2005年08月16日
カサブランカ 男が女を愛するという事
here's looking at you,kid.
なんて原文で言った事はありませんが、
「君の瞳に乾杯」という名科白、日常会話でも良く使います
「そんな昔の事は、覚えていないさ」や、
「ルイス、これが美しき友情の始まりだな」なんてボギーの科白一つ一つが、カッコいいんですよね。
先日発見したのですが、僕は小学生の頃から「カサブランカ」が好きだったらしく、
「ファファファドシシドドファレシシレシソミドラシ‥‥‥」と、この映画の主題歌とも言うべきラ・マルセイエーズをカタカナで(笑)ノートに書き殴っていました。
「アロンザンファンドラパトリーウルジェールドグロワレタリーベ‥‥‥」
無論、「時の移るまま」という曲には、特別の思い入れがあります。
この映画でリック役のハンフリー・ボガードのファンになった僕は、マルタの鷹なども大好きです。砲兵へのこだわりには書きませんでしたが、リックが作中ドイツの野戦砲に詳しい事も、僕の大砲好きに強い影響があると思います。
イルザ役のイングリッド・バーグマンは好きではありませんが、何故か、「誰が為に鐘は鳴る」や「追想(アナスタシア)」等の、僕の好きなラブロマンス映画で良くヒロインを務めています。
僕はこの映画を、「男としての女性の愛し方」の教科書だと考えています。
多分、この映画の良さは、女性にはわかりません。無償の愛こそが、男の愛なのだと思います。
とりあえず、映画を知らない人の為に、簡単なストーリー解説(ネタバレあり)を。
以下粗筋
舞台は第二次世界大戦中。リックは女にモテモテの色男の実力者です。
モロッコのカサブランカでリックの経営する酒場に、リックの昔の恋人、イルザが旦那と共に現れます。
イルザは、リックと共にフランスからモロッコに逃げる筈でしたが、約束の時間になっても待ち合わせ場所に現れませんでした。それでリックはピアノプレイヤーのサムと二人でモロッコに避難したのです。
イルザの夫は反ナチの運動家で、イルザは夫をアメリカに逃がす事をリックに依頼します。
リックはイルザの身勝手さに腹を立てますが、しかし裏切られてもイルザの事を忘れられ無いリックは、結局イルザとその夫をアメリカに逃す手はずを整えてあげます。
そして、二人はアメリカに旅立ち、リックはカサブランカに残り、劇はハッピーエンドで幕を閉じます。
粗筋上記迄
僕は、リックという男を、とてもカッコいい男だと思います。無論、
惚れた女に裏切られたあげく、惚れた弱みで良い様に使われた男
という評価は正しいと思いますし、何も報われる事はありません。そこには愛する女性の為に何かをやったという、自己満足が存在するだけなのです。
しかし、リックがイルザに捧げた愛は、見返りを求め無い、純粋なモノであったとも言えます。
我々「男」にとっての愛で、重要なのは何なのか?と考えた時僕は、相手に見返りを求め無い無償の愛だと答えます。確かに相思相愛ならば愉しいでしょうし、そうなる事が一番良い事です。。しかし、ただ、ただ、その胸の奥に、そっと愛する人の面影を抱き、相手の幸せを願う愛こそが、その本質なのでは無いかと思うのです。
見返りを求めるという事は、結局は己を愛している事と同じだと思います。しかし、男としてやるべき事は、ただ与える事であり、それが報われるか報われないかは関係ないのです。それが真に愛するという事だと思います。リックは裏切られても、イルザの為に愛を通しました。我々男にとって大事な事は、「愛される事」では無く、「愛する事」なのではないでしょうか?
皆さんはどうお考えになりますか?
