« 三国志と囲碁(1) | メイン | 夏侯淵の騎馬 »
2005年06月15日
三国志と囲碁(2)
三国志と囲碁(1)であげた以外では、どんな故事があるでしょうか?
最も有名なのは通俗演義の、関羽が華陀に肘の治療をさせながら、馬良と一局打つシーンでしょう。本邦でも書画のモチーフとして好まれた様です。
曹操が孔融を殺した際、孔融の息子(数えで9歳)と娘(数えで7歳)は碁を打っていたとあります。周りの人は逃げる様に薦めたようですが、兄妹は子供の足で逃げるのは無駄と知っていたので、そのまま対局を続けました。これを知った曹操は、二人の聡明さを危険と感じ、殺害しました。幼い子供の利発さを危険視する辺りが、曹操の魅力であり、嫌われるところなのでしょうね。
さて、時はずっと下って西晋の黎明期。
鎮南将軍の杜預が、「呉攻めはドヨ?」と詰まらない洒落を言いますが、司馬炎は碁を理由にそれを無視。彼は内政安定を重視する政策を採っていました。
しかしそれを知った対局者である中書令張華が、碁盤を退け、進言します。
こうして二十万の大軍で建業へと侵攻する事が決定しました。
こうして、ついに三国時代は終わります。
しかし直言した張華は内政重視を説く賈充の為に左遷される事となりました。
投稿者 strap : 2005年06月15日 00:40