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2007年12月03日
班固の奕旨と馬融の囲棋賦
固と融という妙も興味深いが、奕旨と囲棋賦について今回は書こうと思う。
「はたしてゲームの攻略本か?」という視点で違いを述べたい。
尚僕は、原文ではなく、訳文を読んだので、若しかしたら微妙なニュアンスで間違っているかもしれない。その時はご容赦願いたい。
班固と馬融については、廬植の学派:劉備が教授された学問を参考にして戴きたい。
前述のエントリーの通り、馬融は班固の一世代後の人物であり、当然の事ながら囲棋賦は奕旨よりもより実践的である。そこには大きな違いがあると言っても良い。
班固の奕旨が、囲碁を「運が関係し無い、実力だけのゲームである」という事を述べるに止まるのに対し、囲棋賦は
先ずは四道を占め、隅を保ち傍らに依る。辺に沿ってさえぎまもり、互いに望みあう。馬の目の如く離ればなれに、雁の列の如く連なり並び、高く低く間をあけて布置して中央に進み出で、[違いつつ重なりつ、翼を振るって左右に飛びはせる。道狭く敵多ければ、遠行するすべもなく、棋子が多くとも策がなければ、群れ集う羊に異ならない]
と、今日の入門書と同じ程度の内容を、簡素に伝えている。([]内は、「玄玄碁経」には無い部分で、「古文苑」によって補われた部分。「玄玄碁経」での「奕旨」「囲棋賦」は「芸文類聚」等の類書とほぼ同等であるが、「古文苑」や「漢魏六朝百三家集」などは約二倍の文量を持つそうだ。)
又、班固が囲碁を天文や政事、治水、謀略、軍事など多くの喩えを用いて解説しているのに対し、馬融は一貫して軍事に喩えている。
奕旨というのは、囲碁を知力のゲームである事を説き、博打とは違う知的興奮の為の遊びであり、修練次第で勝てるようになるゲームである事を説いた文章である。今日の言葉で言えば、確定ゲームである事を述べたもので、言わば先ずの心構えを説いた書と言えるだろう。決してゲームの攻略本では無い。
一方馬融の囲棋賦は、より実践的なテクニックを手ほどきした書である。「中央より辺、辺より隅を重要視する」など、勝つ為の方法を教えた書なのである。こちらは紛れも無く攻略本の類と言えよう。
投稿者 strap : 2007年12月03日 00:13