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2006年08月19日

「渾名の真相」 3-1

 観客は、六十人ぐらいだったろうか。
 青く見える島原半島を左手に、海沿いを北上するドライブを楽しみ、この日僕は「キングスガンビット」を訪れていた。潮湯温泉の近所にある「キングスガンビット」は、木造二階建ての洋風建築物で、二階中央は吹き抜けになっており、二階廊下からはステージを見下ろす事ができる。一階は西洋風の酒場、そして二階は宿泊施設だ。彼等三人の演奏は、最初に稲葉が何気ない素振りで、ポロンとギターの弦を弾き、そしてそれを合図として、突然に始まった。
 そして彼等三人が一〇番街の殺人を演奏し終えた瞬間、「キングスガンビット」は熱狂の渦に包まれたんだ。彼等にとっての今世紀二度目のセッションは、彼等には珍しく一曲だけ、それもたった五分少々の物だった。しかしそこに、多くの演奏の秘技が使われていたんだ。ガットギター、コントラバス、そしてアクースティックのドラムセットが一組。たった三つの楽器だけを使ったセッションであったにも関わらず、その音楽は幽玄にして壮大。それは本当に、重厚な音だった。稲葉の、トゥクトゥクトゥクツクっていう低音弦奏法、トレモロ・グリッサンドも、これ迄聞いた事の無い位滑らかだったんだ。そう、それもエレクトリックギターでは無かったにも拘わらずだ。彼のギタープレーは、速いとか音が良いとかの次元を超えていて、最早人間業とは思えない。スリーハンドの異名のとおり、本当に腕が三本くらいあるんじゃないだろうかって、そう思って了う位なんだ。又、稲葉に奔放なインプロビゼーションを許す二人の技量も、卓抜した、なんていう安易な言葉で表すには、遥かに遠い位の凄まじさだった。店自体が、大きなうねりを起こしてる様な感じってわかるかい?まったく、まったくそんな感じだった。彼等は一〇番街の殺人を演奏しながらも、その内三分位は、別のスタンダードナンバーを次々と挿入し、僕らに独自の世界を見せて呉た。演奏が終わった時、居合わせた人々は皆、一様に感激をして了ったんだ。
 電光の速さで楽弓を動かし、メロディーラインを奏でる木田くんのベースプレイはとても鮮やかで、その響きは地が鳴る様な音でグッと腹に響いて、単音を鳴らしたとしても飽きがこない澄んだ音がする。その稲妻の様な動きの弓は、蒼白く輝く三池典太の姿を思わせた。彼の流れるかの様な運指は、弓の捌き方同様、肉眼でとらえる事など、とても出来はしない。ベースは、雷雲をイメージさせるかの様なくぐもった音も、時に発する。彼は鋭い音を出したかと思えば、暖かく柔らかな音も自在に紡ぎ出した。僕には、伝わってきた低い音の波が、僕の膝の裏や、尻の骨が震わせるのが良くわかる。円熟した演奏技術の魅力というのは、屹度こういう物なんだろう。これ程の迫力を持つベースを、僕は他に知らない。
 それを支え補うゴジョウちゃんの、ドラムビート。ゴジョウちゃんは、二つのキックドラムを殷々と、霹靂が奮う様に鳴らした。そして、まるで震霆の様な物凄い速さで、タムタムとスネアドラム、六つのシンバルを叩いてみせたんだ。放電現象でも視るかの様な、激しい動きだ。それらは、お店に落雷があったか、って位のきざみ方だった。それは演奏と言うよりも、武術や体技、体術に近い感じさえした。そのスティックの動きは、楽器を打鳴らしていると言うよりも、飛んで来る匕首でも叩き落としているかの様な印象を僕に与える。そして暴漢を殴り殺すかの様な力強さだ。そのバスドラムの鳴らし方は、地を踏み鳴らし、悪党を威圧しているかの様だった。そしてそれは、悪漢の頭蓋を踏み割るかの様な、荒々しい動きだ。疾風の速さで、彼がスティックを振るえば、ビュンと風斬り音がし、室内には旋風が巻き起こった。一打一打が正に、飃撃と表現すべき一撃。六呎半の体躯から繰り出されるそれには、「円熟した演奏技術の魅力」なんて物はどこにも無い。小学生が給食の時間に食器を叩き鳴らす様な、若々しくて、エネルギッシュな持ち味が有るだけなのだ。実にワイルド。ドラムが二、三人いるのかって感じるぐらい、それは物凄い演奏だった。彼程秀でたドラマーを、僕はまるで知らない。
 そして、曲の装飾を担当する稲葉のギター。稲葉は速弾きを得意じゃないって言ってたけど、それはとても真似ができない程速かった。弦は勁く張られていたから、生半可な押さえ方ではいけなかったにも拘わらずだ。次々と弦を押さえる右手は、摩擦熱を生じる程素早く上下し、又、それを弾く右手の動きは、頭で理解する事は不可能な位複雑だった。目紛しいというのは、屹度こういった状況の事を言うんだろう。僕ら店にいる全員は、稲葉のダイナミックな音の奔流に圧倒されてしまって、誰もが食事やポーカーを止めてしまったんだ。彼のギターから発せられる音圧は、身体を押え付けられるかの様な烈しさだ。激しく弦を弾くその音は、店中を、吹雪が吹き荒れる様だった。僕はこの時、彼の演奏を、自分が言葉として「凄い」としか表現できないって事を感じたんだ。だけどそれは、僕の国語が未熟だって事ばかりが原因じゃアない。日本語自体が、彼の演奏を表現できる程、発達していないんだ。きっと英語も、ロシア語も、北京語も、タガログ語にだって、どんな言語にだってできやしないに違いない!
 右手で弓を扱う木田君のベースと、左手で掻き鳴らす稲葉のギターが、大きなVの字に視えない事は無かった。そしてその中央後ろに、ゴジョウちゃんのドラムが構えている。電子楽器を全く使わない、ロック&ロールのスタンダードナンバー。しかしそれは、どんな演奏よりも激しかった。
 彼等三人の演奏は、どれをとっても本邦のプロ以上のレベル。楽し気に体を揺らしながら、彼等の雪崩れ打つ音楽を聴ける者など、一人もいなかった。無論、聞き流すなどという事が、出来よう筈が無い。場の全ての人が金縛りにあったかの様に五分余り、じっと動けなくなってしまったんだ。店に居た人々は、スタッフも含めて皆、彼等三人が履き、纏い、放つ、銛々とした殺気によって、身体が空間に縫い付けられたかの様な感じを体験した。人々は瞬く事を止め、口を閉じる事を忘れ、じっと彼等に見入ってしまった。神業って言うのはきっと、この三人の演奏の様な、衆に能れた技術や技能を指すのだろう。そしてその個々の技が、三位一体となった時、無限の音の広がりが産まれるんだ。彼等の音楽を、ロック&ロールと表現しても、はたして良いものなんだろうか。何か新しい名称を、僕達人類は作らなければ、ならないんじゃないだろうか。僕はそう、考えてる。
 彼等三人は、とっても凄い三人組だ。僕は改めてこう言いたい。彼ら三人は最高だ!って、ね。

投稿者 strap : 2006年08月19日 01:01

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