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2005年05月08日
建安三年、追撃戦 (2) 状況
(建安三年、追撃戦の続き)
さてこの時、曹操はどういう状態だったのでしょうか?
「武帝紀」には、
三月に曹操は張繍を穣に包囲した。という内容が書かれています。
しかし五月には劉表が張繍に援軍を出し、後方からの支援を絶つ。
又、田豊が袁紹に「許(曹操の本拠地)を急襲すべし」と進言した情報を入手。
これ故曹操は張繍への包囲を説いた。
この為、張繍の軍は追撃をしてきた。
「賈ク伝」に因れば、張繍は世辞が半分と見ても、かなりの武勇の持ち主として描かれています。
その張繍が、精兵を率いて追撃を開始しました。
追撃と後退(離脱及び離隔)では、当然追撃に分があります。
ピンチと言っても良いでしょう。
これを「計画後退」として逆襲まで考えるのが、曹操を後退戦の大家であると僕が考える所以です。
投稿者 strap : 2005年05月08日 18:01
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