2005年04月25日
囲碁と三国志小説の執筆
後漢時代の文化、風俗(囲碁編)でも書きましたが、僕は囲碁のシーンが好きなのですよね。
効果的に人物紹介ができると思います。
私の呂布シリーズは、こんなシーンから始まります。
陳宮の惨敗であった。 決戦場への戦力の集中投入と、攻勢の激しさは賞賛に値したが、それは飽くまで局地戦に強かったというだけで、陳宮に大局観は無く、地を大事にしてはいない。彼が戦況に影響は無いと判断した左辺の変化が、局面を一変させた。 「手は厚い。攻めは鋭く、理にも適う。かと言って打ち過ぎもありません。唯、視野の狭窄が問題です」 と、陳宮の顧問を勤める棗祗は謂った。 陳宮は駄目ばかりの十七条十七路の盤を再度見た後に、黒々と石の積まれた棗祗の浜を見る。序盤は確かに陳宮が優勢だったのだ。 置き石と右上隅の布石に始まる陳宮の打ち筋は、能動的に形を作る妙手好手の連続で、新しい定石を開発したかの様であった。併し中盤、棗祗は陳宮の苛烈な攻めを凌ぎきると、左辺から中央にかけ軽々と地を確保し、簡単に押し戻した。そして終盤になれば、上辺から右辺にかけて展開した黒の大石を中央と隅の二方から分断し、瞬く間に潰して了ったのだ。結局した時、陳宮の地は右下隅に僅かに存在するだけであった。形勢判断力や読みの深さもさる事ながら、その集中力の持続に陳宮は感嘆した。それに引き換え自分は情けないと思う。 陳宮は外の霧雨を一瞥する。霧雨の作り出す鬱々とした景色が、陳宮には重苦しく感じられ不快であった。 「常に忠告致しておりますが、急場よりも大場を観る事が重要です」 と、几帳面に駄目押ししながら棗祗は忠告をした。陳宮の戦術家としての素晴らしさを表現する事に繋がる大事なシーンです。又短いシーンですが、曹操の軍で後に屯田制を強く推進する棗祗の几帳面さ、大局観等も出てはいないでしょうか?
ちなみに僕の陳宮、弓に適した様に右利きです。作中利き手、利き足、利き目に関してはかなり長く喋らせますが、ここでも右利きを強調したちもりです。
右利きが過ぎるから、左辺に気が廻らないのですね。
投稿者 strap : 00:35
2005年05月02日
独自に創作した新しい人物の否定
僕にはわからない。三国志の自作小説に、「独自に創作した人物」を沢山出す人が。無論、小説に限らぬのだが。
三国志には、魅力的な人物が腐る程いる。探せば、歴史書には何をしていたかが書かれていない人物も多い。趙雲、黄忠といった、物語で良く知られた人物ですら謎は多いし、想像の余地はある。だのに何故態々と、平凡な人物を創作する必要があるのだろうか。
無論成功している例はあるだろう。
しかしあえて言いたい。
同時代の人物を全て登場させている訳でもないのに、軽々しく登場人物を増やすな!!
と。
尚、僕の呂布シリーズ第一部に登場する人物と役割を一部挙げる。
棗祗‥‥‥東平に赴く陳宮の顧問。
戯志才‥‥曹操軍の天才的軍略家。
李乾‥‥‥曹操軍の猛将。仮司馬の楽進と不仲。
任峻‥‥‥陳宮が中牟の県令をしていた頃、逃亡者を曹操と見抜く功曹。
万潜‥‥‥官吏。
王国‥‥‥官吏。
薛悌‥‥‥官吏。楽進と李乾を仲裁する。
王必‥‥‥荀彧派閥。陳宮と不仲。
侯声‥‥‥荀彧派閥。棗祗と不仲。
袁綏‥‥‥張超から曹操への使者。
董訪‥‥‥「呂布別伝」の著者。
夏侯惇‥‥未だ両目。
まぁ、ニヤリとする人も多いと思う。
でも、馬の名前ならいいかなぁ?
