2006年08月13日
「渾名の真相」 1-1
バー「アルケブス」。
そこはストラップさん行きつけの店で、福岡県の南端にこっそりと位置する。[THE BAR Harquebus]って看板はまるで目立たず、その存在理由は、禁煙席の灰皿ぐらい意味は無い。
狭い店内にはカウンター席しかなく、そのL字のカウンターには、椅子がたったの九つしかない。つまりこの店は、マスターを入れて全部で十人。それで満員と成ってしまうんだ。この日、店の椅子はいつもの様に、全部で六脚空いていた。つまり僕らの貸し切り状態だったって訳。店の客は、僕と、先輩の広瀬さん、そして、僕の同期で同僚の、お杉こと、杉村雪男だけだったんだ。
カウンターの下に配置された、青いフィルムを巻かれた蛍光灯が、この店の主光源で薄暗い。僕はこの日、マスターがどんな服を着ているのかさえ、良くわかんなかったくらいだ。赤っぽいハワイアンシャツだった様な気がする。真実かどうかはわからない。暗々とした中の淡い間接照明が、独特の雰囲気を醸し出している店だ。
入ったら直ぐに見える奥の壁には、蠍マークのステアリングホイールや、描かれた地図が十七度線で南北に別れるライターなんかが、少しだけ展示されている。マスターの後ろの壁には小さなバーミラーが置いてあり、客席側の壁には、店の名前の由来ともなった肥後製のローディングマズル、つまりマッチロックのマスケットが一挺飾ってあった。だけどそれのエングローブもどんな物なのか、僕は未だ一度も見た事は無い。
広瀬さんの話が一段落したので、僕はマスターにラム&コーラを注文する。お杉はカットした、スターフルーツとマンゴーフルーツの盛り合わせを頼んだ。マスターは先に、バカルディとコーラを混ぜ合わせたトールグラスを、
「何度も言うがなぁ、うちは本来、こんな気取った飲み物出す、小洒落た店じゃねぇんだぞ」
と言いながら、僕に渡して呉た。これは玖瑪独立の際、米兵がコーラを持ち込んだ事で生まれた飲み物で、世間の人がキューバ・リバーって呼ぶ飲み物だ。ある程度のアルコールと、コーラの薄められた炭酸が喉に気持ちが好い、この世の物とは思えぬくらい美味しい飲み物だ。晴れ渡った夏の暑い陽射しの日。そんな日にお船の甲板上で、有明海のさわやかな潮風を浴びてるみたいに、清々しい気持ちになる。その爽快感は、何とも言えないものだ。キューバ・リバーはメキシコーラと並んで、人類が産み出した最高の発明品だと言っても、言い過ぎじゃないだろう。そう、僕は思う。
お杉はフルーツの盛り合わせを貰った後、早速スターフルーツを摘みながら、
「ユキもお代わりっチャ。ユキはなんかミカン味のが欲しいっチャよ」
と、正しい発音の筑紫弁で言った。そして、ストリチナヤの手前にある、スミノフとウィボロワの間の透明な壜を指し、
「あ、その瓶のと混ぜてほしいっチャ」
と注文する。それでマスターは上内蜜柑のジュースと、そのフィンラディアを混ぜ合わせて、お杉に渡したんだ。それは油田の工員が、ネジ回しでかき混ぜて飲んだっていう、そんな逸話で有名な飲み物だ。
「どうしてフィンラディアが良いの?」
と、僕が聞くとお杉は黒いラベルを指差して、
「つがいの鹿の絵と、日の丸が気に入ったっチャ」
と言い、続けて
「やっぱり国産が良いチャよう」
と謂った。しっかりとラベルにフィンランド産だと書いてあるし、太陽の下にいるのは鹿ではなくって、二疋のトナカイであったにも拘わらず。
「広瀬さーん。ユキはもっと、もっともっと別の事件の話も聞きたいっチャ」
お杉はフルーツでベトベトになった手で飲みながら、そう広瀬さんにねだった。というのも、広瀬さんはKITという私立工科大学の、計算機科学科に学籍を置いていた当時、各地で事件に沢山巻き込まれていたからなんだ。広瀬さんはそれに対し、うーんと考えた後、
「それでは亦一つ、問題を出しましょう」
と、応えた。
「今日も亦、脳漿の飛び散る話題じゃ、ねえだろうな」
と、グレン・グールドの上に針を乗せながらマスターが問うと、
「殺人事件は絡みますが、まあ、それ程食事に差し障る話でもありません」
