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2005年06月18日

呉と碁

三国志と囲碁(2)では、呉滅亡に関するエピソードを書きましたが、呉では囲碁はどの様なものだったのでしょうか?

呉で囲碁は大流行していたようです。厳子卿(呉の八絶の一人)、馬綏明など、民間にも名を知られた棋士がおり、非常に盛んだった様子が残っています。孫和は人々が囲碁に夢中になり、仕事が疎かになることを憂い、部下の韋昭に、「博弈論」という書物を書かせ、囲碁ブームに水を注そうとした様です。が、これは失敗したようですね。

三国志での囲碁を語る時忘れてはならないのは矢張り、「忘憂清楽集」に収められた、「孫策詔呂範弈棋局図」でしょう。「忘憂清楽集」は南宋の文人、李逸民は記した書物で、「孫策詔呂範弈棋局図」は四十三子で終わっています。私も写しを見ましたが、先手である白(地位的な事を考えれば、呂範)が有利なようではありますが、飽くまで形勢有利というだけで、ここで黒番投了とは考え辛い中途半端な棋譜です。
しかしこの「孫策詔呂範弈棋局図」にはもっと不思議な事があります。それは、盤が十九路盤なのです。
李逸民自身は疑っていなかったのかも知れませんが、三国時代の碁盤は現在、十七路盤だと思われています。呉ではすでに、十九路盤を使っていたのでしょうか?
僕は偽作の可能性のほうが高いと思います。

投稿者 strap : 2005年06月18日 03:16

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