いに考えられましたから、隠し場所は必要無いくらいで、どこにでも隠せたんです」
「じゃあ、どうしたんだっチャ?」
「そちらは本隊が来てからの人海戦術に任せるとして、私と駐在さんは、その日村に居た人全員の掌、特に拇指の付け根を見て回りました」
「あっ!そうか」
僕は広瀬さん達の行動の意味がわかった。
刑事部に所属している僕らは一瞬にして、剣道とか柔道の達人を判別する事ができる。面ズレっていうおでこの痣や、寝技で潰れた耳なんかを見てね。これはそれと同じ事なんだ。
「今回の犯人は狙撃を行っている。つまり銃の扱いには慣れてるんですね。だから当然、お父さん指の付け根には発射時の反動があって、射撃をずっとやってると手が硬くなります。広瀬さん達は、それを捜して回ったんでしょう?」
「おっ!今日は冴えていますね」
「いや実は、この前仕入れたばっかりの知識なんですよ」
と、僕は言った。そう、ストラップさんが僕の右手を見て、
「感心な事だ。射撃訓練は行って居る様だね」
と言ったんだ。僕は手袋をして練習をしてたんだけど、それでもリコイルをずっと受けてると、親指の付け根と人指し指は硬く成ってしまう。又、親指の平の部分は、有鶏頭短銃の関係上、撃鉄を起こす為に硬くなっちゃう。
「ストラップですね? うん、そうでしょう。そう、私もこの事件の少し前に、キックバックによる拇指付け根の変化について、ストラップから聞いていたものですから、この時思い付いたんですね。掌を見て、銃に精通しているかどうかを見極めるという方法をです」
ストラップさんならば、愛用の銃の形状なども、ある程度わかるらしい。もっとも蓋然的仮説としてらしいけど。
「しかしよう、兄ちゃん。あそこは確か、雉子だとか猪だとか、撃って捕って喰ってたろう」
「ええ、そうです。しかしこの方法で有力な被疑者は、二十八人にまで絞られました。そのうちの一人は私と同じ、日帰りでは無い外来客の内の一人で、彼は墓石村迄自家用車で来ていました。この車はトヨタの4ドア・セダンで、後部座席側のドアには、チャイルド・ロックが有った事を憶えています。私の印象としては、家族持ちの三十代前半の男という感じでした。この男の車のトランクの中だとか、リアシートの中だとかを、私と駐在さんとでくまなく調べましたが、しかし車内のどこにも、ライフルの様な大型のショルダーウエポンは見当たりませんでした。もちろん彼には、大型の荷物はありません。他の人物と接触した事も考えて、彼と少しでも親しくした様に感じられた者も、徹底的に調べられましたが、まったくの無駄な捜査でした。又、犯行時倉井を外に連れ出していた人物も怪しまれましたが、彼とこの外来客が接触した事実は、見つける事が出来ませんでした」
「じゃあどうして、彼は銃を扱った事があったんです?それも手の皮が硬くなる程迄」
2006年10月11日
「墓石村事件」 10
僕の質問に広瀬さんは、最後のタコスを食べながら、
「彼は銃を扱った事などないと主張しました。彼は電気工で、インパクト・ドライバー・ドリルをよく使うから、手の形がドリルの握りの形になったのだと、そう主張したのです。実際、電気工事の知識としては、彼は十分なものを持っていました。ですから、私は彼の話を信用したのです」
と言った。広瀬さんがテストしたのなら、彼は本当に電気に詳しかったんだろう。ちなみに、インパクト・ドライバー・ドリルってのは、打撃機能を持った、ドライバーにもなる電動ドリルの事だ。ピストルみたいな形をしていて、引き金を引くと、ウイーンと先っぽのドリル、もしくはドライバーがグルグル回る道具だと思ってほしい。又打撃は、回転方向に加えられるから、ボルトの締め付けなんかもできるんだよ。
