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2006年09月12日

赤壁鏖兵 第一回 「一等闘艦「南京」 第一種主艦橋」

「艦首衝角大破!」
「艦首第一、第二装甲板損傷」
 敵艦の片舷斉射をまともに受け、水押が歪む。連合艦隊の指揮を執る周瑜の脇で、艦長が艦の損害報告を矢継ぎ早に受けていた。
「左舷被弾多数、火災発生!」
「第二、第三弩弓損傷」
「推進出力、四割七分まで低下!」
「兵員室、発石式加農砲の直撃を受け、損傷甚大!」
 呉が誇る連合艦隊旗艦、一等闘艦「南京」。しかしその姿も、今は無残である。
 北軍の攻撃は苛烈を極めた。この不沈を自負した巨大闘艦も、所詮は木造艦。今や沈没を待つのみである。方向舵を失った「南京」は大きな孤をを描き、僅かに進路を右に傾けていた。
 護衛を務める第三戦隊の一等闘艦十二隻も、その旗艦である「林黛玉」を失い、「賈探春」、「秦可卿」「史湘雲」の三隻が水上に浮かぶのみである。巨大な弩から放たれる火箭と、砲塔から打ち込まれる石弾は、正確かつ、密度があり、呉連合艦隊の艦船を次々と各個に撃破していった。そもそも呉連合艦隊と北軍では数が違い過ぎるのだ。
「駄目です、大督。我々の火力では、全く歯が立ちません!」
 振り返る艦長の顔を、情け無い顔で周瑜は見つめた。こんな事なら降伏しておけば好かったのだと、歯噛みする。
 劉備配下の諸葛亮は勝てると言った。しかし、曹操の軍事力は強大で、とても今の呉軍が敵う相手ではなかったのだ。周瑜は諸葛亮の口車に乗って了った事を、酷く後悔した。ここで呉軍は大敗北を喫し、本土は蹂躙されるしか無いのだと思う。
 その時!
 その時水中に、後方から「南京」を追い抜く小さな影が二筋有った。艦船の巡航速度を大きく上回り、推進剤の気泡を棚引かせる影。
 それは正しく、河の流れを切り裂き進む、酸素魚雷の影であった。
 周瑜が発とした瞬間、又二本の酸素魚雷が「南京」を追い抜いていく。
 と。
 前方では大爆発が起き、四隻の蒙衝が爆音をあげ、轟沈を始めた。
 突然の未知の兵器を前に、敵が浮き足立つのが、遠く離れていてもわかる。
 否。驚嘆しているのは、周瑜とて同じであった。
 と、突然「南京」右舷側の水面が盛り上がり、巨大な沢蟹が浮上する。
 否。
 沢蟹と思えたのは、巨大な二本の挟みを持つ、鋼鉄製の平たい潜水艇であった。圧搾酸素を噴出させ、全幅二丈超の巨大な骸を急速に浮上させる。
 その鋼鉄の巨大な沢蟹の正体は、劉備軍の決戦兵器である、戦略級潜水艇、河川に潜航して機雷の敷設や魚形水雷の発射並びに爆雷の射出を行なう周家湾の船渠で艤装した小型軍船「迪斯艾斯瑪琪納」であった。
 酸素魚雷を後方で四発発射したばかりであるにも関わらず、もう船足の速い「南京」の隣に着けている。小型とは雖も、何という機動性であろう! これは、現代人の叡智を結集しても作る事は出来ぬ、神具たる兵械であるのだ。しかもその鉄艦は、太上老君李耳と並ぶ法宝制作の大家、仏九沙菩薬祈伊博士の制作である。尚の事、人の力の及ぶ性能では無い。
 潜水艇を沢蟹に譬えれば、その口器にあたる部分から、黒い人物が胸から上を寝そべる様に出している。この、潜水艇に合体しているその人物こそが、劉備軍の部将、漆黒の躯周倉であった。漆黒の躯を持つ周倉は、元は黄巾の賊が用いた黄巾力士という殺人人形であり、戦略級潜水艇を制御する事を目的として作られた「迪斯艾斯瑪琪納の制御を司る武人周昌を模して周家湾の船渠にて作りし全天候型汎用陸戦兵器」という兵械なのだ。
 そして沢蟹型のその潜水艇は、攻撃型潜水艇にも劣らぬ機動と武装を備えた、万能潜水艇である。周倉の操るこの沢蟹は、河川や湖中で無敵の強さを発揮する高性能兵器であるのだ。今後の歴史に重大な影響を与える事は間違いない、超性能を秘めている。
 周倉が周瑜に言う。
「遅れてすまん。時間稼ぎご苦労だった。後は俺に任て、お前達はもう下がれ」
 それを聞き周瑜は、「助ったと」一気に力が抜け、その場に尻を付いて座り込んだ。今迄の極度の緊張が一度に解け、膝に力が入らなくなったのである。周瑜が経験の少ない指揮官であるとは雖もここ迄の醜態を晒すのは、それ程北軍の猛攻は圧倒的であった、という事である。
 今迄兵の数にばかり頼って戦闘をしてきた周瑜である。この絶望的な状況下で、今迄耐えていたという事が逆に、彼の非凡さの証とも言えた。
 しかし周倉は、
「安心は未だ早いぞ。腰を抜かすのは、生き残った部下を無事に引率した後だ」
 と、厳しく周瑜を叱ると、甲羅上部のにある二十八の蓋を開く。
「何をするんだ?」
 蓋を開いた事に、周瑜は不安になり、怯えた声で訊ねた。
「今週の山場、って所かな。北軍の中枢はあそこだな」
 周倉は北軍旗艦「丁汝昌」を見つめ、笑って返す。

投稿者 strap : 2006年09月12日 23:27

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