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2007年03月13日
廬植の学派:劉備が教授された学問
まず最初に断っておきたいのは、以下は「検証された事実」ではなく、飽くまでも「着想」であるという事。
しかし面白いと思う。
また本エントリーのカテゴリーは、三国志の歴史的事実では無い事も、予めお断りしておく。
さて、廬植と言えば、三国志演義で
伊尹の志有れば則ち可なるも、伊尹の志無くんば則ち纂なり。なんて事をいう劉備、公孫サンの師である。
事実、史実としても両名の学問の師であり、又鄭玄の友人であり、馬融の弟子でもある人物だ。公孫サン以外の名は、社会科や漢文の講義で良く目にする名であろう。
さて、馬融に関しては一度三国志と囲碁(1)で触れたが、「囲棋賦」という囲碁の手引書で知られた人物である。
この馬融以外に後漢時代に囲碁の理論書で知られた人物に、奕旨の班固がいる。
参考→班固の奕旨と馬融の囲棋賦
囲碁の理論書で知られたこの馬融と班固であるが、実は接点が無い訳でも無い。
寧ろ、同じ学派であるとさえいえるのだ。
というのも、「後漢書 列女伝第七十四」の「扶風曹世叔妻者」から始まる部分に、「班彪の娘の昭に、近所の馬融さんは、蔵書閣で文字について習いました」という意味の内容があるのだ。
班固は班彪の息子であり、班昭の兄である(正史の一である「漢書」は、班彪から班固に受け継がれ、班固の死後班昭と馬融の兄続が完成させた)。
この事から、馬融と馬続は、班氏の学派に所属していると見て良いだろう。
また、班固と、馬融が共に囲碁を研究している事から、班氏の学派は囲碁を学問に取り入れていた可能性は高い。
さて、問題の廬植であるが、馬融の熱心な弟子であった事が、「呉延史盧趙列伝第五十四」に記されている。彼も系統としては、班氏の学派に所属する事になるだろう。
ならば、師の仕事の一つである囲碁の理論も受け継いでいる可能性は高い。
さて、こう考えると、当然劉備も系統としては、班氏の学派の一員と見て良いと思う。
ならば、経学や史学、軍学だけではなく、劉備も囲碁の手ほどきを受けたのではあるまいか?
そう夢想する余地は、充分にあると思う。
如何であろうか?
記述者 strap : 2007年03月13日 03:54
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いわずと知れた、三国志漫画の最高峰です。香港人の陳某氏が香港・台湾の雑誌で連載をしており、世界的な人気が有ります(これはその日本語翻訳版です)。
主人公は司馬懿と燎原火(趙雲)で、三国志物語を大胆なアレンジで描いているところが人気の少年漫画です。史実とは年齢が合わない等、大幅に改変された設定や追加されたキャラクターも沢山いますが、それが気にならない(というよりも、寧ろそこが良い)程面白い漫画だと思います。
三国志 全8巻セット (ちくま学芸文庫)
ちくまの全訳三国志の文庫版を、セットで売っています。「三国志」は、西晋の陳寿が記した歴史書で、三世紀(つまり三国志の時代に近い年代)に書かれた、正史のうちの一つです(正史は「二十四史」と言う様に、複数存在します。「後漢書」や「晋書」も正史の内の一つです)。この訳本では、裴松之という人によって付けられた注釈も、同時に収められています。
尚「正史」とは、「正しい歴史」という意味ではなく、「ある国家によって認められた歴史書」の事で、三国志は正史の中でも特に評価は高い部類に含まれます。紀伝体という記述方法で書かれており、三国志は本紀(皇帝の伝記と、その治世の記録の事)と列伝のみで書かれています。
主役とも言える曹操の事は、主に魏書の「武帝紀第一」という部分に書かれています。曹操の息子の曹丕が「文帝紀第二」、孫の曹叡が「明帝紀第三」、そしてそれに続く「三少帝紀第四」の四つの部分が、「本紀」の部分です。
三国志演義の主役である劉備は、蜀書の「先主伝第二」、諸葛亮は「諸葛亮伝第五」、関羽や張飛は「関張馬黄趙伝第六」という列伝部分に納められています。
「魏志倭人伝」と俗にいう文章は、魏書(魏志)の「烏丸鮮卑東夷伝第三十」という場所に収められています。
三国志演義は三国志演義で面白いのですが、そのモチーフとなった史実を知る為には、先ず三国志を読むのが良いと思います。
読み易い文庫版で、入門用に最適ですよ。