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2006年08月24日
「渾名の真相」 3-6
僕の発言に、お杉は得意げにそう答えた。稲葉も面白そうな顔をしていたので、
「君も今のお杉の推理に感服したんだろう」
と聞くと彼は
「まったくオスギムラ君の推理には驚いたよ。なかなかやるもんだねえ」
と嬉しそうに言い、
「だけどまだ首からの出血って問題を、彼は解決して無いぜ。讃えるのはそれを聴いてからにしようよ」
と続けた。尤もだと思った。お杉もそう思ってたらしく、
「そう、ここからが事件の本番なんだっチャ」
と、稲葉に答えた。
「えっ?君の推理は未だあるのかい?確かさっき往き詰まったって」
と、僕が言っているとお杉は、
「ユキがわかん無くなったのは、もっと先だっチャ」
と、その質問を遮る様に言った。それで、
「じゃあ、続きを話して呉」
と稲葉が嬉しそうに言った。
「ユキが問題視したいのは、目撃した女子学生達が本当に、頸や後頭部の意味を知っていたかどうか、という事だっチャ。彼女達がその言葉の意味も知らずに使用しているとすれば、事実と証言の食違いにも納得ができるっチャ!」
「それぐらい識ってるだろう。子供じゃあるまいし」
と、僕はお杉の意見に反対した。いくら何でもそれはあんまりだと思ったんだ。ところが稲葉は、
「それは大いにあり得るねぇ。頸と頭の区別が出来ない女子大生はきっと、山程いるぜ。大部分なんじゃないかな?まぁ、そう言う僕も以前、喉頭部と後頭部を間違えた事がある。恥ずかしながら、頚部と脛部を間違えた事もあるなぁ」
なんて事を、楽しむ様に言ったんだ。僕はこの二人は、頭がどうかしてるんじゃ無いかって、そう、思ったよ。だから僕は、
「頸や頭や喉や脛の意味も知らない大学生なんて、いくら何でも現代日本に居るものか!」
って、叫んで了った。すると、
「君達は日常、野菜って言葉を口にするねえ。じゃあ野菜って、一体何の事だい?」
と、稲葉は言ったんだ。又もや話が、内容と関係ない方向に進み始めた。
「食べられる植物の事っチャ!」
と、稲葉の問いにお杉はそう答えたけど、それでは正解とは言えないだろう。
「じゃあ、米や麦も野菜かい?ミカンや梨は?ワカメや昆布やモズクはどうだい」
と、稲葉は意地悪く言った。
「主食とならない、主に調理して食す、陸上の食用植物の総称だよ。厳密にはイモは主食たりえるから、野菜じゃ無いよね」
と、僕は答える。話が全く脱線していた。
「うん、その通りだ。まったくの正解だね。では、話を元に戻そうじゃないか」
と僕の答に応えると、
「じゃあ君。もう一つ聞くが、首と頭の境界線は一体どこなんだい?」
稲葉はそう、僕に聞いてきた。
「そうっチャ!ユキもそれが言いたかったんだっチャよう」
と、お杉もそう言ったんだ。そう言われてみると、確かにこれも難しい問題だ。
「曲がる所から下が首で、上が頭だ」
僕はそう答えた。
「うん、それで良いっチャ」
と、お杉が言う。稲葉もそれに、頷いたんだ。そして、
「もっと正確に言うと、耳の後ろの乳房型に出っ張った骨から、後頭骨中央の出っ張った骨」
僕は後ろに手を廻し、自分の頭の下の方を拇指で触ってみる。そこには確かに、頭皮下に触れる盛り上がった骨があった。
「そう、そこだよ。その外後頭隆起を結んだ線、それこそが、首と後頭の境界線なんだ」
稲葉は左の食指だけをピンと上向きに立てて、そう言って右目でウインクし、微笑んだ。それは会話が楽しくて仕方が無い、という表情に僕には思えた。
「この事件では、首から出血があったって証言されてるっチけど、本当は後頭部の下の方、頭と首の境界線に近い部分が殴られていたんだっチャよ。恐らくは、首より数ミリ上だって所だっチャ!」
と謂った。
「つまり、」
「そうだっチャ。死体を見た女子学生達は、視なれぬ死体を視た事によって、少しパニック状態に成ってたというユキの推理には、異論無いっチャね?」
無い。普段変死体を見なれていない女子大生ならば、冷静に観察している方が妖しい。それこそ不可解だ。恐らく、軽いパニック状態であった事だろうって考えられる。
「そんな時に彼女達は、ほとんど境界線上の傷を視て、それが確かに首より数ミリ上だって事が気づけるものだっチャかねえ。地上の万物は地球に引っ張られてるんだっチャ。勿論汁状である血液もだっチャよ。だから印象としては、首が血に濡れていたから、頚部から出血している様な錯角を起こし易いんだっチャよ」
と、お杉は謂う。
「つまり被害者は後頭部の中でも首と勘違いされそうな位下の部分を殴打され、女子大生達はそこを首だと誤認した訳だね。僕達は後頭部って言うと、後ろのてっぺん当たりを思い浮かべるけれど、首との境も立派な後頭部だからだね。だけど女子大生達は、そこが、つまり首との付け根当たりの部分を後頭部と呼ぶという事を、知らなかったか、パニックで忘れてたかの、孰れかだったんだね」
と、僕は言った。
「そうだっチャ。ちょっと違うっチャけど、要約すると、その通りだっチャよう!」
「まあ、大した知識じゃ無いんだけどね。実際、商学部のお嬢さん方には、まるで興味の無い事柄だろうねえ。又警察も、後頭部と首の境界線近くって表現を、わざわざ後からする事も無いだろう。面倒臭い」
と、お杉に次いで、稲葉も楽しそうに言った。なるほど、これは盲点だった。確かにその部分は人間の急所の内の一つであるから、殺人犯が狙う場所としては最適だ。それに後頭部と言った場合の多くは、その部分を連想し難い。
「お杉!もう正解をとっくに出してるじゃ無いか!何を謙遜してるんだい!」
と僕はお杉に謂い、
「うまい仮説だって?もうこれは仮説なんかじゃ無いよ、真相って言うんだ!」
と、続けた。
「それでオスギムラ君。最後で躓くっていうのはどういった意味だい?まあ、無理もないけど」
と、稲葉がお杉に聞いた。僕はその隙に、メキシコーラをぐっと、飲んで了った。
「うん。実はユキが躓くのは、被疑者についてなんだっちゃ」
「どういう意味だい?」
投稿者 strap : 2006年08月24日 00:14