2005年06月26日
登場人物のモデル
小説を書く時、やはり脇役には気を配る。僕の場合、主人公よりも気を使っている。脇役がしっかりしていれば、主人公が少々非現実的でもリアリティーを保てると考えるからだ。
そういう訳で、僕の場合、脇役には身近な人や身近だった人をモデルとして書く事が多い。これは設定を借りるという事では無く、行動原理を借りる(結果として設定を借りる事もある)という事だ。
僕の作品は、
脇役が実在しそうな感じ
と、知人に評された事があるが、実在する人物をモデルとしているのだから、当然といえば当然かもしれない。
昨日の遅く、大学の時の先輩から連絡を戴いた(この先輩は学生時代、「頭脳明晰」「容姿端麗」「スポーツ万能」と、随分と他の大学の女学生に囲まれていた人だ。この人は僕の「文武両道な爽やか青年」というカテゴリーの基本スタイルである)。
その先輩の話に因ると、僕らの共通の先輩の葬儀が昨日あったのだそうだ。僕には連絡が取れず、今になって漸く電話が繋がったのらしい。その亡くなった先輩も、僕は作品でモデルにさせて戴いている。葬儀に往けなかったとは、何とも不義理な事をしたと思う。せめて弔電位は打つべきだったであろう。
その先輩、川さんは、典型的な佐賀県民であった。「葉隠」の佐賀である。
佐賀出身者には法曹関係や警察に進む者が多いという(これは無論、佐賀出身の江藤新平の影響を考慮すべきかも知れないが、そもそも江藤新平が司法卿となって我が国の各種法規の整備をしたという事こそが、佐賀県民の県民性故とも言える。佐賀大学から法学部が無くなって三十五年が経つ。私見を謂えば、再度置くべきだと考える)。佐賀県民の義務や道徳を強調する性質が、それらの職業に適しているのだろう。
川さんは、少々規則には煩い人ではあったが、皆尊敬していたし、頼りにしていた。
使い古された陳腐な言葉はここには書かぬが、川さんにとって良い人生であった事だろうと思い、今は一杯のバーボンを胃に流し込みたい。
昔の知人の話も聞いたが、皆随分と変わったようだ。
大学時代の知人は登場人物のモデルにするが、僕が彼らと逢えば、イメージを崩されて作品に支障が出るかもしれない。逢いたくもあるが、逢わぬが屹度良いのであろう。
どうせ、あの頃のような関係には成れぬのだし、ここは思い出を大切にしたい。
2005年09月23日
三国志小説での自画像
画家を志していた友人に、カソリックの宗教画について聞いてみた。
カソリックの宗教画の内には、画家が背景としての群集の一人を自画像としたり、画の主題では無い聖人を自画像としたりする事があるのだそうだ。
絵画の世界で自画像は、人物をモデルにする時の一般的な題材ではあるが、それとは別に、自己をより深く表現する手段でもあると思う。そうでなければ、背景に自画像を書く事はしないだろう。
小説においても、「自画像」というカテゴリーに含まれる登場人物はいる。
プライド 中島敦作品の登場人物や、魯迅「故郷」を読んで頂ければわかると思う。
ぶっちゃけた話をすれば、
「小説の登場人物は全員、執筆者の性格を反映している」
と、言えるとは思う。作者が考えた事も無い事を登場人物に思わせる事は出来ないからだ。少なくとも、言わせる科白を、何故その人物が吐くのか、という事を理解していなければならないだろう。仮に考えた事も無い事を登場人物に言わせてもリアリティは薄い。
しかしそれは、厳密な意味での自画像では無い。何故そう考えたか、という事を理解出来るというだけで、それは自己では無いからだ。重なる部分があるに過ぎない。
とはいえ、完全な一致などある筈も無いから、ここでは作者が「意識して」己と重なる部分を多く設定した人物を、「自画像」と呼ぶ事にする。
作家が作中に自画像を書く時、多くの場合はカッコの良いものでは無い。無論、結果として部分的にカッコ良くなってしまう事はあるかも知れないが、作者の意図はそこでは無い。他人の共感を得る為の人物は、悩みを持つものだからだ。人は同じ様な悩みを持つ人、それでいてそれに負けるつもりの無い人に共感する。
僕の三国志小説にも、自画像ともいうべき人物が登場する。ぼくの作品での自己の投影をしている人物は、呂布ファミリーの陳宮だ。共感するという事は、呂布ファミリーについてで一度軽く書いている。
