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2005年09月25日
戦略・作戦・戦術(2)
今回も、三国志とはあまり関係ないが、三国志小説には密接な関係のある(三国志小説はミリタリー小説の一分野と僕は位置づけているから)、戦略、作戦、戦術の話。
戦略・作戦・戦術(1)参照。
言葉の新しさとしては、作戦に対する語が最も新しく、戦術に対する語が、最も歴史が古い。古くは、軍事を大きいもの、小さいものと分ける概念が乏しく、兵法を一般的に戦術と呼んでいた。又、古い時代の戦術は、「軍隊の編成及び戦闘隊形の術」という意味で用いられていたようである。その戦術も、十八世紀(1770年代)までは一般的な用語ではなかった。
十八世紀になり欧州各地では、火器の発達と道路網が整備される。これによって軍の活動が拡大していき、戦術という言葉の範囲では、その仕事を表現できなくなってしまった。それで当時のフランス人は、「大戦術」という概念を作り出す。これが後に、「将帥」を語源とする(正確にはそれを語源とした、六世紀のビザンチン帝国の皇帝、マウリキウス帝の「ストラテゴン」を語源とする)戦略という言葉になった(呂布ファミリーについて参照)。
そして、ドイツ人ビューローによって、戦略、戦術、作戦基地(ただしこれは現代の日本語であって、当時作戦という概念はまだ無い)といった用語の明確な定義が行われる事によって、徐々に展していく。
しかし戦争論で知られたクラウセビッツは、ビューローの戦略の定義、
大砲の射程外又は有視界外の軍事行動を「現在のテクノロジーを土台とした定義で、過去及び未来には適用できない」と批判した。クラウセビッツの戦略の定義は以下の様なものである。
戦争の目的に個々の戦闘を統合する事の学
戦略は戦闘を決定的な地点において確定し、その成果を大量の戦闘力をもって出来る限り大きなものに確実化し、この方法によって戦闘力の可及的有利な使用を果たそうとする。戦略は、戦術的成果がそれによって戦争の目的に結びつけられるところの目標を選び決定するのである。
しかしビューローの定義として、戦略と政治の区分は無いという意見は、現在でも多くの支持を得ている。それは、「適切に外交を行うには、軍事に無知であってはならず、外交問題を無視しては、将帥としては失格である、又、内政が、戦争への備えを生み出す」という主張である。孫子は、戦争を政治の一部だという考えを示したが、ビューロー以後、その中でも最も政治的な部分を戦略と呼ぶ事になった(ビューローの百年後、ルーデンドルフは「戦争とは他の手段をもってする対外的な政治である」と革めて述べている)。
尚、今日の辞書を引くと戦略は、
陸軍では兵団、海軍では艦隊の運用方策を言う。即ち作戦を計画し、その実地を統裁し、兵団或いは艦隊行動の方向、目的、時機竝に場所等の関係を定めるもの。と、説明されている。
作戦という概念は、戦略・作戦・戦術(1)に書いた様に、前世紀初頭にソビエト連邦で生まれた。その中で重要な働きをしたのが、スヴェーチンと、「作戦術の父」こと、トリアンダフィーロフである。これは当時より「(包囲)殲滅戦」という戦いが困難になった事で、戦役が長引く様になった為、そして、決戦、一つの戦闘の帰趨が、戦局を大きく動かす事が稀だという事が、やっと理解された為に考え出された概念である。
今日の辞書には、
通常戦略単位以上の兵団又は艦隊の某期間に亙る対敵行動の綜括的名称。兵団又は艦隊の集中、集合、捜索、行軍、航行、戦闘及び是等に必要なる交通及び補給等を総称す。と、説明されている様だ。
作品を書く時は、この様な用語を踏まえて書きたいものである。
投稿者 strap : 2005年09月25日 23:59
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