と、広瀬さんは答えた。僕らはこの店で良く、広瀬さんが学生時代に体験した事件の話をしていたんで、マスターはこう言ったんだ。それで、折角スピーカーを震わせ始めた、回転数を疑う様な奏鳴曲、ベートーベンの「熱情」は、出だしを鳴らしただけで演奏を中止させられた。世間でグールドは、バッハのスペシャリストだと思われているけれども、ベートーベンもなかなかに好い。
「答は簡単ですから、あまり難しくは考えないで下さいね」
これはウソだったけど、僕らは今迄、驚くべき難事件の物語を沢山聞いていたので、すっかり期待していた。実際、事件自体は大した事はないんだけど、その結末は、莫迦々々しい程に単純かつ、人間の思考の盲点をついたものだったんだ。さて、今回はこれを問題にしよう。しっかり読んでほしい。
2006年08月14日
「渾名の真相」 1-2
場を静寂が支配したのを確認し、広瀬さんが語り始めた。
「これは先日お話しました、墓石村での事件の一月程後、地獄島事件の四ヶ月前、昭和六一年五月の出来事です。私は六月の学祭の準備の為、ストラップを捜していました。彼はゴールデンウイーク中、写真部の仲間と、岩国の基地祭の観光に往っていまして、作業が大幅に遅れていた為です。亦、私の指導教官である宮田先生は、五月の下旬から六月いっぱい迄、墨西哥旅行の計画でしたので、その準備で忙しかった様で、相談が出来ませんでした」
「ミアータ先生はどうしてメキシコなんかに?」
僕はこう質問をしたが、質問をされた事が意外だったらしく、広瀬さんは驚いた顔をし、
「君は「神の手ゴール」を知らないのですか?」
と言ったので、僕は思い出し、ナットクした。そう、このミアータ先生。静岡県藤枝市出身の、サッカーマニアだ。「神の手ゴール」のわずか三分後には、「五人抜きゴール」って偉業も達成されている。
ストラップさんとは、広瀬さんの大学の一年後輩で、いつも瑞西ベルジョン社製の傷見を持ち歩いている人だ。無論この名は通り名だが、誰も言わぬので、僕はこの人の本名を知らない。ストラップさんは、「形態は機能に従う」だとか、「推理、推測、推量の類いは不可なり」だとかっていう考え方をする理屈っぽい人で、「珊と糎の違い」なんかについてやたらと委しい。この人は学生の時分から、弾薬や銃声、銃創については人に過ぎた知識を持っており、広瀬さんの推理をその分野から何度も補佐している。鉛の性質等から銃弾のメーカーやロットナンバーを発見したり、弾丸に残された燃焼痕から、プロペラントの形状や調合比を割り出す事が出来る能れた人だ。空薬莢の廃莢痕とプライマーの撃針痕から、使用された銃器を特定した事もある。
「出し物に関する諸問題を解決する為に私は、彼を捜す必要がありました」
「それで、学祭の出し物は何だったんですか?」
「それは音源評定のコンピューター解析でした。音源評定と言うのは、数カ所のマイクの拾う音の時間的差から、音の発生場所を見つける事です」
「フィールド・アーティラリーとか特科連隊の、情報中隊とかがやってるやつっチャね」
「そうですね。私達の出し物はもっと規模の小さい物で、学内で学長をはじめとする要人暗殺を目的とした狙撃事件が発生した際、これによって狙撃地点を発見しようとするものでした」
音源評定ってのの原理は、広瀬さんの説明じゃ良くわからなかったけど、僕はそれを聞き流す事にした。何でって、聞いても多分良くわかんないだろうから。
「どうしてストラップっチが必要だったっチャか?」
「細部を煮詰める為には、どうしても彼の専門知識が必要だったのです。どこにマイクを設置するか、それが校舎を回り込んでくる音を捕らえた時どう処理するか、銃弾の発射音だけに反応するには、どういう音に反応すれば良いか。こういった問題を解決する為に私は、彼を捜す必要がありました」
「あいつを捜しまわったんじゃ、そりゃあ苦労したろう。白髪がねぇのが、不思議な呉ぇだ。マイレージは、随分と貯まったろう」
マスターは低くかすれた声で、ゆっくりとそう言った。それに対し広瀬さんは、