僕自身の「負け戦人生」はここでは書かないが、彼自身の生き方を見るに、僕の生き方に似ている気がした。それで小説では、僕に似た性格に設定をし、僕に似た環境を与えた。
僕の作品、「わが三国志(未発表)」の主役は、陳宮、関羽、張遼の三名であり、曹操軍を描く三部構成であるが、その本当の主役はやはり呂布ファミリー全体である。この作品では、呂布ファミリー中の重要人物である陳宮を自画像とする事で、ある程度のリアリティを付加出来たのでは無いかと考えている。
もし読みたい方がありましたら、大伴銃砲火薬店私書箱まで連絡下さい。
2006年04月03日
曹操を小説化する事について
僕は実は作品に曹操を登場させた事が無い(CORRUPTION OHOTOMO EDITION 2004はリメイク作品であるので除く)。白沢図を書く以前、つまり三年程前に、天草さんに
「(陳宮の様な人では無く、)もっと良く知られた人物のエピソードを書いてみては」
という風に提案されたが、僕は曹操(と呂布、劉備、諸葛亮の四名)は作品に出さぬと、そう謂った位なのである。
無論、三国志小説を書いている訳であるから、作中何度も触れるが、しかし曹操地震が登場するシーンを書いた事は無い。唯一書いたのも、さて、早速執筆再開で書いた様なまるで「記録」の様な形でである。曹操は難しいのだ。
曹操は難しい。
イメージとしては
情の人で有りながら非情の人であり、強力なリーダーシップを持ちながらボトムアップを推奨する。悪を憎むが善人では無く、悪の必要性を知るが、悪人では無い。という感じである。
背反する多くの特徴を併せ持つ複雑な人物。
悪漢の魅力はわかるが、曹操を完全悪とする訳にはいかぬし、善人として描く訳にもいかない。偽悪家でも無い。
無論、悪人の魅力や、悪漢の魅力もわからぬでは無いが、曹操をそれらのキャラクターと同じ括りにする訳には矢張りいかない。(僕の中で)曹操は改革者としての偉大な一面も持つ英雄であり、単なるヒールやダーティーヒーローと同列に並べる訳にはいかないのだ。何と言っても
抑可謂非常之人 、超世之傑矣と評される人物なのである。
多面性を持った人物であり、単純なステレオタイプにはめる事は不能な人物。
人は誰しも複雑で、多くの自家撞着を含むものではあると思うが、しかしこの曹操という人物は描き辛い程に極端である。
又、僕自身の人間的未熟の為、曹操自身の立場を理解する事が難しいのだろう。
三国志の登場人物は、誰を見ても一角の人間で、曹操ばかりがその立場の難しい人では無い。
そこは自分なりに想像、解釈して書く訳だが、しかし曹操の考えている事はさっぱり解らない。全くイメージがわかないのだ。生きている曹操を書く事が、全く不可能なのだ。
CORRUPTION OHOTOMO EDITION 2004では確かに曹操を描いたが、これは堕落を書いた天草さんのイメージを僕が再構築したもので、僕のイメージでは無い。飽くまでもこの人物は、曹操を演じる部品でしかないのだ。
曹操と呂布の二人は、僕にとって思考がそこに及ばないタイプの人である。歴史上何をしたか、という事は解っても、何故そうしたか、という小説的な想像を膨らませる事が、僕の経験の乏しさから、困難に過ぎるのである。
今後の課題としたい。
これが独自のルールになったものと自己分析する。
尚、劉備、諸葛亮を書かぬのは、又別の理由であるが、これに関しては次の機会に譲りたい。
2006年05月11日
三国志に仮託するという事
アマチュア三国志小説作家のeiさんは、eiさん自身の作品の感想掲示板で、
私は『敗戦こそドラマ』だと思っていますと述べられている。
僕自身、三国志小説は「滅び」こそテーマだと考えているが、不思議と「負け戦」を描いた事は無い。
それは恐らく荒野の七人
さて、僕は三国志小説の自作目録の中に、「借りる」という言葉を入れている。三国志に設定を借用した作品という意味だ。「この作品は歴史小説では無い」という意味にとって戴いても構わない。
今回はこれについて若干話題にしたい。
僕自身、三国志(に限らず、原典・原本と呼ぶべき先行テクストのある作品)の小説化には、二通りのスタイルが存在すると思う。無論二通りのスタイルは、互いを混じり合わせて一つの作品とする事もありえるだろうが、ここは二つのスタイルの純粋な部分を考える為に、とりあえずその様な事が無いものと考える。
一つは、
