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2010年03月05日
山月記を音読する - 「東京」を何と発音するかについて
最近の僕の日課は、中島敦作品の内の一遍を、音読する事です。
しかし音読をしている心算が、思わず力が入り、しばしば朗読になって了います。そうなる度に「いかんいかん」と思うのですが、それだけ中島敦の力量が優れているという事の証左でもあるでしょう。
却説、音読する作品はその日の気分によって変えるのですが、中でも山月記は好んで音読する一遍です。しかしこの山月記、なかなかに難しい。
先ず出だしの「隴西」からして、なんと読むべきか、良く解かりません(青空文庫や山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)では「ロウサイ」説、江守徹の朗読
や、最近一押しの端正・格調高い文章を味わう 中島敦 (別冊宝島1625)
では、「ロウセイ」説を採っています)。
現在の隴西県は「ロウセイ」と読まれる事が一般的な為、「ロウセイ」の読みの方が有力な様ですが、それと中島敦が何と読ませたがったかは、本来全く関係のない事です。
偖、「東京」という地名があります。無論ご承知の通り、我が国の首都です(東京という地名は実は多く、三国志では洛陽の別名でもあります。ベトナムのハノイなども、昔は東京と呼ばれており、その名残がトンキン湾です。ですが今回は、我が国の東京都を指す語だとご理解下さい)。
一体この地名は、何と読むべきなのでしょうか?
「トーキョー」と読むべきと、考える方が殆んどではあるでしょうが、場合によっては「トウケイ」と読みます。
これに関しては、東京都公文書館というサイトに詳しく書かれています。
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/01soumu/archives/0715tokei.htm
僕の好きな山田美妙(今年、没後100年目です)の代表作である「武蔵野」も例に引かれ、「トウケイ」という読みが紹介されています。 (参考→ 青空文庫;武蔵野)
鳥渡引用してみましょう。
慶応四年(一八六八)七月十七日、「万機ヲ親裁シ億兆ヲ綏撫ス」と天皇親政を掲げた詔書が出され、そのなかで江戸は「東国第一ノ大鎮、四方輻輳ノ地」であるとして、「自今江戸ヲ称シテ東京トセン」と、江戸は東京と改称された。そして、それまで京都を御座所とした天皇は東京へ行幸し、そのまま居続けた結果、事実上の遷都が行われた。こうして「京=みやこ」は東へ移ったのである。
このとき、江戸は東京と称することとなったが、そこに振りがながあるわけでもなく、読み方について「トウキョウ」「トウケイ」のどちらを採用すべきかについては、根拠となるような法令が出たわけでもなかった。
ここで、明治初年の小説に「東京」が登場する場合、そこに付された振り仮名に注目すると、「トウキョウ」読み「トウケイ」読みとも、それぞれ次の諸例をあげることができる。
(後略)
これは一体何故なのか?
前述した東京都公文書館から(遡って)もう一度引用してみます。
「京」には「キョウ」のほかに、「京師(ケイシ)」のように「ケイ」と読む場合がある。より専門的にいえば、「キョウ」は呉音、「ケイ」は漢音での読み方である。
呉音とは、古代中国の呉の地方(揚子江下流)から伝来した音で、多く僧侶により用いられた。「行=ギョウ」とする読み方である。また漢音とは、唐代長安(今の西安)地方で用いられた発音で、遣唐使、留学生などによって奈良時代・平安初期に輸入された。「行=コウ」とする読み方である。こちらは、主に官府や学者に用いられた。
(中略)
同じ漢字を同じ意味で用いる場合であっても、呉音で読むか、漢音で読むかは、学問の系統により、それぞれに読みならわし方があったことがうかがえる。『浮世床』の儒者孔糞は、壁にはりつけてある寄席のちらしを見て、「今昔物語(いまむかしものがたり)」を「コンセキブツゴ」、「朝寝坊夢羅久(あさねぼうむらく)」を「チョウシンボウボウラキュウ」と漢音で読み、勘違いしたうえで小難しく講釈してみせる、その滑稽さのなかに、儒者は漢音を用いるという慣例が見てとれる。
たしかに、江戸時代の漢学者太宰春台は、『和読要領』のなかで「長安ヲ西京(セイケイ)西都ト称シ、洛陽ヲ東京(トウケイ)東都ト称ス」と、京の字を漢音で読んでいる。また一方で、『日葡辞書』では、東方の都の意味で「Tôqio」の語が収録されている。
このように、日本で「東京」が地名となる以前から、「東方の都」という意味での「東京」という語彙は存在した。そして、「京」には漢音「ケイ」、呉音「キョウ」と二通りの読み方があり、学問の系統によって、漢音呉音をそれぞれ使い分ける慣例があった。こうした背景から「東方の都=東京」の読み方は一定せず、「トウケイ」とも「トウキョウ」とも読みならわされていたであろうと考えられるのである。
つまり、「トウケイ」は漢音であり、漢学者達はこちらを好んだ、という訳ですね(註:「日葡辞書」とは、日本語をポルトガル語にした辞書の事です)。
却説、実際中島敦が「隴西」を何と読ませたかったのかは解かりません。
現在出ている書籍では、前述したように「ロウセイ」と「ロウサイ」の二種類の振り仮名が用いらています。
そして西の発音は、「セイ」が漢音、「サイ」が呉音です。
僕自身は「ロウサイ」と読む音が好みなのですが、中島敦が漢学の素養を持っていた事を鑑みるなら、「ロウセイ」の方が、どうやらより正しそうではありますね。
と、山月記は出だしからして、読むのが難しいのです。
中島敦「古譚」講義という本があり、僕はこの本の内容がイマイチピンと来なかったのですが、この本で著者は、中島敦の作品は音読すべきではないと主張しています。
僕自身、その意見自体は暴論なんじゃないかと思うのですが、確かに何と読むべきか解からない(迷う)箇所は多く、然う言いたくなる気持ちも解からぬではありません(この著者は、「白露」の語を問題としています。「しらつゆ」と読むか「ハクロ」と読むか、という事ですね。この著者自身は「しらつゆ」と読む方が美しいと考えている様ですが、僕は「ハクロ」の方が気持ちいいと思います)。
わざわざ冒頭から「虎榜」と、虎の字を用いた事からも分明る様に、字形によるイマジネーションの喚起をも意識した作品ではあるからです。
一理あるかも知れません。
「弟」という字は「弟妹」をはじめ、「師弟」、「門弟」、「実弟」、「舎弟」、「子弟」、「高弟」、「姉弟」、「賢弟」などと使う様に、「テイ」と読む場合があります。
この「テイ」という音も、漢音です。
なので、牛人 (と「弟子」)というエントリーで「弟子」という作品名を何と読むかという事に軽く触れましたが、やはり「テイシ」と読むべきなのでしょうね。
**********
漢字の読み方についての蛇足
このサイトは三国志に関するものですので、ちょいと又例を出しますと、曹操の息子「曹植」を何と読むか、という問題もあります。
文学では慣例的に「ソウチ」と読み、三国志の登場人物としては「ソウショク」と呼ばれる事が多いようですが…… 南飛烏鵲楼さんが詳しいようですので、リンクを設けておきます。
http://taketaturu.blog68.fc2.com/blog-entry-124.html
「和尚」を何と読むか? など、この手の問題は実に難しいです。
**********
今度は全くの蛇足。
以前、三国志と囲碁(3)というエントリーで軽く紹介した、「精魂の譜 棋士加藤正夫と同時代の人々」が本になっていました。

今一度紹介しておきます。
記述者 strap : 2010年03月05日 22:28
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