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2005年12月27日
三国志掌編小説「謀臣の資質」第三回・最終回
妻は敏感な女だった。
猥らな女だった。硬いものが好きだった。
夜は常に俺に強請った。俺のものを求めた。
荒縄できつく縛ると、殊更悦び身悶えた。
疲れて休んでいると、尻を突き上げ「焦らさないで」と潤んだ瞳で俺に強く懇願した。
激しく掻き混ぜると、苦悶の表情を浮かべながらだらりだらりと、嫌らしく股を濡らした。
絶頂に達すると、度々小水を漏らした。
付け根まで入れた中指を肛門からゆっくりと抜かれると、快楽の為に眉を寄せ、大きな声を上げた。
しかし。とは言え。
妻は俺とは違い、俺を愛していたのでは無く、屹度俺との行為を愛していたのだろう。裏切られていたと知った今はそう思う。
俺の愛は、妻には全く届いていなかった。俺がどんなに愛していても、妻は俺を裏切っていた。何故、俺の気持ちが伝わらなかったのかと、時折気が狂いそうになる。
俺が女を怨む様になった理由は、妻が女であるからに他ならない。
俺が人命を軽視するようになった訳は、妻が人であるからに他ならない。
俺が愛される人を見る度に殺してきた要因は、妻が俺を愛さなかったからに他ならない。
俺は嘗て、妻を誰よりも愛した。だが何時しか、妻を誰よりも憎んでいた。
俺の独占欲を満たさせては呉れ無かった妻を、俺は酷く恨んだ。
俺は己の人生に悲観し、その為に何時しか人を嫌う様になっていた。俺だけが不幸な事が許せなかった。
ざざざ。
人に感心が無いという事は、冷徹にはなれる。しかしそれでは、秀れた謀略家とは成り得ない。秀でた謀略家は人の心の動きが解らなければならないからだ。能れた謀略家に成る為の資質は、人を怨み、人の痛みに鈍感である事を要求する。人に感心を持つ事を要求する。
俺が妻に与えられたのは、矢張り「謀臣の資質」であった。
ざざざざざざざ。
賈詡という校尉は、抜け目の無い目をした男だ。俺と同じ、「謀臣の資質」を有する男の臭いがする。狡猾で冷酷な男の臭い。妻子は同郷の者に預け、矢張り別居しているという。女を嫌っている男の顔だ。謀略に腕を発揮させる為の知識も、人心操作の技術も、高い水準で備えている。そして、俺の司馬時代の過去を知っている。
剣を持ちて舞った時、
「流石の冴。妾で敵を油断させる為、抜き打ちで上官の首を落とした話は聞いて居ります」
と発言したのだ。
そう、俺の躍進は、上官である校尉の首を落とした事に端を発する。上官の女を抱かせ、敵の油断を誘った事に起因する。
ざざざ、ざざ。
工兵隊が独立して行動している時、群盗の一軍と遭遇して了った。数が違い過ぎるし、まともに当たっても勝ち目は無い。当時司馬であった俺は、校尉に降伏する事を進言する。しかし校尉は己の私的な理由から交戦を決定した。戦地まで連れて来た愛妾を、群盗に渡したくは無いと言うのだ。それで俺は素早く鯉口を切ると、校尉の首を叩き落した。
校尉を殺し実権を握った俺は先ず、女を掻き集めた。軍中には小銭を集める事を目的とした娼婦や、夫と離れられずにそっと付いて来る妻達が少なからず隠れているのだ。それを知っていた俺は、そういう女達を見つけ出し、群盗に引き渡す事を考えた。俺はこういう女達が嫌いだったので、何時か陣から切り落とそうと考えていたのだ。実に好い機会だった。
自分の命が係っていた為、兵卒達は女達を庇う事無く差し出した。妻を奪われた男は泣いて取らないで欲しいと懇願したが、全員の命に係わる事であるので、兵達には無視された様である。余りにしつこい男は、俺が命じて兵に斬らせた。こうして俺は、校尉の愛妾を含む、四十人ばかりの女を捕らえたのである。
俺は四十人程の女と、ありったけの酒、ありったけの銭、それに、校尉の首を差し出し、群盗に降伏を申し入れた。群盗は一度も干戈を交えずして欲しいものが全て手に入った訳であるから、気を好くして俺の提案を受け入れて呉れた。それで俺達は剣や鶴膝を渡せば、翌日解放される事となった。