「マイルストーンならば、足がすり減るくらい、数えましたよ。ええ、彼には随分と参らされました。でも何度も、そう何度も助けられましたし、お陰で面白い事件に、幾度も幾度も出逢う事が出来たのです。今回お話する問題も、そうして出逢ったのですから」
と、答えた。
「話を戻しましょう。彼はその日、苦手な科学技術独逸語の講議をサボタージュした様でした。ですから私は、石橋公園に行ってみたのです。何故ならば彼は、講議を休んだ日には頻繁に、そこで何がしらかの事柄について、思索に耽っていましたから。我々はそんな彼の行動を、自主休講と呼んでいました」
「あの写真の車で捜しまわったんですか?」
あの写真、広瀬さんのデスクの上に飾ってあるキャビネサイズの写真はモノクロームで、峠から山をバックに写されていた。広瀬さんと、カジュアルシャツの襟を立てたストラップさん。そしてその後ろに広瀬さんの愛車、特徴的な丸い四つのテールランプを持つセダンが、斜後ろ向きに写っている。この車のナンバープレートは、広瀬さんの出身地と区分を表す「広島5」の文字で始まっていた。広瀬さんの手は、革製のハーフフィンガーグローブに包まれているから、その運転の特性が類推できる。車は白っぽい色が塗られており、そして多分赤色の、レーシングストライプが二本引かれていてかっこいい。後部には大型の牽引フックが取り付けてあるし、マフラーも換えてあるみたいだった。リアダックスポイラーは可愛らしい。ボンネットは、ラバーボンネットストラップで開かない様にしてある様だし、元々のフェンダーミラーは無くして、エンゲルマン社の小さなセブリングをサイドミラーにしていた。ビス止めのオーバーフェンダーが、やっぱり時代を感じさせる。広瀬さんはレザージャケットを着ているし、ストラップさんは灰色か水色の、二つボタンジャケットを着ていたから、多分夏じゃないだろうと推理している。多分春か秋だろう。何故ならば、冬にしては二人とも軽装に見えたからだ。夏でも無いのに、屋外で軍用フィールドパーカーやトレンチコートを着ていないストラップさんも珍しい。二人のジャケットの左の襟には、KITの科別章が誇らし気に刺されていた。
「ええ、ファミリアです。あの写真でご存知の通り、私のファミリアロータリーは当時、常時スポーツ走行仕様の設定でした。タイヤや、エンジンオイル、ブレーキ関係、助手席などを除きましてね。ですから随分と苦労して、市街地は乗ったものです」
苦労したって言うのはきっと、低速でのトルクが細い上に、ガスが濃くって被り易かったのだろう。
「で、公園にいたっチャか?」
「いえ。池の周りにも、図書館にも、彼はいませんでした。美術館、日本庭園、展示家屋と捜しましたが、彼は何処にも見当たりませんでしたね」
「いなかったっチャかあ」
「ええ。しかし私はそこから近い、K大学第2キャンパスの、学食を当ってみようと考えました。何故ならば昼時でしたから、彼がどこかで食事をしているのでは、と、考えたからです。彼は今でもそうですが、当時はもっと金銭的に余裕の無い生活をしていました。ですから、学食の開いている時間帯ならば、かなりの確率で彼はそこにいると、そう私は考えたのです」
2006年08月15日
「渾名の真相」 1-3
「で、そこにいたっチャね?」
「ええ。千本杉でやっと、ストラップを見つける事が出来ました。彼がいたのは、K大学第2キャンパスの体育館一階にあるカフェテリアです。そこで彼は数人の女学生と、カツ丼を食べながら議論を交していました」
「又、カツ丼ですか?」
僕が質問すると、
「いえ。当時からカツ丼なのです。週に二三度はそうでした。その前はチキン丼を好きでしたね」
と、広瀬さんが答えた。ストラップさんはカツ丼とハンバーグが大好きで、特にカツ丼は、一味唐辛子を真っ赤になるまで振り掛けて食べる。恐らく、週に一度はカツ丼を食べているだろう。ストラップさんが言うには、カツ丼の歯応えは好きだが、味は嫌いなので、味を誤魔化す為に一味唐辛子を山程振り掛けているのだそうだ。七味だと、又別の味になって嫌なんだって。ちなみにチキン丼というのは親子丼の事では無く、チキンカツを使ったカツ丼の事らしい。こちらは一味唐辛子よりも、コショウを掛けて食べた方が旨いと、ストラップさんに先日教わった。
