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2005年07月10日

三国志の登場人物:黄権

天草さんの三国志博物館集解の記事陳寿のメッセージを読んで、思い当たった事を書く。


黄権の伝が蜀書(黄李呂馬王張伝第十三)に収められている事は不可解であると思います。
黄権は劉備に八年、魏に十七年仕えました。赤龍さんが同ウェブログで書かれた潘濬と(年数を見れば)同じようなものなのに、何故か魏臣としての扱いではありません。黄権は魏で車騎将軍をおくられ、景侯という諡までもらっています。魏で手厚く遇された事は間違いないにも拘らず、です。
又、黄権は劉璋の配下だった時、

左将軍有驍名、今請到、欲以部曲遇之、則不満其心、欲以賓客体待、則一国不容二君、若客有泰山之安、則主有累卵之危。可但閉境以待河清
と、「劉備は驍名があるから、部曲の待遇は不満を抱くでしょうし、賓客として向かえれば国に君子が二人いる状態になり、客が安泰ならば、劉璋は卵を重ねた状態の様に危険です。ここは国境を閉じ、静かになるのを待ちましょう」と、発言しています。この発言は、劉備の戦略を見抜いていただけでは無く、劉備をを危険人物と見なしていた事をも現すエピソードです。
この様な人物を陳寿は何故、蜀臣として扱ったのでしょうか?

黄権は、猇帝の戦いの最中、退路を断たれ、已む無く呉よりはと魏に下りました。故に、その家族は蜀にあったのです。
黄權が蜀に留めた子、黄崇は、尚書郎として諸葛瞻の軍に随行し、綿竹にて鄧艾の軍と交戦。ここで戦死をしました。これは263年の出来事ですが、この時陳寿は三十代の始めだった様です。
若しかしたら陳寿は、黄崇を良く知っていた為に、その父を蜀臣として扱ったのかも知れませんね。黄崇が蜀に殉じた事を大切にしたかったのかも知れません。

黄権は、僕が是非作品にしたい人物の第一番目ですね。

投稿者 strap : 2005年07月10日 18:24

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三国志 全8巻セット (ちくま学芸文庫)

三国志 ちくまの全訳三国志の文庫版を、セットで売っています。
「三国志」は、西晋の陳寿が記した歴史書で、三世紀(つまり三国志の時代に近い年代)に書かれた、正史のうちの一つです(正史は「二十四史」と言う様に、複数存在します。「後漢書」や「晋書」も正史の内の一つです)。この訳本では、裴松之という人によって付けられた注釈も、同時に収められています。
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