「ですから、残り二十七人の村人について、追求を駐在さんはしました。しかし狭い村での事件です。何人もその二十七人の犯行当時の居場所について証言する人が出てきまして、二十七人全員が、現場不在証明があるという形になりました。もっとも、私と駐在さんが証明できた人ですら、七人もいたのです。夜の間に本隊も到着しますが、やはり小銃は見つかりません。狙撃地点こそ、被害者の倒れた位置から約百七十メートル離れた場所だと特定出来ましたが、その他には、今まで語った内容以上の事は、まるでわかってはいない様でした。一夜が明けて、捜査はまったくのお手上げ状態になります」
「じゃあ、呼ぶっチャよ」
「本当に呼んだのか?」
「ええ、呼びました」
「呼んだのかよ」
「誰をです?」
「彼ですよ」
「奴をさ」
「あ!」
僕はわからずに、質問してしまった。何だか恥ずかしい。
ストラップさんは、発射された鉄砲の空薬莢や弾丸から、様々な事を発見する名人だ。未発砲の銃弾を検討しても、金属の材質や形から、製造メーカーやロットナンバーだけで無く、流通ルートまで、本当に沢山のデータを引き出す事ができる。死人の歯を見せるならば法医学の専門家よりも、法歯学の専門家の方がずっと良い。それとまったく同じ事で、銃弾の鑑定をやらせるならば、科学捜査の専門家なんかよりも、ストラップさんの方が何億倍も頼りになるんだ。科学警察研究所機械第二研究室の研究員なんか、ストラップさんの足元にも及ばない。
「まあ、兎に角、小学校の教職員室にある黒電話で、大学のクラブハウスにかけました。そしてストラップを、呼び出してもらったのです。しかし彼は事件の話を少しすると、少し私を咎めた後に現在地を聞いて、そのまま電話をきってしまいました」
咎めたっていうのは、広瀬さんが旅先でしょっちゅう事件に首を突っ込んでた事をだろう。この件以前にも広瀬さんは、上田、桐生、箕面、新南陽、etceteraと、いくつかの事件に関わっている。
「ああ、あの人電話嫌いだっチャから、直に話そうと思ってきったっチャね」
「まあその通りですが、交通手段がありませんから、私は心配になりました。彼は当時まだ例の、黄色いナンバープレートのミッドシップカーを所有していませんでしたから、それで墓石村に来る事はできなかったのです」
うん。ホンダビートの市販は、この事件の五年後の筈だから、所有している筈がない。第一、ストラップさんのビートは平成四年式の上、セコハンだ。
「タクシーで行くっチャ!」
「あの貧乏人が、そんな金持ってる訳ねえやなあ」
お杉の言葉に、マスターが低い嗄れた声で答えた。
「電車でしょう。国鉄久大線があります!」
僕は思い付いたんで、そう言った。広瀬さんは確かに、「銅の産出が主産業であった関係上、鉄道、つまりJR久大本線は通ってますが、駅は廃止されています」とか言った。という事は、線路は通ってるし、当然電車もそこを通過はするんだ。
「おっ、今日はやっぱり、冴えていますね」
僕は誉められてうれしくなった。
「そうです。彼は鈍行電車の窓から飛び下りて、墓石村に来ました。わざわざ速度を落とすポイントを、三度も確かめてからだそうです。彼としては生で研究対象である、銃撃による死体を是非観察したかったのですね」
「なーんだ。死体が見たかったっチャか」
それはそうだろう。ストラップさんとはいえ、研究も無しに今の知識を手に入れた訳じゃあるまい。
2006年10月12日
「墓石村事件」 11
「さて、ストラップが来る迄の間、我々は被害者が殺害された理由を探る事にしました。しかしこれも失敗に終わります」
「どうしてです? 被害者は、そんなに無害な人だったんですか?」
まったく恨みを買わずに生きている人間などほとんどいない事を、この職に付いてから僕は知った。だから聞いてみたんだ。
