2005年05月28日
商業化された三国志小説
いまさら、という感じで話題になった三国志小説を読んでいます。
僕はあまり三国志小説は読まないのですが、これはなかなかに面白いですね。
まぁこの感想文は後ほど書くとして、商業化された三国志小説は殆ど読む気がしないですね。何といってもタイトルが無個性に過ぎます。
ただ作家名と三国志とある場合は(あまりにも直球勝負なので)そうでもありませんが、多くはその付け方があまりにも安直な気がします。三国志であるという判りやすさを重視する為でしょうか。
例を挙げてみましょう。
大 三国志
呉 三国志
反 三国志
破 三国志
異 三国志
叛 三国志
あまりにも個性が無い気がします(どれも読んでませんが)。
亜 三国志
伊 三国志
宇 三国志
江 三国志
於 三国志
加 三国志
新でも続でも、三国志の前に一時文字漢字を入れれば、すぐにそれっぽい新タイトルが作れますね。
もう絶版だと思いますが、伏見健二氏の「奇書 三国志」は本当に面白くなかったですね。アイデアは良い筈なのに、実に退屈でした。氏の熱烈なファンだっただけに非常に残念です(彼の青森シリーズの方が余程三国志っぽい。)。敗因は著者が三国志を殆ど知らなかった事にあるのかと‥‥‥。如何?
伏見氏の青森、特に
ブルーフォレスト物語 (南北朝争乱編 )
は、架空の王朝の王位継承を巡る争いを書いた作品ですが、武勇と知略に富んだ兄王子、狡賢い兄王子、主人公に軍略を授ける銀髪の美女、剣豪、女スパイと、脇を固めるキャラが実に魅力的でした。う~ん。これを書いた人が何故、あんな三国志小説を書くのかなぁと、思ってしまいます。
2005年05月29日
「泣き虫弱虫諸葛孔明」を読んで
今更、という感じですが、図書館で借りて読んじゃいました。
未読の方の為にも少々の解説を。
僕の孔明のイメージは、
白いスーツに羽扇を持った、嫌味で「敵を欺くには先ず味方から」な、「地球静止作戦」の立案者(今川泰宏作品に登場する諸葛亮孔明)というところから抜け出せません。世間の人も、孔明のイメージといえば、一般的に抱くインテリのイメージではなかろうかと考えます。孔明といえば、理知的なかっこいいイメージです!しかし、酒見賢一氏は実にあっさりと孔明を奇人にしちゃいました。従来の孔明像を壊そうとする人は多くいましたが、飛び抜けて吹っ切れてます。流石は「中島敦文学賞」受賞者!ついでに久留米出身!
直木賞候補になった「墨攻」以降、僕にとって酒見賢一氏は気になる作家でした。それで、氏が孔明を主人公に書いている事を知った時は、少々の期待をしました。が、しかし。読み始めてみると、エッセイ風の作品であり、ガッカリとさせられます。ただそれでも読み薦めると、そこに味わいがある事に気づきました。
酒見氏の常の作風ではないなと思いつつも、
どこかで読んだ事がある文体だなと感じながら、最後まで楽しく読みました。誰の文体に似ているのか、かなり悩んだことは、申すまでもありません。
google等で調べてみると、蒼天三国志blogを始め、既に良質の書評、感想文が多くあります。僕が今更それらを書いたところで価値は低いでしょう。ですから今回は、粗筋や見所では無く、独自の視点から以下妄想を(笑)
(以下想像)
酒見氏は物語作家として、「三国志演義」のプロットを分析されています。
「物語を巧く組み立てたり、整合性を持たす為には、こう書いてはいけない」という事を考えられたのではないでしょうか。恐らく、
「自分ならばこうは書かない」という見方で、「通俗演義」を読まれた筈です。
しかし、ここからが酒見氏の面白いところです。普通の作家がそう考えたならば、もっと自由な「自分版三国志」の執筆を始めます。おかしな所を訂正して自分なりの「三国志」を執筆するのです。そうした作品は多くあります。ところが、酒見氏はそうはせず、登場人物に何とか「三国志演義」どおりの行動をさせる酒見版「三国志」を書かれました。「三国志演義」での個々の動きや発言に、人としての心理や行動学を当てはめた場合、どうすれば理屈に合うかを書かれたのです。故に、登場人物の多くは奇人とせざるを得ず、最も謎の男である孔明は、大奇人としてして書かれる事になりました。僕は孔明が奇人である作品という事で、その描き方に大きな衝撃を受けましたが、酒見氏の側の理屈としては、必然。当然の帰結であったのかも知れません。
