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2006年08月06日

作中での悪役

僕の作品に悪役は少ない。
無論敵役や仇敵は存在するが、それは利害関係が違う、というだけの事が多い(無論例外はある)。
悪役は多くが味方側に存在する事が多い。

さて、僕の作品に出てくる悪役を表現した代表的な言葉を並べてみる。

・窃名
・虚名
・空名
・翰音

なんの事は無い。僕の嫌いな人種の事である。
具体的には例を挙げぬが、世の中「無能」であるにも拘らず、評価されている人々がいる。こういう者達と、それを評価している者達は、「天下の厚害」と言っても良いだろう。
強気は「挑戦的態度」ともとれるし好ましいが、勝気はいけない(学歴詐称をしたがるのもこの手合いである)。


自作元讓出征でもそうだが、僕の作品では、荀彧や袁紹などが、「家柄の良い無能で口達者な人物」として書かれ、悪役を担う。この場合、「家柄が良い」というのは、「各方面にコネクションがある」という意味でもある。つまり、コネのみで飯を食ってる者、食わせている者を悪役とした訳だ。「無能であるにも拘らず評価されている人」というのは無論「悪」だが、これらの評価を作りだしている人というのも悪い。こうして世の中は、無能が幅を利かせ、蔓延る事に成る。

さて、もう随分と落ち着いてはきているが、現在ある格闘技(誤解の無い様に書いておくと拳闘)の試合結果が注目を集めている。
ある種の週刊誌を除くマスメディアが、こぞって「強い」と評価する選手の試合であった訳だが、その判定がどうも妖しいというのである。大会関係者が、ジャッジに何らかのアプローチをしたのでは無いか、という疑惑の様だ。つまり市井の人々は、その選手の「強さ」が「虚像」なのでは無いかと疑っている訳である。
無論、僕に真実はわからぬし、八百屋の長兵衛さんなのかどうかを裁く立場にいる訳でも無いから、推測の内から糾弾すべきでは無いという程度の事しか言えぬが、しかしこのニュースは面白く見ている。矢張り世間の人は、「無能な者がコネを使って実力者であると評価されている事」を、嫌っていたのだな、と思う。
スポーツの判定が、マスメディアとの距離の近さに影響を受けてはならぬと思うし、格闘技の判定にコネを持ち込むべきでは無いだろう。
この疑惑が真実であるならば、彼と彼を作り出した人々は「天下の厚害」であろうと思う。悪役の資格はバッチリであろう。彼が真に「無能」であるならば、世間は彼を許すべきでは無い。

さて、それはそうと、今日は以前見に行った広島産業奨励会館の跡を思い出し、黙祷を捧げようと思う。

投稿者 strap : 2006年08月06日 05:39

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