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2007年12月11日
司馬防-後漢時代に現れたサンジェルマン伯爵
このエントリーは司馬八達の先祖達の続編であり、司馬八達-司馬朗・司馬懿の弟達で語った司馬八達の父である司馬防、字建公を紹介する。
三国志の敵役八名の父だけあって、その人物は奇怪である。
この人物は先に記述した様に、「魏書 劉司馬梁張温賈伝第十五 司馬朗伝」の註によると、建安二十四年に七十一歳で死んだそうだ。建安二十五年の十月に禅譲が行なわれているから、後漢の本当に末に死んだ事とになる。建安二十四年は、西暦で言えば、219年である。
しかしこの七十一歳というのは明らかにおかしい。建安二十四年に七十一歳で死ぬ為には、149年生まれの筈だからである。
先日115年の司馬鈞の死亡を書く「西羌伝第七十七」を紹介したが、同じこの部分に、司馬防は登場している。
章和元年、復た諸種の歩騎七千人と与に金城の塞に入る。従事の司馬防を遣わして千余騎及び金城の兵を将いて木乗谷に会戦せしむ。
この記事は、司馬鈞の死亡を書く記事よりもずっと前に書かれている記事である。つまり、115年より前の記事なのだ。
では実際に章和元年が何年なのかというと、87年の事であり、章帝治世の頃である。司馬防が死んだとされる建安二十四年の132年前であり、この人物は150年近くは生きていたという計算になる。
信じられない話であるが、司馬防という男はとんでもなく長命であった様だ。
司馬防という人間は、悪役達の父に相応しく、常人では無いのかもしれない。
投稿者 strap : 2007年12月11日 22:02
コメント
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三国志 全8巻セット (ちくま学芸文庫)
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尚「正史」とは、「正しい歴史」という意味ではなく、「ある国家によって認められた歴史書」の事で、三国志は正史の中でも特に評価は高い部類に含まれます。紀伝体という記述方法で書かれており、三国志は本紀(皇帝の伝記と、その治世の記録の事)と列伝のみで書かれています。
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三国志演義は三国志演義で面白いのですが、そのモチーフとなった史実を知る為には、先ず三国志を読むのが良いと思います。
読み易い文庫版で、入門用に最適ですよ。