又、こういう作品になった以上、軽い感じの作品に仕上げ、随所に笑いを持ってくる作品とせねば、ならなかったのでしょう。非常にコミカルな作品で、最後まで飽きさせません。
この作品は「無茶なプロットの無茶を無くそうとしたが為に書かれた」酒見氏一流の芸とでもいうべき秀作だと考えます。
(想像終了)
尚、
どこかで読んだ事がある文体だなと感じた文体は、酒見氏自身の文体でした。あまりにもコミカルで、従来とは作風が全く違うので、すぐには思い当たらなかったのですね。
総評:三国志ファンには面白い作品である事に間違いがないと思います。
2005年10月23日
極大射程(上巻)・(下巻)
つまり、三国志を知らない人にも読ませるか、予備知識の無い人を捨てるか。と書いたが、あまりにも無知な人々の為に、作中説明文を入れてスピード感を殺すのはやはり宜しく無い。
極大射程(上巻)・(下巻)は、スティーブン・ハンターの代名詞的作品群、アールとボブのスワガー親子を主人公とするシリーズの第一作であり、圧倒的迫力で読ませる一級のミステリーである。
主人公は息子のボブ・ザ・ネイラーで、彼はアメリカ海兵隊出身の伝説的スナイパーである。退役後、アーカンソーでひっそりと暮らしていたのだが、大司教の徂撃事件に巻き込まれる事となった。クライマックスでは、シュレック大佐指揮の大勢のプロ達と、山中で壮絶な撃ち合いを演じる。
この作品、文句無しに面白いし、敵が使うライフリングマークのトリックも、本当に実行可能なのかどうかは知らないが、かなり唸らせる。無論アクションシーンは胸を熱くさせるし、登場人物がカッコいい。先に書いたが、一級のミステリーであるとも言えるだろう。犯罪小説、ハードボイルド、アクション小説‥‥‥という様な要素は確かにあるが、やはりミステリー、推理小説というカテゴリーが最も正しいだろう。
しかしこの作品を推理小説マニアが高く評価しているという話は聞かない。
初恋の人の事にも書いたが、彼らは頭が悪いので、作品の良さを認識出来ないのかも知れない。確かにそれはあるだろう。しかし僕は思う。彼らがこの作品を理解できないのは、彼らが無知だから
だと。
例えば作中「グレイン(グレーン、grain)」という重量の単位が度々出てくるが、これを単位だと知る者は推理小説マニアには少ない(調査済み)。
ボブの銃、レミントンM700がどんな銃か知っている者は?凶悪な敵、ジャックペインの散弾銃に装弾された十二番径のダブルOバックとは?
彼らには常識が無いとしか言い様が無い。言葉の意味も解らずに読んでいるのだ。
この作品であるが特に、以下の三つのキーワードの意味が解らないと、トリックも最後の裁判劇も、全く意味がわからないという事になる。推理小説マニア達がこの作品を評価できないのは、以下の用語を知らないからであろう。
・ライフリングマーク(旋条痕)
・ファイアリングピン(撃針)
・プライマー(雷管)
彼らがこれらの用語をもし知っていれば、もう少し評価も違ったのではなかろうか。
一応簡単な解説をしておく。
・ライフリングマーク(旋条痕)=発射後のブレッド(弾丸)に残されたバレル(銃身)の溝(ライフル)の痕。バレルの溝は、ブレッドを加速させる為の物。バレルに使われる金属は硬質であり、同じ様に切っていても同じ様には切れないし、工具も毎度痛み形が変形する。つまりライフリングマークは、ブレッドを発射した銃の種類を特定するだけでなく、比較顕微鏡を用いれば一挺の銃を特定する事が出来る。銃器犯罪捜査の常識である。
・ファイアリングピン(撃針)=銃に於いて、プライマーを叩く部分。輪胴式鶏頭銃の場合には、ハンマー(撃鉄)と一体になっている事もある。通常はハンマーに叩かれて前進をする。