三国志を独自の解釈で抽出し、物語としての娯楽性を高めるスタイルである。三国志を題材に、面白い作品を目指す、解り易く説明する、異説を唱えて読者を驚かせるというものである。「歴史の物語化」と言っても良い。正統的な方法であり、これこそが本来「歴史小説」と呼称される小説のスタイルである。多くの三国志小説はこの分野に属し、書き手は読者に「物語、ストーリー」を見せる事を主とする。これには一応、歴史上の人物の史料に残されない過去、史料に残されない側面といったものを描く作品(厳密には歴史小説ではないだろう)も含む事とする。
さてもう一つであるが、僕は
三国志の設定を借用して、主題を仮託するスタイルを考えている。
三国志の中には様々な境遇の人がおり、その中には本来書くべき主題に似た境遇の人もある。
現代劇では書き難い事も、三国志に仮託すれば書きやすい事、理解され易い事もあると思う。古代中国という題材が現在の日本とは時間と空間を大きく隔たせ、その程好い距離が、問題に一つクッションを設ける事もあるだろう。故実に近代の不条理を投影させる事を目的とする人もあろう。
特に私小説などは三国志にその設定を借りる事で、随分と書きやすくなると思う。古き中国の歴史に自己を取り巻く環境を投影させ、自身を投入し登場人物とする。表現手段として三国志の設定、物語を借りる訳である。こうする事で自己の心情を吐露、若しくは訴える人もあるであろう。これは「自己の告白」と言い換えても良い。
三国志の小説といっても、歴史小説や娯楽作品ばかりには限らないと思う。
事実僕の作品にそういうものは少ない。
2006年05月23日
周倉木強人也
行年三十一 狂生迎誕辰
木強嗤世事 狷介不交人
種花窮措大 書蠹病痩身
不識天公意 何時免赤貧
というのは、中島敦が昭和十四年の誕生日に詠った「五月五日自哂戯作」というタイトルの五言律詩ですが、僕はこれで初めて「木強」という言葉を知りました。
まあ「木強嗤世事 狷介不交人」と山月記の李徴との関連は今回述べない事にして、今回は「木強」の語源についてメモ的に。
先ずこの言葉の語源は、「漢書卷四十二 張周趙任申屠伝第十二」の
賛曰(中略)周昌木強人也です。同じ漢書の「卷九十 酷吏伝第六十」には
軽斉木彊少文と、「尹斉の木彊にして文の少きを軽んず」とありますが、これはまぁ正確には「木彊」ですから、「木強」は周昌を指し表現した言葉とみて良いと思います。
西遊記と同時代の人物である顔師古の注に因ると「木強」とは、
其の強直(剛直)なること木石の如く然るを言う(言其強直如木石然)との事です。
さて、何故三国志を扱う本サイトでこの様な全く無関係と思える内容を扱うのかというと、「道法会元」という書には周昌の名が関平・関索と並び、「鄷都馘魔関元帥」の従属神としてみられると云うからだ。関元帥というのが関羽の事を指しているのは、もはや説明不要であろう。
三国志平話の注には、面白い事が書かれている。
周倉:(中略)関羽の脇侍としての周倉がどこから出たのかははっきりしない。この説明から察して解る様に、周倉のモデルは周昌であった可能性は高い。
関羽を神として扱ったのは、仏教のほうが早いが、現在の廟などのイメージはむしろ宋代に道教において、元帥神として形成されたものである。有名な道教儀礼書の一つである『道法会元』巻二百五十九には、そのような元帥神としての関羽が見えているが、ここにみえる周倉は「周昌将軍」となっている。これは冥界のことであり、漢初の人物で漢の高祖に仕えた周昌が関羽の部下になっていても実はそれほどの矛盾はない。ただ、単なる書き誤りの可能性もあり、周倉が本来周昌であったかは、とりあえず不明のままとしておく。
では、周倉のイメージも、「木強人」として良いのでは無いかと思う。
僕は自作「漆黒の躯」で、周倉を主人公として短編を書いた。
顔師古の「言其強直如木石然」という言葉を思い出しながら読んで欲しい。
(2006年5月28日の追記)
僕は投稿する際、エントリーを読み直したりする事が少ないのですが‥‥‥読み返してみればこのエントリーは特に酷いですね(汗)どこで一旦中断したかわかってしまいます。
一応、修正はせずに、そのまま残しておきます。
(2006年7月1日の追記)
「漆黒の躯」公開を中止。
投稿者 strap : 23:59
2006年06月05日
結城丈二に見るカッコいい登場人物
仮面ライダーの中で最もカッコ良いのは誰であろうか?
