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2005年08月27日

英雄と名将の立つ風景 第八回

「敵は絶大な信頼のある華雄が斬られ、意気消沈する筈だ。ここを好機と捉え、今総攻撃に出るべきであろう!」
と曹操は主張するが、袁紹は曹操を、そして関羽を信用してはいない。曹操に
「あの汚ならしい弓手が華雄の首を取れると、本気でそう思っているのか! 弓手如きに斬れるものなら、苦労はせん」
と言い睨む。それで曹操は、
「あの男に華雄が斬れる事は保障しよう。若し斬れねば、俺が貴殿の家来となっても構わん」
と哂い挑発する。広陵太守張超は、そんな約束をして良いものかと、曹操を心配に思った。
「孟徳。貴様、その言葉忘れるなよ!」
と袁紹が激高すれば曹操は、
「忘れぬよ」
と不敵に嗤う。夏侯惇が
「加えて、我等一同、皆従い、袁将軍にお仕え致しましょう」
と言うと、曹操の後ろに控える者皆が一様に頷いた。この曹操の自信は何なのかと、張超は益々心配に感じた。それは隣に座る鮑信も同様らしく、
「総攻撃には賛同するが無謀だ。華雄を斬れる筈が無い」
と、心配そうな目をして小声で張超に言う。しかし鮑信の意見に賛同すれば、曹操が賭けに負ける様な気がして、張超は
「未だ判らんさ」
と言った。無論、部下に聞かれれば士気に関わるという事も配慮した上での発言である。
それに、そこまで言わねば袁紹は矢張り動くまいとも考えるし、仕方の無い事かとも感じている。
「良かろう。孟徳、貴様がそこまで言うのなら、総攻撃をしてやろう。各々方、異存は無いな」
と、袁紹は場を見渡す。袁術は既に発言力を失っているし、場に袁紹の考えに反対出来る者など一人も無い。
場に発言の無い事を形式的に確かめた後に袁紹は、
「なら、あの弓手が万が一にでも首を下げて還って来た時は、総攻撃を致すとしよう。但し負けていれば奮武将軍、貴様は一生俺の子分だ」
と、意地悪く曹操を見る。曹操は気にもせずに腰を下ろした。袁紹は陳琳の書いた文章を確認し、
「では総攻撃の計画の前に、あの弓手の戦いぶりを見に行こうではないか」
と提案する。すると、
「弓手とはそれがしの事かな」
と声がした。
張超が天幕の出入り口に目を向けると、そこに立っていたのは先程出て行ったばかりの関羽である。一同は唖然とし、袁紹はそれに気付いて大笑いをした。これに一番慌てたのは曹操だったであろう。夏侯惇も驚愕して、思わず立ち上がっていた。
「おい、弓手。恐れを為して逃げ帰ってきたか。大言を吐きながら、華雄は斬れなんだか」
と、莫迦にした調子で袁紹が嗤う。すると関羽は
「逃げてはおらぬさ」
と短く言い、
「ご所望のものはこれであろう」
と、手に持った毛だらけの球体を袁紹に向けて投げた。
それは孤を描いて袁紹の胸に向かってゆっくりと飛ぶ。液体を散らせながら飛ぶそれは、袁紹の両腕の中にすっぽりと入った。袁紹はその球体を訝しげに見る。と、
「ぎゃぁぁぁー」
と情けない悲鳴を上げ、それを払い前に落とした。
ごろりと転がったその黒い球体を良く見れば、人の首だ。確かに華雄の首級だった。
華雄の首は切り口を下にし、瞼を半開きにして床に立つ。その切り口が鮮やかである事を表す様に、その首は一度立った後、一切揺らがなかった。
「その様に落とされては人相が変わる。華雄のものと、早速検分して戴きたい」
と、憮然とした表情で関羽は言う。
検分するまでも無かった。
曹操の絶大な自信の根拠が今、やっとはっきりと張超にも理解できた。関羽という男は、桁違いに強い男だったのだ! 華雄の首をじっと見つめ、
「長く見積もっても、十合打ち合って居るまい。往復の時を加味すれば速過ぎる」
と、鮑信が息荒く言った。張超も頷く。恐らくは一合も刃を交えては居らぬのでは無いかとさえ思う。
諸将が余りの早業に驚き口を開けている中、関羽は悠々と進み、曹操の前に立つ。
そして、
「宜しければ、約束の祝杯を所望したい」
と静かに言った。声を無くしていた曹操もやっと気付き、
「お、於乎。祝杯であったな」
と、震える声で言う。曹操も余りにも早い決着は予想外だったと見えて、関羽のその強さを巧く把握できていない様であった。
鮑信が興奮を隠さずに張超に言う。
「我等は今、計らずも英雄の誕生に立ち会っているのかも知れんぞ」
それで張超は鮑信に答えた。
「これからは恐らく良い時代にはなるまい。しかしだからこそ、実力ある者が用いられる機会も増えよう。あの関雲長という男の存在は未だ、その時代を象徴しているに過ぎないよ」
張超が思うに、家柄のみを誇りにする人々は今後、必ずや淘汰される。これからは戦争の上手下手がものを言う、実力主義の世界がきっと開かれる筈だと思う。今まで低い身分の為に鬱々としていた人々も、その力を発揮できる時代が来るだろう。
「だから、良い時代にしようという一層の努力が必要なのだな。そして。では、強い郡を作る為にすべき事は、先ず何であろうかと、そう俺は時々考えるんだ」
張超は爽やかにそう謂った。関羽と言う男の、尋常では無い強さに因る勝利が、今迄伏せっていた張超の気持ちに、新鮮な風を通したかの様であった。自然と、これから来る戦乱の時代への不安を、何故か希望の夜明けの様に思ってしまっている。
「それは、貧富に拘らず賢者を迎え、貴賎に囚われず勇者を招く事だな?」
「うむ。今後はそういう時代だろうな」
「あそこで盟主面している男の立場も、二十年後は判らんぞ」
張超は「我々もな」という言葉を呑み、鮑信の言葉に微笑む。
総攻撃後の物資の不足を考え、張超は広陵に残してきた袁綏へ出す書簡の用意をさせた。



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投稿者 strap : 2005年08月27日 00:21

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