・プライマー(雷管)=アミネーション(弾薬、カートリッジとも)に於いて、ケース(薬莢)内のプロペラント(火薬)を起爆させる為のもの。ファイアリングピンに叩かれて発火する。
投稿者 strap : 23:55
2005年12月02日
龍臥亭幻想 (上)(下) 読了
多くの人には今更と言われそうだが、本日島田荘司の「龍臥亭幻想」を読了した。「ネタバレを書くな」と、又頭の悪い連中が騒ぐとウザイので、本質を外す様であるがトリックに関しては以下一切書かない(初恋の人の事や、極大射程(上巻)・(下巻)にも書いたが、ミステリーファンというのは、どうしてあんなにお頭が弱いのだろうと不思議に思う)。尤もこの作品の良さ、というか、島田荘司作品の本質は別の処にあると僕は考える。
未読の方の為に書いておくが、この作品は、「異邦の騎士」及び「龍臥亭事件」の二作を読んでいる事を前提に書いてある。二作を未読の方は、こちらを読んでから読まれた方がより楽しめるだろう。
作品を読んで改めて認識したが、島田荘司という作家はロマンチックな小説を書く作家だ(ロマンチックというのは、美しい景色や色恋の事では無い)。僕が氏の作品で最も好きな作品は「御手洗潔のメロディ」に収められた「SIVAD SELIM」という短編であるが、この作品は推理小説というカテゴリーのモノでは無い(他に挙げるならば、「異邦の騎士」、「数字錠」、「最後のディナー」などが特にロマンチックな作品ではなかろうか?又、「名車交遊録」や「聖林輪舞」などもロマンチシズムを感じる作品と謂える。「季刊島田荘司」各号の、一枚の写真について思い出を語る随筆など、僕は大好きだ)。氏の作品はどれも男の優しさに溢れており、いつも考えさせられる。この作品も、最後の犯人の告白は矢張り読者の涙を誘う(いかし御手洗ものは、最後に犯人から石岡君に手紙が届いて真相がわかるパターン多いなぁ。クリスマスに事件が起きる確立も高いけど)。
世間で島田荘司というと、「トリック重視の作家」というイメージが強い様であるが、僕はどちらかというと、「ロマンチック」だとか、「キャラクターモノ」という印象が強い。無論、最初に読んだ作品は「占星術殺人事件」であり、このトリックには度肝を抜かれた訳であるが、最近はそういったイメージが僕には無かった。しかし今作品は、推理小説の最も肝心な部分とも謂えるこの点も、面白く纏まっていたと感じる。僕自身が楽しめた事は事実だ。
「キャラクターモノ」と書いたついでに書いておくと、本作品では島田荘司の二大キャラクターである御手洗潔と、吉敷竹史が登場する。しかし二人の出番は少なく、又二人の絡みも無いので、二人の活躍を期待するとガッカリするかも。二人の登場は期待しない程度に読む方が良いと思う。
投稿者 strap : 20:53
2006年01月11日
読書感想「ビューティフル・ネーム」
僕がこのブログで読書感想文を書く時は決まって、同じ文句で始まる。
今回も常に従い、同様の書き出しをしよう。
今更と、多くの方は思われるかも知れないが本日、鷺沢萠女史の絶筆、「ビューティフル・ネーム」を読了した。

ビューティフル・ネーム
大学生の頃、多くの女史の作品を読み、「この分野では右に出る者はいないな」と思っていたが、いつの間にかその作品とは疎遠になっていた。初めて読んだのは、図書館で借りた少年たちの終わらない夜であったのではなかろうか。
今回久しぶりに読み、女史の着眼した日常と、それを表現する文章に感嘆せずにはいられない。
今回はその感想を書いてみようと思う。
この作品集はどうやら、「通名」を持つ「在日韓国人」を主役とした一連の作品を納めたものであったらしい。完結している二作は実際そうであるし、冒頭しか書かれていない三作目も「在日韓国人」の女性が主役ではある様だ。三作目は作品として評価する事は難しいが、二作、特に「眼鏡越しの空」は興味深く読んだ。女性的な作品とはこういうものをいうのだろう。少女が大人へと成長していった過程を述懐する小説ではあるのだが、そこにナショナリズムへの目覚めだとか、それに伴なう友情の回復といったものが描かれていて、実に清清しい。
