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2005年08月20日

英雄と名将の立つ風景 第一回

時代は好い方向に動いていると、孫堅は思う。
俺の時代がやってきたなと、北叟笑む。爽やかな風が孫堅を撫でた。
これ迄は家柄が幅を利かせる時代だった。しかし今は違う。董卓が涼州の兵を用いて都を占拠してからこっち、有力者は武力ある人を重用し始めている。孫堅自身が、名門である袁家の麾下にあり、その剣の役を担っていた。苦しむ人々には申し訳無いが、何進に董卓入洛を奨めた袁紹や逢紀、荀攸等といった人々には、感謝してもしきれ無い。又、孫堅は以前董卓を斬れと、張温に進言した事があったが、これが聞き入れられなかった事を改めて感謝した。この時張温がその不遜な態度の為にこれを斬っていたならば、今の状況は無い。
董卓の入洛以降、天下は大いに乱れている。確かにこれ迄も、黄巾を捲いた妖賊の蜂起を発端として、辺章の乱等、漢の弱体化を示す叛乱は多かったし、孫堅自身もそれらの鎮圧に関わっている。しかし、今回のこれは大きく違うと思う。都自体が、董卓に牛耳られ、帝迄もが自由に廃され、そして又立てられているのだ。そう考えると、もう漢帝国もお仕舞いだなと、嬉しくなってしまう。乱世が来るぞと、喜んでしまう。無論、真に嬉しいのは実力がものを言う時代の到来であって、世が乱れる事自体では無い。しかし乱世が来なければ、孫堅の様な低い家柄の者が大きく飛躍する事など、到底出来はし無いのだ。だから苦しむ市井の人には悪いと思いつつも、時代の変貌を喜ばずにはいられない。世が乱れれば自分は、長沙太守などという低い身分に甘んじる必要も無いのだ。
孫堅は、己の用兵に絶大の自信があった。又兵法に自信があった。配下の将に自信があったし、養う兵にも自信があった。そして何より、自身の勇気に自信があった。個人的な武術では、袁術配下の兪渉に一歩譲るかも知れないが、しかし戦闘というものは兵を変幻自在に操る事こそが大事なのだ。それに関する機知と指揮は、誰にも負けぬとの自負が孫堅には強くある。孫堅はその武力を背景に、諸将と肩を並べる様な勢力となる事を望んでいる非常な野心家であった。今は袁術の補給に頼っているが、行く行くは己の支配地を持ち、大勢力になるという野望がそこには燃えている。
孫堅は未だ充分に若々しい男だった。今、夢と希望に燃えている。若々しい大志がそこにはあった。
現在袁紹を盟主として、諸将が董卓を囲んではいるが、これは只の見せ掛けに過ぎないと孫堅は思う。皆、董卓憎しの姿勢を取ってはいるがその実、涼州兵の恐ろしさの為だろう、戦闘をする意思などは何処にも感じられる事は無い。又、皆乱世の到来を予感しているから、自身の軍からは一兵も出したくは無いのである。戦力温存の為、折角戦闘の経験を積む機会であるというのに、誰も動こうとはしない。袁術にしても、今回積極的に孫堅を用いるのは、盟主として立つ従兄の袁紹に対抗しての事に他ならないのだ。力を見せ付ける事に因って、諸将にどちらが真に盟主に相応しいかを問おうという訳である。若し袁術が盟主の立場であったならばこの様な事は絶対に無かった筈で、じっと温和しく、ただ姿だけは悠々と、構えるのみであっただろう。孫堅は袁術を、「元来その器では無い」と軽蔑しているが、「自身が盟主になるべき」という勘違いがなければ今の積極性は無い訳であるから、この勘違いは歓迎していたし、孫堅自身焚き付けてもいた程だった。
孫堅は考える。
今は己を諸将に売り込む好機である、と。ここで大きな功績を挙げれば、孫堅も後々大きな基盤を持つ事に繋がる。そして漢への忠誠を声高々に謳えば、諸将への信頼を得る事も出来るだろう。これから来るのは乱世なのだ。一定の戦力と信頼さえ勝ち取ってしまえば、後は自身の才覚で何とでもなる。袁術は確かに大きな勢力であるし、これを内から喰らうのも悪くは無い。しかし袁術に拘る必要は感じていなかった。袁術で無くても、もっと良い条件で喰わせてくれる者があれば、そちらに乗り換えても良いと思う。無論、大きな手柄を立て、より大きな袁術の信頼を勝ち得たならば、よりその勢力を手中に収め易くなるというものだろう。
「明日が楽しみですな」
部下の程普が言う。確かに楽しみだと思う。
孫堅の軍は現在梁の東部に集結させ、攻撃間近であった。その数は、袁術に借りた兵も含めて一万余りに膨れあがっている。先ずこの数があれば、力押しで敵を圧倒出来るだろうと、孫堅は考えていた。汜水の関では今頃兪渉が一騎打ちに勝利して、大いに士気を上げている頃だろう。こちらも敵に大打撃を与え、戦況を大きくひっくり返そうと、そういうやる気に溢れている。
「うむ。世間では恐れられている様だが、董卓の軍など恐れる程のものでは無い。我が軍は今回兵数もあるし、明日は蹂躙するつもりでやってやろう」
孫堅が不敵に笑うのに、程普は大笑して頷いた。孫堅は辺章の乱の際、董卓の軍が敗走した事実を知っている。その顔には余裕が見て取れた。明日は孫堅の武名を天下に轟かせる事が出来ると、何も心配する事無く、本気でそう考えているのだ。部下達も皆同じ思いであるから、孫堅、或いは程普と同様の表情をした。士気は高い。
唯一人、祖茂という悲観的な男が、
「敵は寡兵と雖も油断は禁物ですぞ」
と忠告をする。
だが孫堅は、
「こちらには大軍がある。戦とは、兵数と勢いでするもの。杞憂であるよ」
と闊達に笑い、それを全く相手にしなかった。

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投稿者 strap : 2005年08月20日 04:14

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