ぱちり、ぱちり。
その夜、群盗達は歓会をした。武装解除した我々に安心し、酒を呑み、飯を喰らい、女を抱いていた。全く油断しきっていた。我等を見張る者など、数人しか居なかった。
我らは武装解除させられたとはいえ、円匙もあれば鶴嘴もあり、標尺もあれば砂袋もある。武器以外で奪われたのは手斧や鉞位のものであった。抵抗せず、あっさりと降伏した事が奴等に安心感を抱かせたのだ。
こうして我々は倍する数の群盗を破り、物資の奪還に成功した。校尉は名誉の戦死という事にし、司馬の俺はそのまま戦地の人事で大きく出世した。この様な人事が罷り通る事こそが、この時代の良さである。家柄よりも実力が評価される時代こそ、俺が活躍する下地であった。
ざざざざざ。
しかしこの秘密を知るとは、賈詡という男の諜報能力、侮れぬものがある。多くの人々は高が校尉と侮るが、何時かは大きな男と成るやも知れん。今は家柄よりも実力が評価される時代なのだ。後世畏るべし。
ぱちり、ぱちり、ぱちり。
ぱちり、ぱちり、ぱちり。
火の回りが速くなって来た。もうじき俺は焼け死ぬだろう。
俺は屹度焼死するだろう。
今から焦げ、苦しみ、死ぬのだ。
ぱちり。
俺の人生を振り返ってみる。充実していただろうか?
力など全く無く、その日をやっと暮らしていたこの俺が、大きな権力を持つ事ができた。俺の献じた策は大軍を動かし、敵味方、多くの将兵の生命を失わせた。弘農王に酖を呑ませ、政治を大きく動かしもした。
しかし、だから何だと謂うのだ?
かつて妻と過ごしていた半農の生活よりも充実していたと謂えるだろうか? 妻のいた生活と較べ、愉しかったと謂えるだろうか?
俺の思考は結局、ここに落ち着く。
妻は何故、俺を愛しては呉なかったのだ! 俺の何が、愛するに値しなかったというのだ。疚しい事無く真面目に生きてきたというのに。
俺は「謀臣の資質」など、本当は要らなかったのだ。妻と一緒ならば、半農の生活でも好かった。妙な志などは、鼻から持ちはしなかったのだ! 愛が得られないのなら、ずっと騙していてほしかった。騙されていたかった!
俺が欲しかったのは妻の愛。不本意に得たのは、「謀臣の資質」。
しかし今、それも失われつつある。もうじき灰になろう。
ざざ。
俺は思う。
俺の人生のなんと詰まら無かった事か。何と空虚な事であろう。
おお、人々よ。妻の愛を受けられなかった俺を哂え。空しく時を過ごした俺を嗤え。
人は羨んだかも知れぬが、俺は俺の人生に満足などしていない。換われるものならば、何処の誰の人生とだって交換したって良い。
ざざざ。ざざ。ざざざざざ。
今思えば失踪したあの日、俺の人生は終わっていたのだと思う。だらだらと生きてきたものだ。
ぱちり。
火が回って来た。もう終わるのか。抜け殻の人生が、もう終わるのか。悲しみが込み上げて来る。
もう妻に逢えないかと思うと、寂しい気がした。生きてさえいれば、何時か遇えるやも知れぬと、心の底では期待していたのに。
ざざ、ざざざ。
遂に最期の時が迫っていた。
ぱちり、ぱちり。
俺は最後に思った。
俺の下らない人生に終止符を打つのが、まさか一人の女であったとは、と。俺に不要な物を押し付けるのは、常に女なのだな、と。
俺の一生は、女達に崩されたのだ。
ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。ざざ、ざざ。
この世には悔いばかりが残る。未練も多い。果たすべき事も多くある。しかし、生きていてもそれらが達成される事は無いだろう。達成される事は一つも無いのだ。
悲しい事であるが事実である。事実である。
それが、「謀臣の資質」を受け取った、という事であるのだから。
了
投稿者 strap : 2005年12月27日 16:37
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