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2005年10月16日
中島敦の文体模写と文体。中島作品の文章の巧妙
誤解を恐れずに書くならば、中島敦の文体模写は比較的簡単です。
擬似漢文、漢語調のリズムを掴めば良い。
加えるならば、要点は以下の3つでしょう。
1 云々、炯々、区々といった畳語の多用。(例:「まさに昏々昧々粉々若々として帰する所を知らぬ」)
2 「朔風は戎衣を吹いて寒く」や、「時に、残月、光冷ややかに」の様に、光と風を印象的に用いる。
3 哲学用語の使用、哲学的な内容。
作品冒頭を、
魯の叔孫豹がまだ若かった頃、や、
趙の邯鄲の都に住む紀昌という男が、と、人物名を含み時代と出身地を表す文章で始める事も、重要な雰囲気作りかも知れません。これは、紀伝体で書かれた文章の冒頭で、
呂布字奉先、五原九原人也 。以弓馬驍武給并州。 (後漢書)と、姓、諱、字、籍貫を記す決まり事に通じる部分ですね。
呂布字奉先、五原郡九原人也 。以驍武給并州。 (三国志)
又、
映画館を出ると、三造は、早めの晩食を認めるために、近所の洋食屋に入った。
三造は、すっかり食慾をなくして、半分ほど残したまま、立ち上がった。
ああ、全く、どんなに、恐ろしく、哀しく、切なく思っているだろう!
の様に、ところどころ、句点間は、短めにすると、それっぽいでしょう。
この手の上辺だけのテクニックは、少し研究すれば、ある程度の形にはなります。
後漢、献帝の建安元年。豫州は沛国、沛県。県城から一里の西南。
日は朗々とし秋風揺蕩う中、驪に跨がる二百の驍騎と一千の勁卒を引き連れ、そこに呂布が営した。
小沛の軍、歩士五千は既に、城外にて陣を構えている。対する淮南軍は紀霊を大将とし、雷薄、陳蘭を副将とする、歩騎併せて三万の大軍であった。淮南軍は約定ある呂布の接近を聞き、加勢と喜び一時兵卒を休ませた。
この様な感じでしょうか。
しかし、中島敦の文体の凄さを知るのは、ここからという事になります。
先ず「弟子」を引用してみましょう。
ただ、彼には顔淵の受動的な柔軟な才能の良さが全然呑み込めないのである。第一、何処かヴァイタルな力の欠けている所が気に入らない。又、「盈虚」という作品では、
孔氏の邸に潜入、姉の伯姫や渾良夫と共に、孔家の当主衛の上卿たる・甥の孔悝(伯姫からいえば息子)を脅し、之を一味に入れてクウ・デ・タアを断行した。と書いています。
どうでしょう?僕は恐ろしくてこの手の文章でカタカナを使う事など出来ません。しかし、ここに「ヴァイタルな力」や「クウ・デ・タア」という現代人に理解しやすい語句を用いても、微塵も違和感を持たせないのが、中島敦の凄いところです。
又、
時に、残月、光冷ややかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。と「山月記」で書かれた一行などは如何でしょう?「時に残月、」では無く、「時に、残月、」と、音を区切ってリズムを崩し、寂しさを強調しているところなど、我々には真似が出来ません。僕も何度か挑戦しましたが、全くこのリズムは巧くいきませんね。
あの域に達する為には、どれ程の努力が必要なのでしょうか?
昭和十七年の上半期。中島敦の「光と風と夢」は、芥川賞候補に選ばれながら、落選します。
つまり、中島に対する世間の評価は、「芥川賞を取れなかった人」です。
しかし僕は思います。
芥川賞受賞者に、何人中島敦より優れた文学者がいるというのでしょうか?
僕は逆に、中島敦を落選にした事実こそ、芥川賞の権威を疑うべき材料ではないかと、ね。
投稿者 strap : 2005年10月16日 00:25
コメント
当ブログへのコメントありがとうございます。あと援護射撃も、ありがとうございます。
中島敦スゴイっすね。当時受賞できなかったのは、中島敦よりスゴイ人がいたのか、選考基準が別のところにあったのか、はたまた敵国語(vital)を用いたからなのか…私には想像するしかできませんけれど。
軍事と歴史学の不和は、今の歴史研究者が立ち向かわなければならない一つの課題だとも思います。私もこの手のヲタクは好きな人種じゃないですが、彼らを一方的に悪と決めつけるのは、それはそれで権威主義にハマっているんではないかと…(あ、いや、つけてくださったコメントに文句をいうつもりじゃないです)。そうした橋渡しができるようになれればいいな、と思いました。
投稿者 アズンチャ : 2005年10月22日 11:20
昭和十七年の下半期には、倉光俊夫という人が「連絡員」という作品で受賞していますが、上半期は該当者無しという判断の様です。
まぁ「実力不足」として落とされた訳ですが、文壇には見る目が無いのですね。尤も中島の場合、「文壇にコネが全く無かった」という事も大いに関係あると思います。なんだかんだと言っても、これは受賞の為の大きなポイントですからね。
作品は筆力のみで判断されているに非ず、ですよ。
投稿者 ストラップ : 2005年10月22日 18:51