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2006年11月08日
「墓石村事件」 13
「ライフリングマークの削れ方から見るに、バレルのマテリアルは、クローム・モリブデン鋼四一四〇という事でした」
「クロモリですか。まあ、銃身用のマテリアルとしては、一般的ですね。続けて下さい」
「又、ブレットの底に残った燃焼痕からプロペラントの基剤は、ニトログリセリンやニトログアニジンを加えてはいない、ニトロセルロース一種の、フレーク状で、この手のアミネーションにしては燃焼速度がやや速い物が使われているという話でした」
現在の銃火器で使われる火薬は、黒色火薬じゃ無くって、スモークレス・パウダーと呼ばれる物が使われている事は、ご存知だと思う。その中でもニトロセルロース、つまり硝酸線維素一種を主剤とした物を、シングルベース・パウダーと呼ぶんだ。これは一般的には、単基剤無煙火薬と呼ばれるもので、三硝酸グリセリンと硝酸線維素を主剤とした複基剤無煙火薬などと較べると、燃焼温度が比較的低温で、銃身に負担が少なくて済むんだ。又、急激な温度変化にも強くって、それによって薬性が変わる事も少ない。だけど、製造が大変だから、普通はダブルベース・パウダーと呼ばれる、複基剤無煙火薬の方が一般的なんだ。まあ、この事実だけを取っても、この殺人が素人仕事だとはちょっと考え難い。
「又、マズルフラッシュを抑える為に、減装弾を使っているとも言いました」
なるほど、それで誰も、銃口発射炎に気が付けなかったんだね。リコイルレデューサーの様な器具が、取り付けられていた訳じゃ無かったんだ。だだ火薬が少なめなだけ、だったとはね。
「そして、」
広瀬さんはここでもう一度、ショットグラスのアーリー・タイムスを煽った。そして、
「そしてこれがハンドガンによる犯行である可能性もあると、そう彼は発言しました」
と言った。それに対し僕は、
「又ですか? あの人はそうやって、可能性、可能性って、直ぐに捜査を混乱させますね。正直迷惑な時もありますよ。あの人の言う「消去の為の仮説演繹法」だとかは、ハッキリ言ってどうでも良い事だと考えます。蓋然的仮説のみを喋ってほしいですね」
と顔を顰めたんだけど、僕のその言葉を聞いた後に広瀬さんは、
「いえ、私も彼の説明を聞き、ハンドガンによる犯行の可能性は極めて高いと、そう感じました」
と、衝撃的発言をしたんだ。
「ええ? ピストルですか? だってさっき、広瀬さんはピストルじゃないって言ったじゃないですか。あの推理は間違いだったんですか?そんな、そんなあり得ない! あり得ませんよ! あの推理は完璧でした。どっこにも見落としなんか、ありはしませんよ!」
と、僕は興奮してしまった。
「いえ、完璧ではなく、見落としがありました。私の認識不足だったのです。それは、卵を産む動物を見てほ乳類では無いと断定する様な、そういう愚かさでした」
一体どんな見落としが、あったっていうんだろうか。
「彼が言うには、この程度の距離からの射撃ならば、命中精度をあげる工夫さえあれば、バレルの長さが十インチもあれば十分なのだそうです。そして今回は恐らく、十四インチのバレルが犯行に使われていました。というのも、銃弾はおそらくバレル内で一回転程度しかしておらず、しかもライフリングピッチ、つまりライフリングツイストが1-14、約三百五十八ミリだったのです。当時の私は命中精度に関して、バレルの長さばかりに気を取られていましたが、命中精度を上げる為には、もっと別の項目にも気を使わなければいけなかったのですね。ストラップは凶器がハンドガンであるならば、加速させる為にガスを有効に使っている事と、そうする為に、シールの仕方に工夫があるだろうと言いました。凶器は小銃か、小銃以外のライフリングのある銃である。しかし小銃がない。故に凶器は、小銃以外のライフリングのある銃である。初歩的な論理学の問題だったのですよ。私は犯行に使われた凶器がハンドガンであることに確信をしました」
