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2010年02月27日

国語教科書の「山月記」に違和感

以前複数の資料に当たるという事という記事で、教科書の間違いを指摘しましたが、今回も似た様な内容かもしれません。

ご存知の様に中島敦の作品は、旧字体旧仮名遣いで書かれており、今我々が読む作品の多くは、新字新仮名で書かれています。
その過程で、今日使わぬような「其の」を「その」と開いたり、各出版社工夫している訳です。
「山月記」を少し引用してみましょう。

青空文庫 旧字旧仮名

この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。

端正・格調高い文章を味わう 中島敦 (別冊宝島1625)

この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。

青空文庫 新字新仮名

この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、かつて進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。

(微妙な違いなので判りづらいかも知れませんが)一番上の「青空文庫 旧字旧仮名」に対して、「端正・格調高い文章を味わう 中島敦 (別冊宝島1625)」は最も忠実に漢字を残していますが、あとの二つはそれぞれ少しづつ開いています。

偖、先日高校生用の国語教科書に納められた「山月記」を読む機会を得ました。ISBNなどが書いてないので、どう表現したら良いのか分かりませんが、明治書院の「精選国語Ⅱ 二訂版」という本です。

僕はこの本の「山月記」を見て、すぐに違和感を覚えました。
簡単に言うと、「膝を俗悪な~」を「ひざを俗悪な~」の様に、漢字を開き過ぎていて、ひらがなだらけなのですが、それだけではなく、漢字が変更されているのです。
先ほどと同じ文を引用してみましょう。

このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、かつて進士に登第した頃の豊頬の美少年の面影は、どこに求めようもない。

おわかり戴けたでしょうか?
漢字の開き方が甚だしいというのもありますが、それよりも「俤」が「面影」に改められています。
この直前でも

しかし、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。

と改変しています。ここは本来
しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。

という部分で、「揚らず」を「揚がらず」に、「逐う」を「追う」に改変しています。
改変の酷い一文を前半からもう一つ抜き出すと、
或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

が、
ある夜半、急に顏色を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下に飛び下りて、闇の中へ駆け出した。

になっています。

起上る→起き上がる
とび下り→飛び下り
駈出した→駆け出した

と、送り仮名を変更したり、勝手に漢字に直したり、漢字を変更したりと、無茶苦茶なのです。

作品は現代人が読む物ですから、仮名遣いを改めたり、漢字を開くのは、当然の行為だと思うのですが、こういう改悪は、如何なものでしょう?
これで作品の質が著しく下がるというものではありませんが、何故こんな事をするのか、解かりません。
漢字が難しいから改めた……というのなら、冒頭の

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

という一文の中に、何度見慣れない字が出てくる事でしょう。

慥かに「逐う」や「俤」、「駈出す」は一般的ではないかも知れませんが、ならば字を改めず、開けば良いだけの話だと、僕は思います。
送り仮名も、「起上る」は間違いで「起き上がる」が正しいとしたいのでしょうね。僕自身の好みを言えば、「起き上がる」の様に、送り仮名は一字多い方が字面が美しいとは思いますが……しかしそうだからと言って、筆者が選んで用いた送りを改変するのは、どうかと思います。
文部省(当時)の方針なのか、教科書会社の方針かは知りませんが、作品を改変し過ぎている様に思えてなりません。

送り仮名に関しては、文科省のサイトを見ると、

許容 読み間違えるおそれのない場合は,次の( )の中に示すように,送り仮名を省くことができる。

〔例〕 書き抜く(書抜く) 申し込む(申込む) 打ち合わせる(打ち合せる・打合せる) 向かい合わせる(向い合せる) 聞き苦しい(聞苦しい) 待ち遠しい(待遠しい)

田植え(田植) 封切り(封切) 落書き(落書) 雨上がり(雨上り) 日当たり(日当り) 夜明かし(夜明し)

入り江(入江) 飛び火(飛火) 合わせ鏡(合せ鏡) 預かり金(預り金)

抜け駆け(抜駆け) 暮らし向き(暮し向き) 売り上げ(売上げ・売上) 取り扱い(取扱い・取扱) 乗り換え(乗換え・乗換) 引き換え(引換え・引換) 申し込み(申込み・申込) 移り変わり(移り変り)

有り難み(有難み) 待ち遠しさ(待遠しさ)

立ち居振る舞い(立ち居振舞い・立ち居振舞・立居振舞) 呼び出し電話(呼出し電話・呼出電話)

とは有るのですが……

以前孫康映雪 車胤聚蛍というエントリーで、教科書が原文を改変していると書きましたが、教科書とはそういうものなのかも知れませんね。「学生が分かり易い様に、簡単に直しとこう」みたいな気持ちで、改変をするのかも知れません。

************
却説、改めて別にエントリーを設けようと思っていましたが、面倒なのでここで紹介します。
世界文学のなかの中島敦

以前僕は、中島敦 弟子(1)というエントリーで、子路とシモン・ペトロの類似性を指摘しましたが、この本でも指摘されています。この指摘はキリスト教圏の人には皆思い当たる考えなのかも知れません(シモン・ペトロの頭文字と尻文字が「し」と「ろ」である事も、面白い一致ですね)。
この本が最もユニークなのは、「The Moon Above the Mountains」というタイトルの、「山月記」の英訳が付けられている事です。
「山月記」の素晴らしさの一つは、その日本語の美しさにある訳で、英訳で読んでもなあ~と考えては了いますが、まあ中々面白くは読めますよ。別物の、英語の勉強だと思って読むと良いと思います。

「The Moon Above the Mountains」を直訳すると、「その山々の直上のその月」ですが……これで良いんですかね? 自分のイメージとは、少し違う気がします。

記述者 strap : 2010年02月27日 06:28

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