「いえ、まったくその逆です。余りに人の恨みを買っていたのですよ、地元で倉井ドンの一家と呼ばれるその一族は。最早村の誰しもが、動機を持っていると言っても過言ではない位でした」
喋り過ぎて喉が乾いていたんだろう。ここで広瀬さんはアーリータイムスをグッと飲んで、空のグラスに又それを注ぎ入れた。僕もこの隙にと、グラスに氷とそれを注ぎ足したしたんだ。
「被害者の父親は、銅山が閉山になる頃、村内で力をつけ始めた様です。彼は地主だったのですが、それ迄は鉱山関係者の力が強く、彼の一族はただの土地持ちにすぎませんでした。閉山が噂され始めた頃の村は、最早活気もなく、まとまりもない状態でした。そんな村のまとめ役として彼、つまり被害者の父は村長に立候補しました。しかし支持者は少なく、当然対立候補も出てきます。にも関わらず、彼は村長として当選をします」
「何故です?」
「それには幕炉兄弟というならず者が、関与していたと考えられています。真実は良くわかっていません。が、一つだけ確かな事があります。それは、投票は行われなかったという事です」
「一体どういう事です?」
「簡単な事です。何故か、と、一応言っておきましょう。何故か、対立候補が出馬を取り止めにした為です。つまり立候補者が、被害者の父以外には、いなくなったのです。おそらくは幕炉兄弟の恐喝行為があったものと、私は考えています」
何だかひどい話だと思った。
「村長になってからの彼は、やりたい放題だった様ですね。幕炉兄弟を使っての、村議会議員への圧力が確認されています。村役場での重職には、彼の息の掛かった者しか付く事が出来ませんでしたし、新採用の際も彼とのコネが必要でした。当時の墓石村駐在員を買収していた様ですし、村は彼の私物化していました。その頃の話は、楽しい酒の席には似つかわしくはないですし、事件と直接の関係がある訳でもありませんから、省略をしましょう。彼がそれほどの力を振るわなくなるのは、幕炉兄弟の逮捕以後の事です。この兄弟は飯塚の方で、傷害か何かでブチ込まれたと噂されていました」
「じゃ、そっからは、村は平和になったっチャ」
「まあ、平常化に近付いたと言って良いでしょう。それからしばらくしてから、被害者の父親も病没しましたし、以後幕炉兄弟が墓石村に訪れたという記録は、どこにも残っていません。しかしかつての影響がまったく無くなったかというと、そうではありませんでした。ですから被害者のマイク倉井こと倉井育馬は、村の有力者たりえたのです」
「しかしよう、兄ちゃん。それだけ恨まれている奴なら、そいつを殺した奴は、村の英雄だろうに。村人の証言で、えっと、アリバイだったか?それがある奴は、怪しいんじゃないかい」
「ええ。ですから大分県警察は、捜査途中から、駐在さん以外の証言によるアリバイを無視しています。つまり、犯行当時体育館にいた者だけが、捜査対象にならなかったんですね。全ての民家にお願いして、家人の立ち会いの元に、小銃を捜させてもらいました。又、外来の人も、すべての荷物を調べさせてもらいました」
僕は内部にいるから良くわかる。おそらくは村中を捜査員達がライフルを捜しまわった事だと思う。でもどっからも、問題のライフルは見つからなかったんだ。
「あまり長引いては大変ですから、僕ら外来の者は運転免許証や、学生証等の身分証明書を写させた後、帰っても良いという事になりました。それで私以外の、村外からの人間は、例の電気工を含めて、全員が帰りました。しかし私は事件に興味がありましたし、ストラップがこちらに向かって来ていましたから、村に残る事にしたのです」
2006年10月19日
「墓石村事件」 12
「で、ストラップっチは、もう来たっチャか?」
お杉はどうも、この話にもう飽きてき出している様子だった。ストラップさんが来る迄、大した事はわからなかったみたいだから、この際時間を進めてもらおう。