「で、ストラップっチは何で、ギャル達とお話してたっちゃか?」
「ええ。女学生達は、呪いについて議論していた様なのですよ。それがたまたまストラップに聞こえて了ったのです。彼は工学部に籍を置く、工学学究の徒でしたから当然、科学の信奉者でした。故に、呪いですとか、奇蹟といった、荒唐無稽な物は当然信じていません。が、しかし。それらも科学的に、存在しないという証明がなされた訳でも無いのです。ですから、存在しないという事や、存在するという事の決定的な証拠となる様な話が仮に在りましたら、喜んで彼は聴こうとするでしょう。女学生達は、証拠という単語を数回発した様なんですね。呪われている証拠だと。科学の分野で最も重要視されるのはやはり、物証です。彼は科学のランタンの届かぬ処にも、必ずその灯火が注し、闇を払うと信じています。それで図々しくもストラップは、女学生の輪に入っていったのです」
「ストラップさんって、人に話し掛けるのは苦手だと思ってました」
と僕が言うと、
「彼には、苦手だとか得意だとかって意識はまるでありませんよ。下心が無い分、どちらかと言えば得意な方です。しかし、相手とコミュニケーションをとるという事にかけては、苦手と言えるでしょうね」
という風に、広瀬さんは返した。
「で、それよりも呪いってのは、一体なんだっチャ?ユキ、ドキドキするっチャよ」
お杉はフルーツを食べて了っていたので、早く呪いの話を進めて欲しそうだった。
「お空と地面との間には、例の哲理なんかじゃ想像も付かない、妙な出来事が起こるもんだっチャ」
「一般的な意味で使う呪いなんて物は、この世に存在はしませんよ、杉村君。呪いではなく、ちゃんと説明のつく現象だったのです。それでストラップは何とでも理由がつくと、私が見つけた時には、そう主張していました」
「結局はどうなったんです?」
「ストラップの概念的な説明を理解できなかった彼女達も、私の具体的な説明を聞いて納得をして呉ました」
「呪いは存在しないと、そう納まったんですね?一体どんな事柄だったんです?速く話して下さいよ」
「速く、速くっチャ!」
僕達二人は何だか待切れなくなったんだ。
「そうですね。もうそろそろお話し致しましょう」
「はいどうぞ」
僕は待切れず、ついこう謂って了った。
「この話の数カ月前、K大学第2キャンパスでは、殺人事件が発生していました。尤もこの事件は、後に加害者が正当防衛を主張しますが認められず、確か過失致死か何かになった事件だったと記憶していますが、定かでは在りません。当時は委しく新聞を読む習慣など、私には未だ無かったですし、興味のある事柄でもありませんでしたから。わからない事はわからないまま進めますと、被害者は世界経済を担当していた、大学講師でした」
「その人は、どういう人だったのですか?」
一応聞いてみる。
「正直に言うと、これも良くは知りません。私が憶えているのは、四十代半ばの独身男性で、学生達からは以前から「貯金箱」という渾名で呼ばれていたという事だけです。何故「貯金箱」という渾名だったのかは、彼女達は誰も知りませんでしたし、学内で聞き込みも試みましたが、知っている学生には一人も遭いませんでした」
「彼女達というのは、学食でストラップさんと話してた娘さん達ですね?」
「ええ、そうです。彼に関する噂は、学生に手を出すと言った程度のものだけでした。他に噂はありません」
「その一つだけ聞いた噂についてお尋ねします。それは学生と、必要以上に親密になるという意味ですか?」
「少々ニュアンスは違いますが、言いたい事はわかります。その通りの噂です。彼は噂では、成績と引替えに、学生とベットをともにする事が得意で趣味だった様ですね。私の調査では、この噂は広く知れ渡っている様でした。無論、真実か否かは、今だに私にはわかりません」
「何故、その「貯金箱」さんは殺されたんだっチャ?」
