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2006年09月09日
「山月記」と「人虎伝」
中島敦の「山月記」は、李景亮の志怪小説である「人虎伝」をもとに、独自のアレンジを加えられた文芸小説である。二作は非常に良く似ているが、違いも多くある。
中島敦は、芸術に捕らわれた己の姿を映す為に、その筋書きを借用したと見るべきであろう。
僕は、中島敦―注釈・鑑賞・研究に収められた「人虎伝」の和訳を参考に、二作を読み比べるが、二作はほぼ同じものであるだけに、その違いの生ずるところに中島敦の主張や、技のキレを見つけて大変に面白い。
先日僕は、「山月記」感想に、「物語の前半部分に、獣編の漢字が意外に多い事に気づく」と書いたが、「人虎伝」と比べると、矢張りそれは思う。「人虎伝」の前半部に虎を連想させる言葉は「発狂」一つしか無い。
隴西の李徴は皇族の子にして、虢略に家す。と、故山こそ虢略であるが、そこには「虎榜」の字も見られず、ただ
進士に登台す。と書かれるのみである。「狷介」の字も無ければ、「容貌」、「狂悖」の字も無い。
意識したのでは無かろうかと思う。
又時代設定を、原書の南北朝時代から唐の時代に変更しているのも興味深い(すいません、勘違いでした。原文「天宝十載」)。
「山月記」は李白や王維、杜甫の活躍した時代と同時代である。この意味を考える時、この作品のテーマにより深く触れる様な気がする。
投稿者 strap : 2006年09月09日 02:50