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2005年05月14日
建安三年、追撃戦 (5) 離隔前夜
(建安三年、追撃戦)
曹操がそういうルートを選定したのか、元々そういう道だったのか(張繍軍には賈クが居ますから、可能ならば必ず行った筈です)、曹操軍は張繍の軍から平行追撃(や迂回による側面攻撃)を受ける事無く、安衆へと無事後退しました。いえ、ここまでは後退したと言うよりも、引き釣り込んだと見た方が正しいかもしれません。曹操はここで一度逆襲を試みた後に、一気に離脱を図る事に決めています。
曹操の凄い所は、
・敵の精鋭からの後退を長期に渡って実行した事。
・遅滞行動によって戦力を温存させながら後退している事。
・交互後退をさせられる程、軍規が整っている事。
・長期の後退戦を行っているにも拘らず、兵のモラールが高かった事。
・急ぎの後退であったにも拘らず、無事に撤退する為慌てて逃げていない事。
などがあげられると思います。
さて、この時曹操は離脱用のトンネルを掘っています。
恐らく土は防塁として積まれ、防御の構えを擬似的に作り、張繍軍の目を欺いたのでは無いでしょうか?大量の土を隠さねばなりませんし、隠すならばこの方法が一番良いと想像します。つまり、抗戦の構えを一度見せ、離脱開始を見誤らせたと。
これが攻撃の部隊を隠す為の時間となりました。
投稿者 strap : 2005年05月14日 00:43
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