「では、彼が来てからの話をしましょう。県警の本隊が来てからというもの、駐在さんには最早、大した仕事はありませんでした。初動捜査をした関係上、話は時折聞かれてはいましたが、彼の主な仕事は、他の捜査員と村人達との間に立って、捜査を円滑に進展させようとする努力だけだったのです。私を認めてくれていたのは駐在さんだけですから、私とて捜査からは当然外されていました。しかし駐在さんは、私の是非との頼みを聞いて、ストラップに検出されたブレットを見せてくれる様、本部長に頼んでくれます。そして、駐在さんがしつこく交渉した結果、ストラップには検出されたブレットの拡大写真を、見せても良いという事になりました」
「遺体は見なかったんですか?」
「遺体は村医者の家に安置されていたのですが、残念な事に、ストラップに見せられる事はありませんでした」
僕は内部にいるから良くわかる。こういった証拠物は、あまり誰にでもは見せたがらないもんだ。捜査のさまたげになる事すらある。
「普通は頼まれたって、見たかねえよ。死体なんざ」
と、マスターが言った。もっともだ。
「ええ、そうですね」
と、広瀬さんも同調する。
「で、写真見て、何か言ったっチか? ストラップっチ」
「先ず最初に彼は、大分県警察には、弾道専門の物理学者はいないのかと、そう言いました」
「偉そうに」
マスターはそう、ボツリと言った。
「まあ、彼は本当に能力があるのだから仕方が有りませんよ。我々警察で弾道学と言ったら、主に銃創学の意味ですから」
弾道学とは、主に銃弾の動きを調べる学問で、いくつかのブランチに細分化できる。その内で、物体に当った時のブレットの破壊力を中心に研究する学問を、ターミナル・バリスティックといい、それからさらに派生した分野が、ウーンド・バリスティック、つまり銃創学だ。それは、鉄砲による怪我を研究する物なんだ。
「実際、今ではうちの検査官よりも、彼を頼った方が実がありますからね」
「ああ、俺もそれは良く知ってるよ。それはアイツの唯一の取柄だ」
とマスターは呟いた後、
「で、奴さん、何て言ったんだい」
と言った。
「彼は、写真では良くわからないが、これは工場生産品のアミネーションでは無いし、工場生産品のブレットでも無いと言いました」
「と言うと?」
僕は質問する。
「私はそれを、生半可な技術や知識の持ち主の犯行ではないと、そういう意味にとらえました」
確かにそうかも知れない。工場生産品の製造公差が大きいと感じるならば、精度の良い手詰めのカードリッジを使いたいだろう。だけどその為には、作る技術か、作れる人物とのコネクションが必要だし、先ず製造公差が大きいと感じれなければならない。
「弾道学、全く関係ないッちゃ!」
お杉の言葉に、僕もマスターもプッと吹き出した。広瀬さんも笑って、
「いや、まあ、未だ続きがあるのですよ。本番はここからです」
と言った。
2006年11月08日
「墓石村事件」 13
「ライフリングマークの削れ方から見るに、バレルのマテリアルは、クローム・モリブデン鋼四一四〇という事でした」
「クロモリですか。まあ、銃身用のマテリアルとしては、一般的ですね。続けて下さい」
「又、ブレットの底に残った燃焼痕からプロペラントの基剤は、ニトログリセリンやニトログアニジンを加えてはいない、ニトロセルロース一種の、フレーク状で、この手のアミネーションにしては燃焼速度がやや速い物が使われているという話でした」