とはいえ、十四インチサイズのバレルっていう、そんなピストル自体は骨董無形だ。銃身長が、三百六十ミリメートルもあるピストルなんか、僕は見た事もなければ聞いた事もなく、無論、考えた事もない。さっき例に出したコルト・ガバメントが五インチ、競技に使うピストルでさえ、八インチや十インチなんだ。とんでもない化け物ピストルだって事がわかると思う。予断は禁物っていったって、こんなもんを一々考えていられる筈が無い。とんでもなく常識はずれだ。こんな物、思い付く人間の方が頭がどうかしてるって、そう僕は思う。だけどお杉は、
「なる程っチャー」
と言い、L&Mをくわえた。
「なる程じゃないよ、お杉。カードリッジのキャリバー、憶えてんの!308win弾なんだよ? 七センチメートルも全長があるんだよ。どうやってピストルで撃つの? リボルバーかい? こんな長い弾入れるリボルバーなんて聞いた事がないし、シリンダーギャップって言葉知ってるの? それに対処しなければ、命中精度が確保される訳ないじゃないか!」
2006年11月10日
「墓石村事件」 14
TVドラマなどで良く言う硝煙反応とは、このシリンダーギャップの関係上、射手が発射薬の燃え粕を被る為に表れる物だ。
「じゃ、じゃあ、先込め式のピストルっちゃ!」
「先込め式だぁ?ありゃ、そこの肥後銃もそうだが、先ッぽから玉ぁ突っ込む関係上、スムースボアで狙撃にゃ向かねぇよ。それに丸いボールじゃなきゃあな」
と、しゃがれ声でマスターが教えてくれた。実際問題、ライフリングマークが残っていたんだから、少なくともライフルのある銃の筈だ。
「じゃあ、じゃあ、」
苦し紛れにお杉は鋭い意見をいった。
「口径が実は間違いで、実は変なワイルドキャットカードリッジだったんだっチャ!確か、工場生産品の鉄砲玉じゃないっていう話だったっチャろう?」
なるほど、これはあり得ると僕は思った。308win弾の弾頭を使った自作のカードリッジで、ボトルネックでも無いケースをくっつければ何とかいけるかも知れない。スライドを交代させたままのピストルの薬室に、直接一発突っ込んで、スライドを前進させれば、それで準備はOKだ。
「そうだ、それだよ、お杉。30ルガー弾や32ACP弾の弾丸径は、308win弾とほとんど同じだからそれらのケースを使えば!うん、いけるよ、これは!」
僕はそう言ったんだ。だけど僕達二人の話を聞いて、広瀬さんは怒り出してしまった。
「君達二人とも、何を言っているんです! 私は工夫をすれば良いと言ったでしょう。狙撃に使われる銃はボルトアクションが一般的だという話もしましたね。口径も308ウインチェスター弾に準じるサイズだったと、はっきり言いました。これはブレットの発射速度や燃焼痕によるプレッシャーを割り出した後、ストラップがはっきりと認めています。間違いの無い事実です。30ルガーや32ACPといったアミネーションの弾丸重量は、ずっと軽い物だという事も忘れてはいけません。その手の口径で使用されるプロペラントの量で狙撃は不可能です」
確かに犯人は、使用した銃の口径を偽装する必要というのは、今回の事件に関してはあまり無いのだから、この口径が必要だったから使ったって考える方が自然だろう。第一、そんなトリックを使えば、当然の事ながらピストルによる狙撃なんて物は到底出来ないのであるから、本末転倒している。
「常識的に考えて下さい。普通に考えれば、ボルトアクション方式のハンドガンを使ったという事になるでしょうに。子供騙しの推理小説ではないのですから、奇抜なアイデアを無理に出す必要はないのですよ」
僕は自分の浅はかな知恵を、恥ずかしく思った。
「しかし君達の考えたとおり、アモのサイズの関係上、一発しか装弾はできぬでしょう。おそらくはチェンバーに直接、という事になると思います」
「しかし広瀬さん。ボルトアクションのピストルなんかあるんですか?」
僕はそんな馬鹿げた代物、聞いた事がなかった。
「ええ、私も当時そう思いました。しかしストラップによると、少数ながらある様ですね。又、そういう風に改造したものも少なからずある様です。主にシルエットシューティング等の、競技用のハンドガンですね」
「ユキ知ってるっチャ。ドミネーターがそうっチャ」
「良く知っていましたね、杉村君。パックマイヤー社のドミネーターは、コルトの45ACPを、十四インチバレルのボルトアクションハンドガンにする、コンバージョンキットですね。ストラップに聞いたんですか?」
「そうっチャよ」
僕はそんなの知らなかった。コルト・ガバメントが、まさかボルトアクションのピストルになるなんて!
