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2006年05月11日

三国志に仮託するという事

アマチュア三国志小説作家のeiさんは、eiさん自身の作品の感想掲示板で、

私は『敗戦こそドラマ』だと思っています
と述べられている。
僕自身、三国志小説は「滅び」こそテーマだと考えているが、不思議と「負け戦」を描いた事は無い。
それは恐らく荒野の七人に大きな影響を受けているからだろう。

参考:映画「荒野の七人」から学ぶ三国志小説の作法
 

さて、僕は三国志小説の自作目録の中に、「借りる」という言葉を入れている。三国志に設定を借用した作品という意味だ。「この作品は歴史小説では無い」という意味にとって戴いても構わない。
今回はこれについて若干話題にしたい。

参考:三国志を題材とした短編小説の執筆論

僕自身、三国志(に限らず、原典・原本と呼ぶべき先行テクストのある作品)の小説化には、二通りのスタイルが存在すると思う。無論二通りのスタイルは、互いを混じり合わせて一つの作品とする事もありえるだろうが、ここは二つのスタイルの純粋な部分を考える為に、とりあえずその様な事が無いものと考える。

一つは、

三国志を独自の解釈で抽出し、物語としての娯楽性を高める
スタイルである。三国志を題材に、面白い作品を目指す、解り易く説明する、異説を唱えて読者を驚かせるというものである。「歴史の物語化」と言っても良い。正統的な方法であり、これこそが本来「歴史小説」と呼称される小説のスタイルである。多くの三国志小説はこの分野に属し、書き手は読者に「物語、ストーリー」を見せる事を主とする。これには一応、歴史上の人物の史料に残されない過去、史料に残されない側面といったものを描く作品(厳密には歴史小説ではないだろう)も含む事とする。

さてもう一つであるが、僕は

三国志の設定を借用して、主題を仮託する
スタイルを考えている。
三国志の中には様々な境遇の人がおり、その中には本来書くべき主題に似た境遇の人もある。
現代劇では書き難い事も、三国志に仮託すれば書きやすい事、理解され易い事もあると思う。古代中国という題材が現在の日本とは時間と空間を大きく隔たせ、その程好い距離が、問題に一つクッションを設ける事もあるだろう。故実に近代の不条理を投影させる事を目的とする人もあろう。
特に私小説などは三国志にその設定を借りる事で、随分と書きやすくなると思う。古き中国の歴史に自己を取り巻く環境を投影させ、自身を投入し登場人物とする。表現手段として三国志の設定、物語を借りる訳である。こうする事で自己の心情を吐露、若しくは訴える人もあるであろう。これは「自己の告白」と言い換えても良い。

参考:三国志小説での自画像
    プライド 中島敦作品の登場人物

三国志の小説といっても、歴史小説や娯楽作品ばかりには限らないと思う。
事実僕の作品にそういうものは少ない。

投稿者 strap : 2006年05月11日 00:42

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