現在の銃火器で使われる火薬は、黒色火薬じゃ無くって、スモークレス・パウダーと呼ばれる物が使われている事は、ご存知だと思う。その中でもニトロセルロース、つまり硝酸線維素一種を主剤とした物を、シングルベース・パウダーと呼ぶんだ。これは一般的には、単基剤無煙火薬と呼ばれるもので、三硝酸グリセリンと硝酸線維素を主剤とした複基剤無煙火薬などと較べると、燃焼温度が比較的低温で、銃身に負担が少なくて済むんだ。又、急激な温度変化にも強くって、それによって薬性が変わる事も少ない。だけど、製造が大変だから、普通はダブルベース・パウダーと呼ばれる、複基剤無煙火薬の方が一般的なんだ。まあ、この事実だけを取っても、この殺人が素人仕事だとはちょっと考え難い。
「又、マズルフラッシュを抑える為に、減装弾を使っているとも言いました」
なるほど、それで誰も、銃口発射炎に気が付けなかったんだね。リコイルレデューサーの様な器具が、取り付けられていた訳じゃ無かったんだ。だだ火薬が少なめなだけ、だったとはね。
「そして、」
広瀬さんはここでもう一度、ショットグラスのアーリー・タイムスを煽った。そして、
「そしてこれがハンドガンによる犯行である可能性もあると、そう彼は発言しました」
と言った。それに対し僕は、
「又ですか? あの人はそうやって、可能性、可能性って、直ぐに捜査を混乱させますね。正直迷惑な時もありますよ。あの人の言う「消去の為の仮説演繹法」だとかは、ハッキリ言ってどうでも良い事だと考えます。蓋然的仮説のみを喋ってほしいですね」
と顔を顰めたんだけど、僕のその言葉を聞いた後に広瀬さんは、
「いえ、私も彼の説明を聞き、ハンドガンによる犯行の可能性は極めて高いと、そう感じました」
と、衝撃的発言をしたんだ。
「ええ? ピストルですか? だってさっき、広瀬さんはピストルじゃないって言ったじゃないですか。あの推理は間違いだったんですか?そんな、そんなあり得ない! あり得ませんよ! あの推理は完璧でした。どっこにも見落としなんか、ありはしませんよ!」
と、僕は興奮してしまった。
「いえ、完璧ではなく、見落としがありました。私の認識不足だったのです。それは、卵を産む動物を見てほ乳類では無いと断定する様な、そういう愚かさでした」
一体どんな見落としが、あったっていうんだろうか。
「彼が言うには、この程度の距離からの射撃ならば、命中精度をあげる工夫さえあれば、バレルの長さが十インチもあれば十分なのだそうです。そして今回は恐らく、十四インチのバレルが犯行に使われていました。というのも、銃弾はおそらくバレル内で一回転程度しかしておらず、しかもライフリングピッチ、つまりライフリングツイストが1-14、約三百五十八ミリだったのです。当時の私は命中精度に関して、バレルの長さばかりに気を取られていましたが、命中精度を上げる為には、もっと別の項目にも気を使わなければいけなかったのですね。ストラップは凶器がハンドガンであるならば、加速させる為にガスを有効に使っている事と、そうする為に、シールの仕方に工夫があるだろうと言いました。凶器は小銃か、小銃以外のライフリングのある銃である。しかし小銃がない。故に凶器は、小銃以外のライフリングのある銃である。初歩的な論理学の問題だったのですよ。私は犯行に使われた凶器がハンドガンであることに確信をしました」
とはいえ、十四インチサイズのバレルっていう、そんなピストル自体は骨董無形だ。銃身長が、三百六十ミリメートルもあるピストルなんか、僕は見た事もなければ聞いた事もなく、無論、考えた事もない。さっき例に出したコルト・ガバメントが五インチ、競技に使うピストルでさえ、八インチや十インチなんだ。とんでもない化け物ピストルだって事がわかると思う。予断は禁物っていったって、こんなもんを一々考えていられる筈が無い。とんでもなく常識はずれだ。こんな物、思い付く人間の方が頭がどうかしてるって、そう僕は思う。だけどお杉は、
「なる程っチャー」
と言い、L&Mをくわえた。
