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2005年08月24日

英雄と名将の立つ風景 第五回

陣内で面白い見世物が始まったらしい。夏侯惇と侵入者が武術の腕比べをしているという。
それを聞いた秦邵は事の真相を確かめ様と、門へと急いだ。垣根を作る衛兵達に、
「開けよ」
と命令し、己の為の特等席を作り出す。
そこには確かに夏侯惇と、真っ黒い衣服の大男が、棍を構えて向かい合っていた。黒服の男は地に円を描き、その中央に立っている。円の径は八尺程であろうか。どうやらそこから出ずに夏侯惇の相手をするという事らしい。夏侯惇の武術に優れた事を知る秦邵には、とんでも無い勘違いか傲慢に思えてしまう。
黒い衣服の大男は、長い鬚髯を生やし、顔は血色が良く少し赤い。その衣服から身分高くない事は容易に想像できるが、しかしその肉体はそれに反して逞しい。引き締まった長身の美しさは、夏侯惇にも匹敵する程に素晴らしかった。
夏侯惇は棍を両手で持ち、右足を前に、突きにも打撃にも、そして払いにも使える構えをみせている。それに対して男は、体の中心線に沿う様に棍をただ右手に持ち、杖の様に突いているだけであった。そのまま暫くはお互いを探る様に見詰め合っていた様である。見ている者がじっと汗ばむ様な緊張が場を既に支配していた。
仕掛けたのは無論、夏侯惇の方だった。
しかし。
四度打てば四度受け、三度突けば、三度躱わす。その回避の見事の為、夏侯惇の双眸に火が灯る。
多くの兵が見守る中、二人は静かに、目を合わせている。瞬きせず、互いに攻撃の為の呼吸を相手に読ませない。とは言え、姿勢は圧倒的に男の方が楽ではあるし、攻撃をするには夏侯惇の方が有利である。夏侯惇が攻撃する拍子を皆、固唾を呑んでじっと待った。
微風が吹いた時、不意に、夏侯惇が男に鋭き一撃を刺す。秦邵ははっとしたが、男は顔色も変えず、垂直に立てた棍を少し倒し、無造作とも思える動作でそれを己の左に払った。尚も容赦無く夏侯惇は突きを繰り出す。男はそれも澄ました顔で棍の傾きを変え、一撃目と同じ様に己の左側に払った。棍を再度外に払われた夏侯惇は、その力の儘にそれを右肩に担ぎ、そして直ぐ様腰を回して薙ぐ様に打つ。棍は大きくしなり、風を切る音が大きく響く。しかし男は素早く左側に半歩踏み出ると、棍に逆手で左手を添え、やはり垂直に立てた儘それを受けた。踏み込みが無い分、又男が打ち込まれる棍の作用点をずらした分、夏侯惇の打ち込みの威力は弱い。とは言え、男の棍がたわむ程に、その攻撃は強烈だった。夏侯惇がその受けられた衝撃から来る痺れに耐えていると、男は右手を素早く棍から離し、右足を踏み出しながら夏侯惇の胸を電光の様な速さで掴む。そして掴んだかと思うと、今出した足を引き、一気に引き倒した。
場では、見る人誰もが息を止めた。土埃が舞った。
今足元を見ると、男は矢張り、描いた円を出ていない。
男の実力は本物であった。夏侯惇が油断した訳では無い。夏侯惇の自尊心を考えれば、「円を出ず」という約束も、恐らくは二人の間で取り決められた事ではあるまい。男が実力を示すが為に、己に制限を造り、勝手に手加減をしたに過ぎぬだろう。男の実力は、夏侯惇にですら手加減せねばならぬ程のものだったのだ。その強さ、正に絶するを超えるものである。
しかし秦邵には、男の卓抜とした技術を見せられて尚、というより寧ろ逆に、男が無名である理由が解った様な気がした。男の実力が本物に過ぎ、「凄い」を過ぎるのだ。その実力故に動きが僅かで、戦場では却って目立たぬ。戦場を多く知る秦邵には、それが名を挙げる事が難しい動きであると感じられた。
男の武術は、強いが故に無駄が少なく、無駄な動作が少ないが故に地味である。これでは如何に戦場で斬ったとて目立たぬし、第一この強さが解る大将は少なかろうと思う。男の実直な性格を映したものか、派手さが全く無い。
とは言え、この男なら華雄を斬れると、これを目撃した者全てが感じた筈だった。無論、秦邵とて同様である。
「如何?」
と男が問うた。
夏侯惇は受身の為に大きな衝撃を受けてはいない。埃を払いながら
「参ったな」
と笑い、立ち上がると、
「名は?」
と、問いを返す。男は、
「平原令劉玄徳の配下、解県の関羽。字は雲長」
と応えた。
「馬は?」
と再度問うと、男は自信ある表情で力強く頷いた。


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投稿者 strap : 2005年08月24日 00:14

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