2005年11月02日
剣戟のリズム
「三国志の小説を今書いているよ」
と友人に言った時、返ってきた言葉は、
「あんたの得意なモノが書けないじゃないか」
という驚きの言葉だった。
僕が得意なモノとは、
剣戟、銃撃、逃走劇つまり、チャンバラとガンアクションと、カーチェイスである。要は「戦闘シーン」であると言えるだろう。
三国志小説に鉄砲と自動車は書けないから、得意なものはあまり書けない。という訳で、武術を描くシーンは自然と力が入る。
馬を使うのは嫌いであったから、三人徒歩であった。暫く歩くと、空気が変わる。
場に禍々しい迄の妖気が満ちていた。
陳宮の膚に粟が生じる。見上げれば将にこの時、天頂には斗宿が向かおうとしていた。
歩みを止め、闇に向かって陳宮は言う。
「如何なる用件かな。少々物々しいね。今、思案の最中だ。申し訳ないが、又の機会にはして戴けまいか」
陳宮は左に佩いた、鮫皮の巻かれた柄に手を添える。柄は両手でも使える様に長く、又、打突に適した様、特別に格が付いた製品で、ずんぐりとした刀身を、山猫の毛皮で包んで鞘とし吊っていた。刀環には赤い飾り紐と房が下がっている。
陳宮が身構えると、路を塞ぐ様に三人、商人風の男が影に紛れて出て来る。樹陰から退路を絶つ様に、後ろにも四人。小刀や剣を差した者も確認できた。執れの者も目付き鋭く、只者で無い事は容易に判かる。足運びが常人のそれでは無い。陳宮の後ろで灯火を持つ二名が誰何するが、返事は無い。
「害虫駆除に参りました、という処かな? 闇路で大儀な事だな。身共は嚮導の陳宮であるが、お間違いの無い事であろうか。今一度、確認されたし」
陳宮の問いには答えず七名、各々の武器を取り出す。足運びが既に普通のものでは無い。皆、相当な訓練を積んだ者の動きだった。商人同様の服装をしてはいたが、どことなく漆黒を纏ったかの様な印象を与える。護衛が二人では流石に不用心であったかと咄呵し、陳宮は珍しく後悔した。
「さて、どなたの遣いかは存ぜぬが、手足を失う覚悟は在っての事であろうな? 当方にその気は無いが、御辺等が来るならば、加減はせぬよ」
陳宮を護衛する従者二名は灯を捨て、帯びた剣を抜き構える。七人の刺客も無論、立ち去る様子は無く、禍々しい迄の悪気を放っていた。陳宮も竟に腹を括る。
「うむ、嘉かろう。ご教授致そう。但し高いぞ! 」
それを聞いた右前方の一名が直ぐ様、陳宮に向かい、飛ぶかの様な敏捷性で、匕首を突いて来る。並の者ならば、すぐに胸を刺され、倒れたであろう。併し陳宮はそれに対し、鋼刀を音も起てずに素早く抜くと、一瞬で男の右手首を撥ね上げ、右足を一歩下げつつ返す刃で、左手首を斬り落とした。男は呻きもせず転び、両手から鮮血を至る所に振りまく。陳宮の腕も然る事ながら、何とも見事な切れ味であった。実に鮮やかである。陳宮の鋼刀は、身幅広く、先迄細らず、薄く短い、腰反りが僅かにある、錯々たる百煉の名品で、物性自体がその辺りの銑鉄製とはまるで違うのだ。
血を降らせながら宙を舞った右手首の落下と同時に、陳宮は鋼刀を左に担ぎ構え直す。と、左前方の一名が剣を上段に構え、一息に間合いを詰め、陳宮に打ち込んで来る。本来ならばそれは、先に失敗した男との見事な連携であった筈である。疾速の一撃であった。後方でも陳宮の伴の者が、後ろの四名に斬り掛かり始めた。
「肘が高い! 」
と陳宮は言い、右足を大きく踏み込み相手に空を切らせ、胴を左から薙いだ。と同時に左足を引きながら右足を軸に回転し、諸手上段から相手の左肩を背中側から叩き落とす。男は声も泄さず左側から地に崩れ、大きな染みを大地に作った。二名を斬るのに、僅か八拍。優美でこそ無いものの、陳宮の太刀筋は力強く、無駄が少ない。一連の動きは流れるかの様であった。
陳宮の鋼刀は、新月の僅かな光を反射し、暗々とした中、炯々と蒼白く輝く。陳宮が睨むと、残る男は威圧され、たじろぐ。
が、暫く悩むと小太刀を右手に構え、陳宮に突進してきた。
こんな感じであろうか。
アクション映画の剣戟を見ていて思うのは、効果音の使い方の妙である。
拳にしろ、剣にしろ、攻撃側と受けた側の出す素早い音の連続が、一種の音楽を作り出しているし、斬った時の、打たれた時のその音が、ダメージを表現してくれる。
叮、叮、叮叮叮叮叮叮叮叮叮、叮。という様な、刀剣の発する高い金属音は、まるで早鐘の音を聴いている様で小気味よい。
映像は映像。小説は小説。小説には独自の作法があり、映像と同じ手法でアクションを表現してみても面白くない事は多くあると思う。しかし僕は実験的に、暫くは剣戟のリズムに拘ってみたい。
投稿者 strap : 2005年11月02日 10:44
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