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2005年06月26日

登場人物のモデル

小説を書く時、やはり脇役には気を配る。僕の場合、主人公よりも気を使っている。脇役がしっかりしていれば、主人公が少々非現実的でもリアリティーを保てると考えるからだ。

そういう訳で、僕の場合、脇役には身近な人や身近だった人をモデルとして書く事が多い。これは設定を借りるという事では無く、行動原理を借りる(結果として設定を借りる事もある)という事だ。
僕の作品は、
脇役が実在しそうな感じ
と、知人に評された事があるが、実在する人物をモデルとしているのだから、当然といえば当然かもしれない。

昨日の遅く、大学の時の先輩から連絡を戴いた(この先輩は学生時代、「頭脳明晰」「容姿端麗」「スポーツ万能」と、随分と他の大学の女学生に囲まれていた人だ。この人は僕の「文武両道な爽やか青年」というカテゴリーの基本スタイルである)。
その先輩の話に因ると、僕らの共通の先輩の葬儀が昨日あったのだそうだ。僕には連絡が取れず、今になって漸く電話が繋がったのらしい。その亡くなった先輩も、僕は作品でモデルにさせて戴いている。葬儀に往けなかったとは、何とも不義理な事をしたと思う。せめて弔電位は打つべきだったであろう。

その先輩、川さんは、典型的な佐賀県民であった。「葉隠」の佐賀である。
佐賀出身者には法曹関係や警察に進む者が多いという(これは無論、佐賀出身の江藤新平の影響を考慮すべきかも知れないが、そもそも江藤新平が司法卿となって我が国の各種法規の整備をしたという事こそが、佐賀県民の県民性故とも言える。佐賀大学から法学部が無くなって三十五年が経つ。私見を謂えば、再度置くべきだと考える)。佐賀県民の義務や道徳を強調する性質が、それらの職業に適しているのだろう。
川さんは、少々規則には煩い人ではあったが、皆尊敬していたし、頼りにしていた。
使い古された陳腐な言葉はここには書かぬが、川さんにとって良い人生であった事だろうと思い、今は一杯のバーボンを胃に流し込みたい。

昔の知人の話も聞いたが、皆随分と変わったようだ。
大学時代の知人は登場人物のモデルにするが、僕が彼らと逢えば、イメージを崩されて作品に支障が出るかもしれない。逢いたくもあるが、逢わぬが屹度良いのであろう。
どうせ、あの頃のような関係には成れぬのだし、ここは思い出を大切にしたい。

投稿者 strap : 2005年06月26日 01:45

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