「なる程じゃないよ、お杉。カードリッジのキャリバー、憶えてんの!308win弾なんだよ? 七センチメートルも全長があるんだよ。どうやってピストルで撃つの? リボルバーかい? こんな長い弾入れるリボルバーなんて聞いた事がないし、シリンダーギャップって言葉知ってるの? それに対処しなければ、命中精度が確保される訳ないじゃないか!」
2006年11月10日
「墓石村事件」 14
TVドラマなどで良く言う硝煙反応とは、このシリンダーギャップの関係上、射手が発射薬の燃え粕を被る為に表れる物だ。
「じゃ、じゃあ、先込め式のピストルっちゃ!」
「先込め式だぁ?ありゃ、そこの肥後銃もそうだが、先ッぽから玉ぁ突っ込む関係上、スムースボアで狙撃にゃ向かねぇよ。それに丸いボールじゃなきゃあな」
と、しゃがれ声でマスターが教えてくれた。実際問題、ライフリングマークが残っていたんだから、少なくともライフルのある銃の筈だ。
「じゃあ、じゃあ、」
苦し紛れにお杉は鋭い意見をいった。
「口径が実は間違いで、実は変なワイルドキャットカードリッジだったんだっチャ!確か、工場生産品の鉄砲玉じゃないっていう話だったっチャろう?」
なるほど、これはあり得ると僕は思った。308win弾の弾頭を使った自作のカードリッジで、ボトルネックでも無いケースをくっつければ何とかいけるかも知れない。スライドを交代させたままのピストルの薬室に、直接一発突っ込んで、スライドを前進させれば、それで準備はOKだ。
「そうだ、それだよ、お杉。30ルガー弾や32ACP弾の弾丸径は、308win弾とほとんど同じだからそれらのケースを使えば!うん、いけるよ、これは!」
僕はそう言ったんだ。だけど僕達二人の話を聞いて、広瀬さんは怒り出してしまった。
「君達二人とも、何を言っているんです! 私は工夫をすれば良いと言ったでしょう。狙撃に使われる銃はボルトアクションが一般的だという話もしましたね。口径も308ウインチェスター弾に準じるサイズだったと、はっきり言いました。これはブレットの発射速度や燃焼痕によるプレッシャーを割り出した後、ストラップがはっきりと認めています。間違いの無い事実です。30ルガーや32ACPといったアミネーションの弾丸重量は、ずっと軽い物だという事も忘れてはいけません。その手の口径で使用されるプロペラントの量で狙撃は不可能です」
確かに犯人は、使用した銃の口径を偽装する必要というのは、今回の事件に関してはあまり無いのだから、この口径が必要だったから使ったって考える方が自然だろう。第一、そんなトリックを使えば、当然の事ながらピストルによる狙撃なんて物は到底出来ないのであるから、本末転倒している。
「常識的に考えて下さい。普通に考えれば、ボルトアクション方式のハンドガンを使ったという事になるでしょうに。子供騙しの推理小説ではないのですから、奇抜なアイデアを無理に出す必要はないのですよ」
僕は自分の浅はかな知恵を、恥ずかしく思った。
「しかし君達の考えたとおり、アモのサイズの関係上、一発しか装弾はできぬでしょう。おそらくはチェンバーに直接、という事になると思います」
「しかし広瀬さん。ボルトアクションのピストルなんかあるんですか?」
僕はそんな馬鹿げた代物、聞いた事がなかった。
「ええ、私も当時そう思いました。しかしストラップによると、少数ながらある様ですね。又、そういう風に改造したものも少なからずある様です。主にシルエットシューティング等の、競技用のハンドガンですね」
「ユキ知ってるっチャ。ドミネーターがそうっチャ」
「良く知っていましたね、杉村君。パックマイヤー社のドミネーターは、コルトの45ACPを、十四インチバレルのボルトアクションハンドガンにする、コンバージョンキットですね。ストラップに聞いたんですか?」
「そうっチャよ」
僕はそんなの知らなかった。コルト・ガバメントが、まさかボルトアクションのピストルになるなんて!