「まあ、アメリカのウイチタ社やレミントン社、ドイツのアンシュッツ社等が、ボルトアクションハンドガンを作っています。これらが犯行に使われた可能性もありますし、もっと別の物かも知れません。しかし我々は、凶器がハンドガンだとはまったく、考えていませんでした。ショルダーウエポンのサイズばかりを捜していたのです。隠そうと思えば、これまた何処にでも隠せてしまいます。そう、車の助手席の中にもです。照準精度を上げる為に、スコープや折り畳み式のメタルストックを使ったとしても、やはり大きなスペースは必要としませんね」
僕には衝撃的な答だった。
2006年11月25日
「墓石村事件」 15
「もっともストラップは、ドミネーターが犯行に使われた可能性も考えていた様ですが、ボルトアクションとすら言いませんでした。彼が見たのは写真ですし、彼としては絶対で無い限り、他の可能性も考えるべきだと考えていましたからね」
「例えば、どんなの考えてたッちゃか?」
それは僕も聞きたいと思った。
「元折れ式のハンドガンですとか、他のマニュアルによる作動方式の銃を、対照に入れていたのだという話を、私は後に彼から聞きました。又、銃身長の極端に短いカービンなども考えていた様です。まあ、それは良いとして、これで警察の仕事としては、後はハンドガンを入手できる環境にいた者を捜す事が、最も重要な課題となりました」
「わかったっチャ!犯人は、電気工っチャ!」
僕もそう思った。
「ええ、その可能性は高いでしょう。というのも、彼の運転免許証は後に、偽造であった事がわかりますし、彼の名乗っていた姓名と本籍は、新宿でホームレス生活をしている人物のものだという事も、後に判明しました。彼の車、ベージュ色のトヨタカローラの助手席には、おそらく隠しポケットがついており、そこにハンドガンを隠したのでしょう。彼に電気配線の知識があった為、私はまんまと騙されてしまったという訳ですね」
「つまり、逃げられたんですね」
「ええ、逃げられました。これが墓石村事件の全て、という風になっています」
「これで終わりですか?」
「これで終わりです。私とストラップは、駐在さんに写真をとってもらい、大学へと一緒に帰りました」
「しかし広瀬さん。一つ疑問があるんですが」
と、僕は聞いてみる事にした。
「一体何ですか?」
「ええ、疑問というのは、あの写真の事なんですが」
「ああ、ストラップの」
広瀬さんには僕の質問意図が伝わった様だった。
「ええ。ストラップさんの右手首には、何故包帯が巻かれていたんでしょうか。今の話に、ストラップさんが怪我をする様な話はありませんでしたよ」
「ああ、それなら簡単っチャ!」
僕の質問に、お杉が答えた。
「汽車か電車かから降りる時、ケガしたっチャ。あの人、右手でしか受け身がとれないから、右手か右手首がダメになったんだっチャよ」
そうなのだ。ストラップさんは極端な右利きで、左手や左目を使う事が、大の苦手なんだ。だけどそのお杉の推理は、まったくの間違いだった。
「いえ、違います。確かに彼は、受け身は右でとったでしょう。がしかし、彼は飛び下りる時は慎重だった様です。彼の為に言っておきますと、彼はそれほど間抜けではありません。あれは火傷なんですよ」
「火傷ですか?」
「ええ。墓石村の寄合い所でお茶を飲んでいる時、薬缶は彼の右手では取れない位置にありました。それで彼は仕方なく、左手を伸して取って、そのまま右手で持った急須に湯を注ごうとしたのです」
そこから先は聞かないでもわかった。ストラップさんは左手を使うのは苦手なのだ。
「ストラップさん、右手首にお湯を掛けちゃったんですか!」
「ええ、そうですよ」
僕に反応に広瀬さんは笑って、そう答えた。
「アイツらしい、マヌケなエピソードじゃねえか」
と、マスターがしゃがれ声でゆっくりと言った。本当にそうだ。そうだと思う。今後は、電車からの飛び下りに失敗した事にして話した方が、断然良いって僕は思った。
「まあ、事件の筋とは何の関係もない話でしたから、語りませんでした」
なるほど。確かに事件と関係のない情報っていうのは、あまり語らぬ方が頭がスッキリするね。