2005年05月04日
非攻(2)
(非攻(1)の続き)
さて、その墨子「公輸第五十」は、墨子の伝記的部分の中でも、特に物語要素の強いパーツです。
ここでは「第五十一(実際は五十一は紛失しているので、「備城門第五十二」)」以降に続く、軍事を解説した部分の導入部であり、禽滑釐の率いる門弟三百人が宋に配置されているなど、技術書としての信憑性を高める為に挿入された部分です。
そのあらすじを見てみましょう。
あらすじ
斉にいた墨子は、楚が宋を攻める事を知り、それを止めさせるべく楚へと向かう。魯迅が忠実に物語を再構築している事が判ると思います。
雲梯(攻城用梯子車)の開発者である魯班、楚王を論破し、墨子は非攻を説く。
この後、魯班に卓上模擬攻城戦を挑まれるも、墨子は簡単にそれを防いだ。
諦めきれない魯班は墨子を脅すが、墨子は既に門弟が宋で防衛の準備を始めている事を伝え、魯班を断念させる。こうして宋は危機を免れたが、墨子は帰路の中、宋で雨宿りをしている最中、間諜と怪しまれ追い払われた。
「非攻」という作品は、そのタイトルを十論の一である「非攻(「非攻上第十七」「非攻中第十八」「非攻下第十九」)からとっており、墨子の思想を通して民国人に、抗日の為に行動する事を説いた作品です。しかし我々が読む時は、その「故事を題材」というオブラートの為、純粋な物語として楽しむ事が出来ます。
墨家は、平和主義者の集団であり、その為に弁論の術に長けていました。又、平和の維持の為には武力を持たねばならぬ事を知る現実主義者の集団で、防衛技術の研鑽だけでなく、防衛の為には合理的な手法を用いなければならない事を説きました。葬儀の為に金銭を使う事や、先祖への過剰な崇拝を非難した事も、その合理主義故でしょう。
どこかで聞いたような集団ではありませんか?
陳倉城攻防戦に続く。
投稿者 strap : 2005年05月04日 11:51