しかし‥‥‥リックの気持ちを全く考えず、利用するだけ利用するイルザは‥‥‥厭な女だとは思いますね(笑)
2005年10月15日
初恋の人の事
僕は推理小説は好きなのだが、正直推理小説のマニアを自称する輩は嫌いである(最初に断っておくが、推理小説ファンには、真っ当な人も大勢いる)。彼らと話す時間は、人生の無駄と言って良いだろう。そして、何故嫌いか、という事には幾つか理由がある。
理由1:本の内容を理解しているか否かよりも、読んだ本の冊数を尺度とし、冊数自慢を始めるから。
理由2:理由1と関連があるが、一度読んだ推理小説は、先ず再読しないから(連中にとって、トリックや犯人のわかった推理小説は、面白く無いらしい)。
理由3:例外無くヲタクだから(プロローグ読んだだけで犯人の目星が付く様な駄作を、傑作と持ち上げたり。というか、頭が悪いから目星が付かなかったのか?)。
理由4:推理小説を読むという行為を、高尚な趣味だと勘違いしているから。
しかし僕が彼らを嫌う一番の理由は、理由5にある。
理由5:論理的思考が出来ないから。
連中は、経験論に基づく推理や、帰納的推測、確率論的推量など、己の不確かな拙い予想を、まるで事実であるかの様に話したがる困った生き物である。一つ例を出そう。
僕も好きな作品集、「シャーロック・ホームズの冒険」に収められた一編に、「ぶなの木立」という短編がある。ここで主人公ホームズは、依頼人であるヴァイオレット・ハンター嬢に対し、随分と親身な対応をする。ホームズという主人公は本来、女性には冷淡な性格であるので、確かにこれは異例の対応と言えるだろう。だが、唯それだけの事である。特に騒ぐほどの事では無い。
しかし、自称推理小説マニア共の妄想はぶっ飛んでいる。この事実一つをとって、
ホームズの母親の名がヴァイオレットなので、ホームズは肩入れしたと、自信たっぷりに断定するのだ。根拠薄弱とは将にこの事である。演繹的思考とは、こういう物では無い。精々が、検証前の仮説という程度であろう。
さてここからが本題なのであるが、実際に上の様な事はあるのか?という疑問がある。
ホームズの例を、「仮説に過ぎない」と否定していて何だが、実は僕にも(仮説のホームズと)同じ様な気持ちが実はある。初恋の人と名前が同じだというだけで、その女性に優しくしてしまった事は何度もあるのだ。
魯迅「故郷」で少し触れたが、人は初恋、そして初恋の人を美化する傾向にあるかも知れない。理屈っぽいと人に言われる僕でさえも、例外では無いのだ。初恋というのは、生涯に唯の一度しか出来ないのであるから、特別な事に変わりは無いだろう。しかしそれだけの理由で、人は初恋を美化するのだろうか?それは、「成就しなかった」という事よりも、遠くを懐かしむ気持ちからだろうか?少年時代の淡い気持ちを、僕は稀に思い出す。
人は自分を好きになってくれた人を好きになり易いのかも知れない。僕も、彼女が僕を好きになってくれたから、彼女を好きになった。他の男達と違い、ちやほやしなかったし、美人に過ぎる彼女に諦めていたから、下心の無い分普通に接していた。だから僕の事を好きになってくれたのだろうと思う。彼女とは、手も繋いだ事は無いが、一時心は通ったと信じている。彼女が僕を好きだと言った言葉に嘘は無いと思う。
しかしそのすぐ後に、彼女は人に頼まれて、別の男とデートをした。僕はお付き合いをしていた訳でも無いのに裏切られた気持ちになってしまい、以後彼女を無視するようになってしまった。恋が成就しなかったのは、僕の狭量が原因と言える。子供の考えというより他は無い。
僕はずっと、上記の様な理由からその人を酷く嫌っていて、まぁそれが今に続く僕の女嫌いの遠因な訳だが、その為に、(成人した後)彼女から求められた助けに(無視をして)手を差し伸べる事をしなかった。
