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2005年08月23日

英雄と名将の立つ風景 第四回

汜水の関は難攻不落。両軍は睨み合った儘、膠着状態に入っている。
連合軍は士気の低さと堅固な要塞の為に攻めに攻めれず、又董卓軍はその寡兵の為に連合軍を蹴散らす事が出来ない。
それで董卓軍は武将の華雄を立たせ、一騎打ちを挑んでいた。
一騎打ちは兵を温存したい連合軍側将官にも好都合だったが、華雄を斬れる者がいない。連合軍側は既に三人、華雄の為に討ち取られていた。
それで諸軍はじっと動かず、汜水の関を見つめる事しか出来なかった。
「しかし退屈だなぁ」
と、伸びながら夏侯惇が述べる。
「こう、何時までもじっと睨み合っていたのでは、その内、頭の上に小鳥が巣を作って、子を産み育てるぞ。そしたら俺は、雛の世話をして過ごさなきゃならなくなるじゃないか。厭だ、厭だ。あぁ、早く出番は無いものか」
司馬の役目である夏侯惇は、棗祗と同じく曹操の配下である。二人はあとどれ位敵との対峙が可能なのか、自軍の糧食を確認、そして計算していた。切り詰めて三月というところだろうか。
「そう睨むなよ。確かに退屈という割にはお前にばかり算数をさせてしまったが」
棗祗には睨んだつもりは無かったが、夏侯惇には計算を全て任せた引け目からそう見えたのであろう。棗祗には、それが本来の自分の仕事だという認識があるので、その様な事は全く気にならない。それに、曹操はその政治力の為に連合軍の中枢にいる訳であって、兵数に因るものでは決して無い。曹操の下には僅か五千の歩卒しかおらぬのだ。棗祗の能力からすれば、その程度の計算を煩雑だと感じる筈が無かった。
「しかし、睨み合ったまま飯を喰うだけというのは、本当にたまらんな。何とか雲梯でも用いて攻めぬ事には仕様がないぞ」
雲梯とは、古の時代、宋を攻める際に楚王が魯の公輸班に開発させた「要塞戦攻略用の梯子車」を指す。魏の禽滑釐の分類に因ると、この様な攻撃方法を「梯」という。
「しかし今攻めても巧くはいきますまい」
「そうなのだ。だからこうして見ているだけなのだ。実につまらんなぁ」
「先ずは、全軍の士気を上げる材料が必要ですね。華雄を斬る外無いでしょう」
棗祗が分析しても矢張りここは、華雄を斬る以外には無い。
「無いよなぁ。で、誰が斬る?」
夏侯惇が質問で返す。
「夏侯司馬では?」
「俺か? 俺には無理だ。三十合程度は持つかもしれんが、やはり駄目だな。悔しいが俺が斬られて終わりだよ」
夏侯惇の勇猛は良く知られた事実である。武芸に優れた陳宮が全く適わぬと、自信を喪失して劣等感に苛まされる程なのだ。棗祗に夏侯惇より強い者など想像もつかなかった。つまり棗祗は、ここで華雄の本当の強さを始めて知った事になる。「では華雄より強いとされる、呂布やその配下の八人は如何程か」と、棗祗は想像の及ばぬ事を承知で思った。
「第一俺に斬れるならば、早い段階でとっくに斬ってるよ」
と、夏侯惇は苦笑する。確かにこの男はそんな勿体ぶる様な男ではないなと、棗祗も納得をした。明日は顔良か文醜のどちらかが斬られるかも知れぬと、棗祗は思う。二人は行けば、確実に斬られるだろう。それも簡単にだ。簡単に斬られれば又士気は低下する。何か手立ては無いかと、棗祗は思う。
「何処かに斬ってくれる者は居らんかな」
「司馬が斬れぬと謂われるならば、居らぬでしょうな。最早こちらに猛者として名を知られるのは夏侯元讓しか居らぬのですから。実に困ったものです」
棗祗は落胆した様に答えた。しかし夏侯惇はこれに、溌剌とした調子で反論する。
「何を言うか。俺もおまえも、昨日までは無名だったでは無いか。お前の行政手腕は天下第一と皆が買うところではあるが、それとて埋もれていたのだ。今日無名の男が、無能故に無名とは限るまい。明日は英雄となるかも知れぬぞ!」
この様な事を言う時、棗祗は夏侯惇に「名将」としての資質を感じてしまう。猛将や智将といった言葉では包容しきれ無い、王の元で将を統べる将としての、大きな素質を感じさせられる。
「そうですな。そうでしたとも。確かに未だ無名の者が居るやも知れませんな」
「おう。公台も言っておったぞ。官に常貴無くして、民に終賎無く、能有らば則ち之を挙げ、無能則ち之を下す。人が終賎であるという事を推奨してはならん」
「しかし、今からこれを見つけるというのも難儀ですぞ」
こう聞くと、夏侯惇は
「うーむ」
と唸ってしまう。するとそこへ
「夏侯司馬に至急お伝えしたい事が」
と、伍長が走り寄って来た。夏侯惇は緩んだ顔を引き締めなおす。その両眼は鷲の様に鋭くなる。
「うむ、手短に述べよ」
「はっ。実は陣に男が侵入し、夏侯司馬と話がしたいと申して居るのです。劉備配下の軍候で、大切な話があると」
「追い返せば良いでは無いか。何故一々報告に来る!」
夏侯惇は怒号を発したが、伍長は
「それが、九尺二寸の大男で、棍を持っているのであります。本人、自分なら華雄を斬れると豪語しておりますれば、やはり先に夏侯司馬のお耳に入れておくべきかと判断致しました故に」
と、言い訳する。
「持っているという事は、構えている訳では無いのか?」
「はい。確かに一端を地に付けて持っているだけなのです。しかしその容貌は神眉鳳目。血色が良く、肌は薫棗の様な色で、見事な鬚髯の持ち主です。我等風情が迂闊に打ち込める隙はありません」
伍長は弱々しく理由を説明する。それでも夏侯惇は、
「結局のところは一人。囲んで数人で打ち掛かれば済む事であろう!」
と一喝する。
無論、夏侯惇の一連の叱責は正しい。一人の侵入者を一々夏侯惇が相手するべきでは無いのだ。本来は現場で対応して然るべきの事柄でしか無い。
しかし今は華雄対策が思い浮かばず、普段は冷静な棗祗でさえも切羽詰った状態になっていた。
それで棗祗は、
「これこそ明日の英雄やも知れませぬぞ。確か司馬は退屈されておりませんでしたか? この伍長がたった一人をこれ程に迄恐れるのです。先ずはこの男を試験する事から始めては如何でしょうか?」
と提案してしまう。
夏侯惇はしばらく考えると、
「おう、そういえばそうだったな。では今回だけは、俺が話を聞く事にしよう」
と、棗祗の顔を立てる為に言った。伍長の表情には安堵の気持ちが表れている様に、棗祗には感じられた。

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投稿者 strap : 2005年08月23日 03:01

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