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2010年02月24日

荒野の七人は、最高の映画か?

僕は常々、「荒野の七人は、最高の映画だ!」と主張をしています(当ウェブログ内でも、恐らく何度も同じ発言をしていたと記憶します)。
無論僕の中では然うで、主観で謂えばこれは間違いの事実なのですが、しかしこれに賛同する人々は多くない様に思います。それどころか、「映画ファンが選ぶベスト50」の60年代部門にも、ノミネートされない様なトホホな感じです(尤も60年代は映画の全盛期で、素晴らしい作品が多いのも事実ですが)。

「まあ、これは個人の好みの問題だしなあ~」などと客観視していた心算でしたが、最近違うのではないかなあ~と、思うようになってきました。
この映画を本当に評価しているのは、「現代の社会的弱者の生活や苦悩を知っている者なのではないか」、と思い始めたからです。

荒野の七人

荒野の七人という作品には素晴らしい部分が多くあり、僕の小説作品のストーリーは、全て荒野の七人の影響を受けています。しかしこの映画の最も素晴らしいところは、この映画が優しい人を肯定している事だと思います。

荒野の七人という映画は、ユル・ブリンナー達ガンマンの物語なのですが、彼等は普通の暮らしをする人に、疎まれています。そういう生活が厭で、マックイーンの演じるヴィンは就職活動をするのですが、全く巧くいきません。現代で言えば彼等は、契約社員や派遣社員の様な、社会的弱者に相当するのではないでしょうか? 真面目に働きたい、真っ当な生活をしたい、所帯を持ちたい……と考えながらも、世間に冷遇されている人々です。

偖、一方敵方のイーライ・ウォラックを見ますと、こちらも同様の環境である事が推測されます。
実はユル・ブリンナー達七人とイーライ・ウォラックに、然程の際は無いのです。
しかしその僅かな差が、大きな差になっているのではないでしょうか?

平成20年6月8日、秋葉原という電気街で、通り魔殺人事件がおきました。
彼は世間を怨んでいたのでしょう。無関係の人々を殺傷し、現行犯逮捕されました。死者7名、負傷10名の大事件です。
彼自身の境遇を考えると、同情するべきところもあり、事件に至った経緯にも「解からんじゃない」と思える事もあります。又、彼のこの直訴的行動が、多くの社会的弱者への待遇改善を促す切欠になるかも知れない……という側面も持ってはいます。
切羽詰っていて、本人にとってはこうやって憂さを晴らすしかなかったのかも知れません。

しかし、矢張りこれはいけない行為なんですよね。
荒野の七人という作品が何故優れているのかというと、「世間に虐げられているからと、世間を怨んではいけない」という事を教える映画だからだと思います。

イーライ・ウォラック達カルベラ一味は、食料が無い為に人々を襲い、略奪をしています。これはカルベラ一味だけの問題ではなく、カルベラ一味を必要とはしない社会の問題でもある訳です。
生活の為であり、前述した通り魔事件の犯人とは、少し違うかも知れませんが、自分自身の事情の為、全く関係ない人々を苦しめている事にかわりは無いと思います。本人達の理屈では、「仕方ない」というものかも知れませんが、どんな理由があれ、自分の利益の為に人を平然と虐げる事の出来る精神の人々です。
一方ユル・ブリンナー達七人は、同じ環境でありながら、そうは考えていません。ブラッド・デクスター演じるハリーも、金に目がくらんで仲間になりましたが、しかしカルベラ一味の様な野盗とは矢張り違います。人を苦しめずに幸せに成ろうと、もがいています。
苦しい時、誰かを苦しめる事で楽になるのかも知れません。貧しさの為に、他の人から物を奪う行為が当たり前と思える時があるかも知れません。しかし、そうしないかっこよさというのがあるのです。

偖、社会的弱者となった場合、どちらの生き方が正しいのか。それは僕には解かりません。しかし人間社会全体の秩序を守る観点から考えた時、カルベラ一味の様な生き方は、迷惑以外の何物でもありません。被害当事者にとって見れば、相手の事情などは考えられず、ただ悪としか見る事は出来ないでしょう。
この映画は、最後にカルベラ一味が滅び終わりますが、七人にも犠牲が出ましたし、又生き残った人が得をした訳でもありません。恐らく今後も苦しい生活が続くでしょう。

しかし、それでも七人はかっこよく見えます。

「そんなの痩せ我慢じゃないか」というのは尤もな意見ですが、自分の利益の為に憎悪を振り撒くよりも、人の為に生きる人生の方がかっこ良いし、折角の一度きりの人生ですから、かっこ悪く生きるより、かっこ良く生きてみたいじゃないですか。
たとえ他人にその生活水準の低さを侮蔑されようと良いのです。胸に誇りを持って生きたい。

人を怨み、嫉み、呪いながら生きるよりも、人には優しく生きたい。
荒野の七人は、苦しい立場の人間に然う思わせる様な映画です。
物語の構成自体が、そんな社会的弱者の葛藤と同じ構造を持っている事が、素晴らしいのだと思います。

尤も、この映画は正義が悪を倒す単純な映画だと思って見る方が良いのかも知れません。幸せに生きている人には、社会的弱者の境遇などわかりはしませんし、わからなくても良いのですから。

記述者 strap : 2010年02月24日 06:24

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三国志 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

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