当時、僕にそれ程の力があった訳では無いから、それを僕の責任だ、という傲慢迄は言わないが、その後の彼女が幸せか否かという問題については、大いに疑問がある。微力であろうとも、何らかの支えにはなれた筈だ。二年の後、彼女の噂を聞いた僕は、それ以後、彼女と同じ名の女性には意識せず、優しくなってしまった。
行きつけのバーのマスターは、僕のこの話を聞き、自分も初体験の相手と同じ名の女には不思議と優しくしてしまう、と言った後、
「美人だったんだろ?」
と僕に聞いた。僕が、「ええ、まあね。あれ以上の美人は知りません(会えばがっかりするかも知れないが、僕の中では永遠に美しい人である)」と応えると、
「だったら心配するな。美人なら金持ちがちゃんと、お前さんより巧く世話しているよ」
と、言ってくれた。事実はそうかも知れない。そうであると願いたい。
又逢いたいとは思わぬし、例え遇っても僕がしてやれる事は何も無い。しかし好きだったのに、意地になって助けてやらなかった事には悔いが残る。その悔いも、僕が彼女を未だに思い出す遠因であろうか?思い出した日は、どうしても一杯のバーボンが必要になる。
そんな事を考えた後に書いた作品が、呉書シリーズ3 故国である。無意識ではあったが、于禁の望郷の思いは、僕の恋心がモデルなのだと思う(作品自体に関しては、呉書シリーズの新作をupしました。で解説)。
2006年02月03日
僕の愛しい人
堀北真希ちゃんのdvdのエントリーを例に挙げるまでも無く、僕は様々なサイトで堀北真希ちゃん賛美を続けている。本当に堀北真希ちゃんは可愛らしいと思うからだ。客観的に書けば、この世に堀北真希ちゃんほど可憐な存在は無い。
では、僕が堀北真希ちゃん以外の女性に興味が無いのか、と言われれば、そうではない。僕にも愛しい人がいる。勿論初恋の人の事で書いた女性の事では無い。お付き合いをしている女の子の事だ。
彼女は、中国の歴史を学ぶ可愛らしい大学生で、歴史好きの女の子だ。僕などよりも三国志は好きみたいであるし、僕よりも熱心である。迚も優しい、心の綺麗な、清楚な女の子である。料理も僕好みで美味い。
先日、このサイトを見て呉れたらしい。僕自身もそう認識している事ではあるが、彼女からしてみれば、僕などはニセの三国志好きだろう。三国志や三国志演義を調べるのは、小説を書く為に過ぎないからだ。このサイトにどんな感想を持ったのだろうか。漢文もろくに読めないくせに、偉そうな事書いてると、笑われなかっただろうか。次に逢う時の為に楽しみにしたい。
僕の愛しい人は、僕の悩みの種でもある。
何といっても可愛過ぎるのだ。
僕にとっては無論世界一だが、客観視しようが悪口で書こうが、可愛らしいものは可愛らしい。少なくとも彼女の大学に、彼女より可愛らしい人はいない。学校ではアイドル的存在である。
写メールなどをもらうと、あまりの可愛らしさにドキっとしてしまい
「殺す気か(怒)」
と返信してしまう。いつか本当に心臓が止まるかも知れ無いと、不安に思う。その位に可愛い。
そんな彼女であるから、色んな男達から付き合って欲しいと告白されている。デートのお誘いも多く、メールはいつも鳴りっ放しで、断るだけで苦労している様だ。僕とのデートの最中でも、数人からメールが入り、断っている。僕などは気が気では無い。
まぁ、断っているところを見ている訳だから、安心すべきなのかも知れない。
彼女が悪い訳では無いだろうが、少しは僕の事を考えて、もっと確り大学では僕とお付き合いしている事を伝えて欲しいと思う。これを見ていたら、宜しくお願いしたい。
貧乏な僕であるが、これからもずっと一緒にいて欲しい。
週末泊まりに来てくれるのが、いつも楽しみで仕様が無い。
追記:天草さんに因ると、僕の彼女は「堀北真希ちゃんに似ている」のだそうだ。→参考
