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2008年01月25日

小説というジャンルが得意なシーン

映画やTVドラマ、漫画など、視覚に直接訴えるタイプの媒体で制作された一流の作品を見ていると、かっこいい画に感嘆を上げる事がしばしばあります。火花飛び散る剣劇やワイヤーで吊った様な跳躍、目標を追いかけるミサイルの軌跡、町を疾走するGTカー、巨大な物体の存在感。アクションシーンに限らず、魚雷の発射管を開くだけでも、そこには視覚に直接的であるが故のかっこよさを感じずにはいられません。
これ等の媒体と比較すると、小説と言うのは実にアクションシーンを苦手とする媒体である事を認識させられる。僕は以前、剣戟のリズムというエントリーで、得意なものを「剣戟、銃撃、逃走劇」と述べたし、それらを小説として巧く表現する自信はあるが、それとて映像作品と較べれば、アクションとしての爽快感や躍動感に大きく欠ける。誰が書いても、一流の映像作品を越えるアクションシーンは書けないであろう。

こう考えた時、小説が何を得意としているのか見えた気がした。
動を得意とする媒体は、静を不得手とするものらしい。

作品においてアクションシーンを生かすのは、下準備である。これは基本的にどの媒体でも同じ事であるが、アクションシーンを物語中で意味のあるシーンにする為には、理由付けが必要となり、理由を視聴者(若しくは読者)に説明せねばならない。派手なシーンでは無いが、アクションの必然性の為に描かざるをえないシーンである。物語はアクションシーンだけでは成り立たないのだ。

さて、動くものを表現する媒体では、こういうシーンを退屈に撮らない(若しくは描かない)事は大変に難しい。変化に富まないのだ。
例えば漫画で、二人の人物が居て、一方が一方に悪の組織について説明するシーンが有ったと、そう考えていただきたい。もしここで何の工夫をこらさなければ、ただの単調な会話のコマが進むだけの、実に単調な作品になってしまわないだろうか? 実際の漫画等を見ると、こういうシーンを単調に描かない為に、何らかの工夫がなされている事に気付く筈である。

一方小説を見ていると、こういう動きの無いシーンは実に多い。そしてそれが退屈どころか、逆に面白い作品さえあるのだ。
小説とはいえ、ただ長々と書いてしまっては流石に退屈になってしまうが、小説は実にこういうシーンを得意としている様に思う。

アクション小説を面白く書くコツの一つは、こういうシーンを利用して、後々の為の仕掛け(伏線)を用意しておく事では無いかと、そう気付いた。

追記;
無論人の心情だとか、そういう事は各媒体なりの表現方法がある。
映像作品では、同時に複数の人の思考を表現する事が(やろうと思えば)可能だが、先に述べた理由で冗長なやり方は好ましくない。小説では逆に、複数の人の心理を同時に表現する事には不得手であるが、その深度を好きなだけ掘り下げる事が可能である。
これは視聴者(若しくは読者)と、主人公との近さであろうと思う。小説は画が無い分、主人公に感情移入をしやすい媒体であるので、この様な得手不得手が出来るのだと思う。
何にせよ、一長一短と言うところであろう。

投稿者 strap : 2008年01月25日 22:26

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