「まあ、アメリカのウイチタ社やレミントン社、ドイツのアンシュッツ社等が、ボルトアクションハンドガンを作っています。これらが犯行に使われた可能性もありますし、もっと別の物かも知れません。しかし我々は、凶器がハンドガンだとはまったく、考えていませんでした。ショルダーウエポンのサイズばかりを捜していたのです。隠そうと思えば、これまた何処にでも隠せてしまいます。そう、車の助手席の中にもです。照準精度を上げる為に、スコープや折り畳み式のメタルストックを使ったとしても、やはり大きなスペースは必要としませんね」
僕には衝撃的な答だった。
2006年11月25日
「墓石村事件」 15
「もっともストラップは、ドミネーターが犯行に使われた可能性も考えていた様ですが、ボルトアクションとすら言いませんでした。彼が見たのは写真ですし、彼としては絶対で無い限り、他の可能性も考えるべきだと考えていましたからね」
「例えば、どんなの考えてたッちゃか?」
それは僕も聞きたいと思った。
「元折れ式のハンドガンですとか、他のマニュアルによる作動方式の銃を、対照に入れていたのだという話を、私は後に彼から聞きました。又、銃身長の極端に短いカービンなども考えていた様です。まあ、それは良いとして、これで警察の仕事としては、後はハンドガンを入手できる環境にいた者を捜す事が、最も重要な課題となりました」
「わかったっチャ!犯人は、電気工っチャ!」
僕もそう思った。
「ええ、その可能性は高いでしょう。というのも、彼の運転免許証は後に、偽造であった事がわかりますし、彼の名乗っていた姓名と本籍は、新宿でホームレス生活をしている人物のものだという事も、後に判明しました。彼の車、ベージュ色のトヨタカローラの助手席には、おそらく隠しポケットがついており、そこにハンドガンを隠したのでしょう。彼に電気配線の知識があった為、私はまんまと騙されてしまったという訳ですね」
「つまり、逃げられたんですね」
「ええ、逃げられました。これが墓石村事件の全て、という風になっています」
「これで終わりですか?」
「これで終わりです。私とストラップは、駐在さんに写真をとってもらい、大学へと一緒に帰りました」
「しかし広瀬さん。一つ疑問があるんですが」
と、僕は聞いてみる事にした。
「一体何ですか?」
「ええ、疑問というのは、あの写真の事なんですが」
「ああ、ストラップの」
広瀬さんには僕の質問意図が伝わった様だった。
「ええ。ストラップさんの右手首には、何故包帯が巻かれていたんでしょうか。今の話に、ストラップさんが怪我をする様な話はありませんでしたよ」
「ああ、それなら簡単っチャ!」
僕の質問に、お杉が答えた。
「汽車か電車かから降りる時、ケガしたっチャ。あの人、右手でしか受け身がとれないから、右手か右手首がダメになったんだっチャよ」
そうなのだ。ストラップさんは極端な右利きで、左手や左目を使う事が、大の苦手なんだ。だけどそのお杉の推理は、まったくの間違いだった。
「いえ、違います。確かに彼は、受け身は右でとったでしょう。がしかし、彼は飛び下りる時は慎重だった様です。彼の為に言っておきますと、彼はそれほど間抜けではありません。あれは火傷なんですよ」
「火傷ですか?」
「ええ。墓石村の寄合い所でお茶を飲んでいる時、薬缶は彼の右手では取れない位置にありました。それで彼は仕方なく、左手を伸して取って、そのまま右手で持った急須に湯を注ごうとしたのです」
そこから先は聞かないでもわかった。ストラップさんは左手を使うのは苦手なのだ。
「ストラップさん、右手首にお湯を掛けちゃったんですか!」
「ええ、そうですよ」
僕に反応に広瀬さんは笑って、そう答えた。
「アイツらしい、マヌケなエピソードじゃねえか」
と、マスターがしゃがれ声でゆっくりと言った。本当にそうだ。そうだと思う。今後は、電車からの飛び下りに失敗した事にして話した方が、断然良いって僕は思った。
「まあ、事件の筋とは何の関係もない話でしたから、語りませんでした」
なるほど。確かに事件と関係のない情報っていうのは、あまり語らぬ方が頭がスッキリするね。
2006年12月18日
