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2006年09月04日
「墓石村事件」 1
バー「アルケブス」。
そこはストラップさん行きつけの店で、福岡県の南端にこっそりと位置する。[THE BAR Harquebus]って看板はまるで目立たずその存在理由は、禁煙席の灰皿ぐらい意味は無いって、そう思う。
狭い店内には、カウンター席しかなく、そのL字のカウンターには、椅子が九つしかない。つまりこの店は、マスターを入れて全部で十人。それで満員と成るんだ。
この日、店の椅子は全部で六脚空いていた。つまり僕らの貸し切り状態だったって訳。カウンターの下に配置された青いフィルムを巻かれた蛍光灯が、この店の主光源で薄暗い。僕はこの日、マスターがどんな服を着ているのかさえ、良くわかんなかったくらいだ。青っぽいハワイアンシャツだった様な気がする。真実かどうかはわからない。
入ったらすぐに見える奥の壁には、インディアン社のチーフっていうバイクの絵や、サソリのマークのステアリングホイールなんかが展示してある。マスターの後ろの壁には小さなバーミラーが置いてあり、客席側の壁には、店の名前の由来ともなったローディングマズル、つまりマッチロックのマスケットが一挺飾ってあった。だけどそれのエングローブもどんな物なのか、初めて入ったその日には良く見なかったんだ。
「アルケブスっち、どがんか意味っチャろう?」
と、ライムを突っ込み親指で蓋をしたコロナを逆さにしながら、お杉が僕に聞いてきた。お杉はニックネームで、彼の本名は杉村雪男。熊本県警察刑事部強行犯担当係の捜査員で、僕の同僚、同期の司法警察員だ。歳は向こうが一つ上だけどね。今では絶滅危惧種たる、正調筑紫弁を使える数少ない男だ。だけど熊本県での生活には、何かと不便だろうって思う。お杉はこの日も仕事帰りなので、フラットヘッド社のジーンズを履いていた。
「アルケブスってのはきっと、「Walk! Wolfsbane.」って意味だよ」
と言い、僕は茶色い液体の入ったショットグラスに口につけたんだ。奥でプっと、チリコンカルネを食べていた広瀬さんが吹き出した。チリコンカルネってのは、牛肉とウグイス豆を、チリとトマトで味付けした煮込みの事だ。この店では桃太郎トマトを使い、酸味が抑えてある。
「なるほどねえ。新しい解釈だ」
潰れた低い声でそう言って、マスターは両切りのラッキーストライクを一本取り出した。僕の捜査経験から言わせてもらえば、両切りのラッキーストライクはかなり珍しい。マスターのライターは地図の描かれたジッポーで、それは蓋を開けると、ちょうど十七度線で南北に別れる。
いつもはカナディアンを飲む僕らの上司、広瀬啓三郎警部補も、この日はアーリー・タイムスっていうバーボンを飲んでた。安酒の部類だと言って、間違いじゃないやつだろう。それは、ストラップさんがキープしている物だったんだ。壜には、
「夜光 玉跡言十方 酒飲而 情乎遣尓 豈若目八方」
と、まだ従三位だった頃の旅人が詠んだ短歌が落書きされていた。「夜光る玉と言うとも酒飲みて、情を遣るに豈しかめやも」、仏様の宝物よりも、お酒飲んでる方が好いよ、って短歌だね。僕にもかろうじて、この位の事はわかる。
「あんたあの男の、先輩って話だったね」
マスターはゆっくりと、そう言った。あの男とは、僕達の知人であるストラップさんの事だ。「形態は機能に従う」だとか、「推理、推測、推量の類いは不可也」だとかっていう考え方をする理屈っぽい人で、鉄砲玉や「珊と糎の違い」なんかについてやたらと詳しい。そしていつも、ベルジョン社製の傷見を持ち歩いている人だ。
平成十一年。火の国国体の際、狙撃事件があったんだけど、これの被疑者を我々が割り出せたのも、この人の助言のおかげだった。308win弾のボルトアクションライフル、レミントン・M700・BDL・バーミント・スペシャル、これを愛用する国際的暗殺者、アサツネ・イダ、本名井田矩朝の検挙は、その筋の業界では世界的大ニュースになったんだ。僕らはこの国際的暗殺者が、たった一人であった事に驚いたものだ。この名前があまりにも有名で在り過ぎるんで、数人が利用する名前か、黒幕の名前だとばかり思っていたんだね。タクシー会社の配車係の様な人物が、依頼を複数の人達に振り分けているもんだとばかり、そう考えていたんだよ。こんな大物を通逮で縛につける事ができたのは、本当に奇跡的な事だと、僕は今でも思う。正に、大捕り物だったんだ。
「ええ、大学では彼が私のバックアップをしてくれていたました。ストラップと私が非喫煙者代表として、学内完全禁煙化などという馬鹿馬鹿しい計画を論破し、阻止した事もあるのですよ」
と、マスターの問いに広瀬さんは答えた。
「あいつと組んでたんじゃあ、そりゃあ、苦労したろう。白髪がねぇのが不思議なくれぇだ」
そう言うマスターに対し広瀬さんは、
「マイレージサービスならば数回無料になるくらい、マイルがたまりましたよ。ええ、彼には色々と参らされました。でも何度も、そう、何度も助けてもらいましたけれどね」
と言った。マスターは煙を吐き出した後、静かにそれに頷いた。
「広瀬さーん。ユキ、広瀬さんの学生の頃の話を聞かせてほしいっチャア」
と、お杉が言った。僕もそれは聞きたかった。というのも、広瀬さんはKITという私立工科大学の、計算機科学科に学籍を置いていたからなんだ。
投稿者 strap : 2006年09月04日 00:56