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2007年11月23日
司馬八達の先祖達
以前司馬八達-司馬朗・司馬懿の弟達という記事を書いたが、今回は司馬八達の先祖の概要である。
どこで重なるかは定かでは無いが、「魏書 和常楊杜趙裴伝第二十三」によると、「……司馬朗早有声名其族兄芝……」と、司馬芝は司馬朗の族兄であるというので、司馬芝の先祖も古くなれば同じであろうと思う。
さて、「帝紀第一(宜帝紀)」によれば、司馬卬がその先祖である様だ。この人物は、「楚漢間、司馬卬為趙将、与諸侯伐秦」とある様に、項羽の時代の人物である。元々は趙の将だったのだが、項羽に働きを認められ殷王に封じられている。その後は風見鶏の様に劉邦に付いたり項羽についたりと、その時強い者に尻尾を振って生き延びた様だ(「高祖本紀」、「陳丞相世家」)。
その司馬卬から八代下ったのが、征西将軍の司馬鈞。字叔平。この人は命令違反の部下を見殺しにして、この罪で監獄に入るが、獄中自殺でこの世を去ったという事だ。この下りは「孝安帝紀第五」ではただ「右扶風仲光、安定太守杜恢、京兆虎牙都尉耿溥与先零羌戦於丁奚城。光等大敗並沒。左馮翊司馬鈞下獄自殺」と簡単に書かれるのみだが、詳細は「西羌伝第七十七」にある。
「(元初二年)左馮翊の司馬鈞を遣わして征西将軍を行なわしめ、 右扶風仲光(等を)督さしめた(中略)。合して八千余人。(中略)釣等独進し、攻めて丁奚城を抜き、大いに克獲す。(中略)光等は鈞の節度に違い、兵を散じて深く入り、羌乃、伏を設けて要えて之を撃つ。鈞、城中に在って怒りて救わず。光等並びに没し、死者三千余人。鈞乃ち遁れて還り坐して徴されて自殺す」
又、従事中郎だった当時の負け戦が「鄧寇列伝第六」に一行だけ書かれている。
それらによると司馬鈞は、どうも羌という異民族と戦い続けた人物であるらしい。
その征西将軍の司馬鈞の子が豫章太守司馬量、字公度。司馬量の子が、潁川太守の司馬儁、字元異。司馬儁の子が、京兆尹司馬防、字建公である。そしてその司馬防の八人の子が、司馬八達となる。
さて、その司馬防であるが、実は相当に長生きである。「司馬彪序伝曰」として「魏書 劉司馬梁張温賈伝第十五 司馬朗伝」の注に書かれた部分によると、建安二十四年に七十一で死んだとあるが、本当に建安二十四年に死んでいるとしたら、七十一で死んでいる筈が無いのである。それについては又後日改めて書く事にしたい。
投稿者 strap : 2007年11月23日 00:12
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