「それは、加害者である学生に、猥褻な行為を試みた際、抵抗されてという事でした。これも、本当か嘘かはわかりません。後ろを向いた相手に対し、強打していますし、状況から判断すれば、恐らく虚言でしょう。福岡地検では、痴情の縺れとして処理した様です。事件現場は、その「貯金箱」の個室であったという話ですね」
事実はわからないのだろう。
「どういう殺され方だったのですか?」
「事実だけを述べると、後頭部にコンピュータの、ハンドスキャナー入力装置の角を、叩きつけられていました」
2006年08月16日
「渾名の真相」 1-4
「スキャナーのコードは、短く無かったっチャか?」
「普段は使わぬ為、取り外しておいたのでしょう。話を戻しますと、「貯金箱」の出血は多量で、加害者も亦、血塗れだったそうです。立ち位置は、加害者が机の方向、部屋の奥側で、「貯金箱」が部屋の入口側でした。「貯金箱」は机上の物品を取り上げられて、後頭部を打擲されているのですから、加害者とは、気を許す関係であった事は間違いありません」
「えっ、それを誰かが見たのですか?」
僕は思わず質問して了った。
「後にかなり多数の学生や、大学職員が目撃しています。「貯金箱」は頭を入口側に向け、うつ伏せに倒れていました。目撃者の中には、通りすがりだった彼女達も含まれました。ええ、彼女達というのはつまり、学食でストラップと話していた女子学生達です」
「で、ドコが呪いの話なんだっチャか?」
僕もそう思った。
「「貯金箱」の死体を見た彼女達は、後に驚愕します。というのも、「貯金箱」は大量の出血をしていたのですが、後頭部に傷口はまるで視え無かったですし、出血は首の後ろ当たりからしていた様に、彼女達には視えたのです。しかし福岡県警の発表では、後頭部への殴打が死因となっていました。彼女達はその発表を知った時に、「貯金箱」は呪われていると感じたそうです。後頭部を割られていたにも関わらず、頚部から出血している様に感じられましたから」
「死体を見て、気が動転していた時の判断でしょう?信頼性は薄いのじゃないでしょうか?」
と、僕は謂ってみた。
「いえ、確かにそういう判断が本来正しいのですが、そうでは無かったのです。彼女達の証言は的確でした。複数の人間にそう見えたという事に、学生時代の私は信頼できる情報だという判断をしました。しかし彼女達が、所轄の警察署に、後頭部に傷口はまるで視えなかったと証言しに行っても、あしらわれるだけでした。当然捜査情報も教えてはもらえません」
それはそうだろう。
「尤も、所轄署もガセネタだったから追い返した訳では無かったのです。彼女達の証言がそれほど重要では無いと判断した為だと思います。その後、彼女達は皆、体調不良に襲われます。だんだんと食欲が無くなるにつれて、恐ろしくなったのですね。時には吐き気を催す事もありましたし、生理不順の娘もいたそうです。彼女達はこれを「貯金箱」の呪いだと思い込み、死体を見た自分達は、呪われているのではないだろうかと考えて了いました。あの位の歳の女の子というのは、本当に可愛らしいですね。どうしたらそんなものが信じられるのでしょうか?彼女達はただの寝不足であったのに」
つまり、こういう事だろう。自分達は「貯金箱」さんの呪いで、体調がおかしくなったんじゃないかとか、思ったんだろうか。彼女達は、その事件が頭に貼り付いて、ぐっすりと眠れなくなったんだろう。つまりこの事件が気になり過ぎて、夜も眠れなくなったんだね。これは当然呪いなんかじゃない。唯の考え過ぎ。事件はさっと忘れて寝れば、解決するだけの問題だ。
「彼女達は、夜眠れないのは「貯金箱」の呪いだと考えていました。その呪いの証拠に、後頭部の傷を視せなかったのだとも」
「何だか笑えますね。そんな事が呪いの証拠だなんて」
と、僕が謂うと、
「そこが娘さん達のわからないところだよ、お若いの」
と、マスターが言った。それに広瀬さんは、
「ははは、そうですね」
と賛同した後にこう謂った。
「「貯金箱」の傷口が視えずに、出血場所がズレていたという現象は、簡単に説明できる問題です。ではさてどうして、福岡県警には観えたのに、彼女達には後頭部の傷が視えなかったのでしょうか」
どうしてなんだろうか。考えてみて欲しい。