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2006年08月20日

「渾名の真相」 3-2

 演奏が終わったので、僕はキューバリバーをゴクリとやる。演奏を聴く事で、すっかり喉が渇いてしまっていたんだ。
 キューバ・リバーという飲み物は、なんて素敵な飲み物なんだろうって何時も僕は感じる。少量のアルコールと、コーラの薄められた炭酸の刺激が心地良い、この世に存在する事が有難い位、素敵な飲み物だ。晴れ渡った秋の夕暮れ。そんな時間に、夕日に向かって海岸を駆ける様な、そんな若々しい気分になる。まだまだ青春真っ盛り、というフレッシュな気持ちになって、その快感はもう言葉にはあらわす事はできない。キューバ・リバーはメキシコーラと並んで、人類が産み出した最高の発明品だと言っても、過言じゃないだろう。僕はそう思いながらそれを、あっという間に飲み干して了った。この快感は、二月の初旬などでは無く、八月の熱い日であったならば、尚更の事だっただろう。
 雨にぬれてもを口笛で吹きながらブーツを鳴らし、ステージを降りたゴジョウちゃんは、
 「よう、久しぶりぢゃっか」
 って、独りで座った僕に話し掛けて来て呉た。ステージ上では慌ただしく、本来のコンボが準備を始めている。彼等三人は、今日特別にリクエストがあっただけだったんだ。
 「お洒落ばして来たね。十ガロン帽と、ループタイの似合とるやんね。ベルトんバックルも派手で、バッチグーばい。羊毛んシャツに、黒色ジーンズ、そん上にショットガンズのオーバーズボンちゃ、オレぁ好いとる姿ばい。向うにユキちゃんも居らしたばってん、向うもチャルロんごたる恰好で、つば広帽にスカーフの、良ぉ似おとらしたよ」
 と、ゴジョウちゃんはがらにも無く、世事を言って呉た。十ガロン帽とは、フィラデルフィアのJ・B・ステットソン社で作られてたんで、ジョンB帽っても呼ばれる帽子の事だ。このメーカーのラベルは、帽子で汲んだ水を、愛馬に飲ませているおっさんの絵で有名だ。
 「袖カバーやオーバーズボン、ブーツなんかは、慣れないんで気持ち悪いけどね。この背の割れたコートは、気に入ってるんだ」
 と、僕が答えると、ゴジョウちゃんは笑った。ゴジョウちゃんは何時もの、黒いシングルのライダースジャケットに、レザーのパンツで、やっぱりとっても恰好が良かった。
 「まーた、アンヤツに呼び出されたっぢゃろう」
 ゴジョウちゃんは振り返り、稲葉を見る。彼はサスペンダーで青鼠のスラックスを吊ったスタイルで、今日は珍しく、やや細みの黄色いネクタイまでしていた。その隣の木田くんは、オレンジ色したとっくりのセーターがとっても似合って、凄くカッコが良い。木田君のジーンズは、ブーツカットのフラットヘッドの様だった。
 「うん、まあね。ストラップさんは元気?」
 一応、共通の知人である、あの人の事も聞いてみた。
 「哥ィは、相変わらずばい。ハンバーグだとか、辛子煮込み、酢味噌餡子とか、カレーとかば、いつもんごつ熱心にお勉強中たい。オレにゃあそうゆー事なぁ、いっちょんわからん」
 きっとモスバーグ、カラシニコフ、スミス&ウエッソン、それにエレーについて言ってるのだろうと思う。カラシニコフは恐らく、ミカエル・ティモフェイエビッチ・カラシニコフ本人では無く、彼の設計したアブソマット・カラシニコバの事だろうね。僕にもゴジョウちゃんは、ちっともわかんない。傍系とはいえ、由緒も格式もある家柄の人間なんだから、もっとちゃんとした言葉を使ってほしいって僕は思う。ゴジョウちゃんはどうも、些し横文字に弱いらしい。こないだも、「セルビアの札束」って言うから、ユーゴスラビアのディナール紙幣の話だとばかり思っていたんだけど、よくよく聞いてみたら、「ツァスタバピストル」の事だったし、「風呂ん妊婦」は、銃器設計の第一人者、「ジョン・M・ブローニング」の事、「観音様」は「キャノン砲」だったんだ。
 「何か落書きがしてあるね、その壜」
 僕はゴジョウちゃんのバーボンの壜が気になって言った。墨と筆で、ラベルに何か豪快に書いてある。
 「旅人たい。貴きもんは、酒にしあるらし」
 と、ゴジョウちゃんは言い、僕に壜を見せて呉た。
 「世の中は 空しき物と 知る時し 転益悲しかりけり」
 と、些し違うけど、万葉集の五巻目に載ってる有名な短歌がそこには書かれていたんだ。世の中が空しいって本当に知っちゃったので、愈々今迄よりも、もっと悲しくなっちゃった、って意味の歌だ、これは。神亀五年六月廿三日、まだ太宰の帥だった頃の旅人が、凶問に報えて詠んだ歌だね。ゴジョウちゃんは旅人が本当に好きらしく、お杉にも旅人の、
 「此処にありて 筑紫やいづく 白雲の 棚引く山の 方にしあるらし」
 という、お杉の故郷を懐かしむ歌を教えている。尤も現代と、旅人が生きてた奈良時代では、その距離感覚と言うのは随分と違うものだとは思うけれど。きっと旅人は、一生戻れない場所と、もう二度と会えないかも知れない友人達を懐かしんだんだろうね。
 考えてみれば旅人の短歌と、彼等三人の演奏は似ているって思う。小手先の技術を使わず、その時の心情を素直に表した旅人。旅人の作品にはだけど、彼の文学的素養がにじみ出ていて、しかも親し気で先進的だ。又、旅人は漢詩に随分と影響されてるそうだけど、やっぱりブラックミュージックやミリタリードラム、古典音楽等、ロック&ロール以外の音楽にも大きく影響されてる、この三人組と通じるところは、大いにあると思う。
 「価無き、宝と言うとも一杯の」
 とゴジョウちゃんが言うので僕は、
 「コーラ割りの酒に、豈に勝らめや」
 とかえした。僕も伊達に四年制大学は出ていない。それなりの学識と素養は持っているのだ。尤もゴジョウちゃんの第二句、「言うとも」の「とも」、つまり「十方」に対して、「豈に勝めやも」と、「やも」、「八方」とする方が、本当は正しいのかも知れない。だけどゴジョウちゃんは嬉しそうな顔をして、
 「飲もい」
 と言った。僕も、
 「うん、飲もう」
 そうかえし、新しく注文したメキシコーラのグラスで、ゴジョウちゃんのロックグラスと「オツカレ」って乾杯をした。
 メキシコーラという飲み物は、なんて爽快な飲み物なんだろうって、時々感じる。ある程度のアルコールと、コーラの薄められた炭酸が喉に気持ちが好い、人の世に存在する事が不思議な位、美味しい飲み物だ。晴れ渡った春の日。そんな日に大観峰を、愛車のお屋根を開けて、ビューンって駆け上る様な、そんな清々しい気持ちになる。その清涼感は、何とも言えないものだ。レヴカウンターの針が、垂直方向よりも右を指し示す様な感じ、とでも表せば良いだろうか?メキシコーラはキューバ・リバーと並んで、人類が産み出した最高の発明品だと言っても、言い過ぎじゃないだろう。僕はこの時、そう確信した。

投稿者 strap : 2006年08月20日 00:24

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