「墓石村事件」 16
「これで終わりですか?」
「これで終わりです。私とストラップは、一緒にファミリアで帰りました」
でも、何だか続きがありそうな感じだった。
「でも本当は、続きがあるんでしょう?」
僕は一応聞いてみる。
「私はあると思っています。がしかし、一般的にはない、という事になっていますね」
どういう事だろうか。
「最初にちょっと話題にでた連続殺人、憶えていますか。そう、福岡や岡山、大阪なんかでおこった連続殺人事件です。被害者全員が親戚だったという事は、知っていますね?」
「ええ、知っていました。当時話題になった事件でしたからね。僕は確か高校一年です」
「ユキは二年生だったっチャ」
「確かあれも、未解決事件でしたね」
「そうです。この事件は我が県以外の都道府県警察が、無能だという良い証拠と言えるでしょう。あれが今後解決すると言う事も、恐らく無いと思います。私は倉井という男が、どんな非道な事をしたかを聞いていますから、担当の事件にでもならない限り、事件解決を強くは望みはしません。恐らくは墓石村の住民達は、まったく望んでいないでしょう。駐在さんだけは、警察官と言う立場がありますから、そうは言わないでしょうが。今考えてみればあの映画祭自体が、この事件を起こす為に開催されたのではないかとすら、私には感じられてしまいます」
どういう意味なんだろうか。話に脈絡がない様に、僕には感じれれた。
「あの事件を裁くという事は、あの村の村民をも裁く事にも通じます。村に平和と平穏をもたらす為に、彼等は多分、仕方なくアサツネイターを雇いました。私は、その気持ちが何となく理解できるのです。そうであるならば、せめて、自分の管轄以外で起った証拠の無いケースには関わりたくは無い、そう思うのですよ。無論、熊本県内での事件ならば感情を排し、法に照らして厳しく捜査をしなければなりません。しかしその義務がない時ぐらいはそう、私は自分の気持ちに素直な判断をしたいのです」
確かに証拠と言える物が無いのだろう。
「話を戻しましょう。では、あの事件の被害者の苗字は憶えていますか?まあ一世帯だけ、山田という名前になっていましたね。そこは世帯主が助かりましたけど、その他の家族です。」
「ユキ知らーん」
「僕も憶えていません。何だか珍しい名前だった様な覚えはあるんですけど」
その時マスターが一言言った。
「幕炉だったぜ。そうだろ、兄ちゃん」
「ええ、そうでした」
広瀬さんはにっこりと笑って、そう言った。
「おそらくは、倉井と幕炉兄弟に恨みを持つ誰かが、殺し屋を雇ったのでしょうね。そして彼はその一族を根絶やしにして回ったのです。後に被害者、倉井育馬の一人息子も、北九州で通り魔に刺され、殺されています。この事件もご存知の通り未解決事件です」
何かに気付いたらしく、
「お前さんが、ねえ。相手はオレでも知ってる、超有名人じゃねえかい」
とマスターが言うと、
「まあ、私の完敗だった訳ですが」
と広瀬さんは恥ずかしそうに笑った。超有名人? 一体誰なんだろうって僕は思った。
「何言ってんだ。海千山千の相手に、経験の浅え学生が勝とうっていうのが、そもそも間違いだわ。話を聞いた限り、あんた良くやったよ」
とマスターが褒めると広瀬さんは、
「いえ、しかしストラップがもう少し早く来ていれば、事件は無事解決していたかも知れませんからね。解決に導けなかったという、悔しい気持ちはやはりあります」
と言った。それから、
「それからもう一つ」
と、広瀬さんはみんなを見回した。
「国際的暗殺者、アサツネ・イダ。平成十一年に我が県で開催された国民体育大会での事件。あの狙撃事件の被疑者です。彼は地裁が発行したばかりの札を見せた私に対してそっと、こう言いました。「ロングタイムノースィー。俺の顔は、忘れたかい?」と」
なるほど、そうだったのだ。
「「あんた、技術者かなんかになるんだと思ってたよ。アノ事件が切っ掛けならば、悪い事をしたな」と彼は続けて私に言いました。その時私は彼の顔を、印象は随分違うものの、知っていたという事を思い出しました」
その先はもう、聞かないでもわかった。
「そう、彼は例の電気工でした」
了