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2006年08月25日

「渾名の真相」 3-7

 「オスギムラ君、君は犯人について何等かの情報を入手したって意味だね?」
 「そうだっチャ。ユキは当時の新聞を捜したんだっチャよう」
 「続けて呉」
 稲葉がお杉を促す。
 「ユキは当時の炭都日報を見たんだっちゃ。すると、被疑者の名前が出てたんだっちゃ。「犯人はK大学商学部に在籍する三回生、橘阿蘇子(二○)で、」って」
 「そんな、名前じゃ男か女かわからないじゃ無いか! 聖徳太子や中臣鎌子にだって、張良子房にだって、子の字は付くよ! 魏文だって、字は子桓だし、月旦の故事で有名な人相見は、許劭子将だ。魏関係者ならば他にも有名どころは、曹仁子孝、曹真子丹、曹彰子文、曹植子建、曹洪子廉、夏侯楙子林、鐘会子季、衛茲子許と、三国志を読むだけでも山程出てくるよ!」
 と、僕が謂うと、お杉は手帳をめくり、
 「「福岡県警の見解では、中山氏と同じK大学の商学部に通う女子大生、T嬢の嫌疑は濃厚」って、前の日の新聞にもちゃんと書いてあったんだっチャ。Tは橘の頭文字っチャよう」
 と、読み上げた。これはもう、裁判で被告人席に座ったのは女だと、認めるしかないだろう。尚、殺害された大学講師、つまり「貯金箱」は、中山政幸と云うらしかった。
 「それに、被疑者の動機は、被害者に別の女がいるって思ったからなんだっチャ」
 その新聞、炭都日報の記事によると、「貯金箱」が担当した後期試験の問題の答えが、「ア」、「イ」、「コ」、「カ」、「キ」、「ウ」、「エ」と、まるで人名の様な順序で、偶然記号が列んだ事が、殺人の原因らしい。「カキウエアイコ」とは何処の女の名前だと、橘女史は「貯金箱」に詰め寄ったのだそうだ。そしてその後、鼻で笑われ部屋を出ようとした事に激怒し、犯行に及んだという事らしい。しかし五十音の並びで、アからコまでしか使わ無くても、「オウキエイコ」、「カコキクエ」、「アカイケキクコ」、「カイアキエ」、回文の「コイケケイコ」等、ちょっと考えただけでも女性の名前は簡単に作れるし、「コエカオウキイ」や「ウエイクカ」、「エキイコウ」つまり、「声が大きい」「上往くか?」「駅行こう」等の簡単な文章だって、作成可能なのだ。橘嬢は、少々勘違いが甚だしい様に、僕には感じられる。
 「これが確かならば、「貯金箱」がホモセクシャルっチ言う、ユキの仮説は、根本から崩れるんだっチャよぅ!」
 とお杉は困った顔で謂ったけど、しかし、その言葉に稲葉は、
 「君の推理は、犯人が女だったぐらいで壊れるものじゃ無いだろう?」
 と楽しむ様に謂った。その通りだって、僕も思ったんだ。
 「そうだよお杉。犯人はゲイボーイじゃなくって両刀、バイセクルだったんだよ」
 と、僕は謂う。
 「ああ、そうだっチャ。そうだったんだっチャかあ!」
 と、お杉も気付き、興奮した。そしてその後で、
 「あ、でも、バイセクルはバイサイクルの事だっチャから、二輪車の事っチャよ。正しくはバイセクシャルっチャっ」
 と、どうでも良い事を訂正した。
 「まあ、この答が面白いから、これで正解で良いよね」
 と、稲葉は言った。何だか引っ掛かる言い方だ。だから僕は、
 「ねえ、それはこれが正解じゃ無いって意味なの?」
 と稲葉に聞いてみる。しかし稲葉は、
 「いや、これを正解にしようって言ってるのさ。実際というものは、もっとつまらない話だからね」
 などと言うから、
 「ちょっと待って呉よ、稲葉。お杉の推理に穴が有るとでも言うのかい?」
 と、僕がそう聞くと、稲葉は左の食指を立て、それを回しながら、
 「無い訳じゃ無いさ」
 と言った。
 「じゃあ、話してみて呉よ。お杉が真相を先に言い当てたんで、負け惜しみで言ってるんじゃないだろうな」
 と僕が謂うと、軽く咄呵し、
 「ならば話しても構わないぜ。だけど、オスギムラ君の唱える説の様に、奇想天外でも無ければ面白くもなんとも無い、まったく常識的な現実だよ。美しく見える人でも、化粧を落とせばがっかりする様な事だって、世の中には沢山あるんだぜ」
 なんて稲葉は謂う。
 「それでも良ければ話すけどね」
 と言うので、僕らはお願いして話してもらう事にした。

投稿者 strap : 2006年08月25日 00:22

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