「故郷の春」という作品は、ストーリーを語れば「在日二世の韓国人男性が韓国に留学し、帰国する」というだけの話にしか過ぎず、粗筋をもう少し詳細にしても何故泣けるのか解らない小説であろう。しかしこの小説は泣ける。非常にに泣ける小説である。父と息子を描いた小説であるが、息子の帰郷のシーンが堪らなく好い。悲しい小説では無く、寧ろコミカルで笑ってしまう様な明るい作品なのだが、息子が父親を尊敬している思いが胸を打つ作品である。又そのタイトルにある様に、父の「故郷」である居昌と、息子の故郷である「日本」。二つの故郷をテーマとした作品とも言えるかもしれない。多様な主題を含んだ作品である。
「ピョンキチ/チュン子」という作品は未完で、「ピョンキチ」「チュン子」の2パターンの導入部のみが書かれた作品である。どちらも興味深い導入部であるが、作品となった場合どちらか片方が捨てられる事になったのだろう。職業作家とは、この様に優れた数点の内から最も適したものを選ぶのだろう。考えてみればこれは、多くの職業でも当然の事ではあるが、しかしそれでも感心せずにはいられない。
僕は学生の時分、佐藤健志氏のチングー・韓国の友人という作品に大きなショックを受けた。現代小説の代表的作品だと感銘を受けた訳である。
今回の鷺沢女史の作品群は、これと同様のテーマを扱いながら、しかし佐藤氏の様な暗さが全く無かった。これも鷺沢女史の鷺沢女史らしさであろう。僕は佐藤氏の作品の影響もあり、このテーマがこんなに明るい作品で読める事になろうとは全く思わなかったので、非情に驚いた次第である。
さて、この作品集にはもう一編、「春の居場所」という未完の作品が収録されている。僕がこの作品集を読んだきっかけは、この「春の居場所」を読む為であった。と、いうのも堀北真希ちゃんのdvdで紹介した堀北真希ちゃん主演で映像化するらしいのだ。
公式サイト:《KAERUCAFE Ltd,co. 映画「春の居場所」公式サイト 原作鷺沢萠 新潮社刊》この作品は、鷺沢女史らしい一本であったと僕は思う。「離婚」や「麻雀」といった単語の為もあるが、何と言ってもやはり、少女を表現したその文章が胸を絞める位に苦しいのだ。「初恋」小説であるのだが、その初恋が何とも言えぬ位苦しい。そう、「何とも言えぬ位」。「どう云々だ」とは言えぬのである。その位に切ない。
僕の可愛いあの娘も、高校生の頃はこんな思いをしたのだろうか。
映画の「主演堀北真希」に誰もが異論を挟まない内容であろう。芽衣子は、この世で最も可憐な存在である堀北真希ちゃんの清楚なイメージにぴったりと符合する。
僕はこの作品が大好きだ。僕は男であるので当然この様な思いはした事が無いが、男である僕にまでその様な思いを伝えてしまう女史の筆力に唸らざるを得ない。
投稿者 strap : 23:59
2006年01月30日
読書感想文「名人」
今回の読書感想文は、川端康成の名人です。
この作品、碁の戦いを描いた作品ではあるのですが‥‥‥それよりも家元としての最後の本因坊、本因坊秀哉名人の引退を描く作品、といった方が良さそうです。変革しつつある囲碁界における名人の立場を描き、古い時代の終わりを気の毒に思う作者の視点が描かれています。
僕などは、棋風で棋士の性格を描こうとしてしまうのですが‥‥‥その様な事は邪道らしいです(汗)
しかしこの作品、なぜ対局者の木谷実は実名で登場しないのでしょうかね?
僕が思うにこの作品は、囲碁を、実際の対局を題材にはしていますが、「囲碁小説」」とか、「対局小説」とか呼べるものではなくて、名人という一人の芸術家的存在が、死を覚悟して、死力を絞り、一つの対決を行い敗れる、という話だと思います。実際のところは、名人が病と戦いながら対局する様ばかりが描かれていて、対局の気迫という部分は稀薄。僕自身は少々物足りない感じに思いましたが、主題がそこではないのでしょうから、仕様が無いところでしょうか。
