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2006年11月24日

曹操の祖父、曹騰

「三国志」は曹操を中心に、同時代の人の事を書かれているし、又「三国志演義」で曹操は、魅力的な敵役を務めている。
さて、その曹操の祖父、曹騰については、正史では「宦者列傳第六十八」に書かれている。

それによると、

曹騰字季興、沛国譙人也
という事なので、四男であるらしい(事実「三国志 武帝紀」の裴松之注は司馬彪の「続漢書」を引き、父の名を「節」として、三人の兄がいた事を記している)。
この後、
安帝時除黄門従官
と続くし、
順帝在東宮、鄧太后以騰年少謹厚、使侍皇太子書、特見親愛
とある。「使侍皇太子書」とは、皇太子(後の順帝)の読書の相手役であった事を示すそうだ。
順帝は115年産まれ、安帝は125年没であるから、155年産まれの曹操とは40~50位歳が離れていたのであろう。

その後、中常侍となり、桓帝を天子に立てる事を決定した勲功で、「費亭侯」という亭侯に封ぜられる。
その後「遷大長秋、加位特進」と続く。ここは「三国志 武帝紀」本文にも、

桓帝世、曹騰為中常侍大長秋、封費亭侯
と同じ様にある。

さて本文は以後、

騰用事省闥三十余年、奉事四帝、未嘗有過
と続く。四帝というのは、順帝、沖帝、質帝、桓帝の四帝を指している。その後も
其所進達、皆海内名人……
として、具体的な名人の名前が挙げられている。

そして最後に書かれているのが、曹騰の収賄疑惑である。
蜀郡の太守が、計吏(会計報告の為に群から中央に派遣される役人)を使って、曹騰に賄賂を贈ろうとしたらしい。これを益州刺史のチュウ暠が見つけ、曹騰を弾劾して罪を按じる事を請うた。しかし帝は「書自外来、非騰之過」と言い、不問にしたという。曹騰はこの件でチュウ暠を怨む事をしなかったし、能吏であると称えていた。人々はこれに感嘆したと云う。
チュウ暠は後に司空に成った時、「今身為公、乃曹常侍力焉」と賓客に言ったという。

上記に見られる様に、曹騰という人物は比較的高い評価の人物の様である。
袁紹が陳琳に書かせた檄文に見られる様な悪評は無い。

尤も、「桓帝を天子に立てる事を決定した勲功」とは即ち、外戚である梁冀に協力したという意味でもあろうから、真の人格者であったか否かについてはやはり、疑問の余地を大きく残す。

投稿者 strap : 2006年11月24日 01:11

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