僕は結城丈二こと、ライダーマンを挙げたい。
先ずは仮面ライダーv3の登場人物である「結城丈二/ライダーマン」について、wikipediaから引用してみよう。
物語終盤で登場し、V3と共闘したサブヒーロー。(--中略--)結城丈二は全身に改造を受けた改造人間ではなく、強化服によって身体能力を増幅・補強しているだけのため怪人相手には苦戦するが、V3のアシスト役としてその能力を生かしていく(--中略--)。ジャンプ力20mや厚さ8cmの鉄板を打ち抜くキック力等一定の戦力は有しており、デストロン戦闘員には充分に太刀打ちできる(資料によってはジャンプ力10m、常人の6倍のキック力等の記述もある)。51話において最終兵器プルトンロケットに乗り込んで自爆し、自らの命と引き替えに東京を救った。この功績でV3から“仮面ライダー4号”の称号を贈られる。その後『仮面ライダーX』において再登場を果たし歴代仮面ライダーの戦列に加わるが、明確な生還劇は描かれていない。(--中略--) そのヒーローらしからぬアウトロー的なキャラクターと戦力的な弱さのためか、当時の児童層の人気は今ひとつであったが、その特異なキャラクターが成人したファンによって見直され、『仮面ライダーSPIRITS』等後年創作された外伝では重要な役割を演じていることが多い。仮面ライダーは全部で10人いるが、その中でもこの4号ことライダーマンは特異な存在である。
「2500ボルトの電流が無いと使えないドリルの腕(と言うか、ボルトは電圧の単位‥‥‥)」や、「年賀状が一通しか届かない」、「敵の最終兵器であるプルトンロケットは何故か有人操作」など、作中の面白いエピソードは沢山あるが、ここでは割愛する。
さて、ライダーマンのカッコ良さとは何だろう?
僕の大学時代の担当教官も、ライダーマンを最もカッコ良いと考えていた。この教官は、個人用電子計算機の周辺機器を収集する趣味があったが、そういう趣味の人らしく、「アタッチメントにゾクゾクする。僕はアタッチメント、という単語が好きなんだ。わかるかね? アタッチメント」と(ノートpcを撫でながら)言った。武器を状況に応じて変化させられる事を言ったものである。それもあるだろう。
又ある人は、半面である事を挙げた。映像として、他の仮面ライダーよりも感情表現が出来ているという事であろうと思う。それもあるだろう。
「仮面ライダーv3 第五十一回 ライダー四号は君だ!!」での散り際が涕を誘う。勿論それもあるだろう。
しかし僕は、今回別の方向から、そのキャラクターとしての魅力を綴りたい。
僕が考えるに、その大きな魅力は、「悪としての過ちの過去がある」という事であろうと思う。
この様なヒーローの歴史は意外に古く、例えばヤソ教の聖書の中にも登場する。それはイエスの死後に登場する、サウロというパリサイ派の若い指導者の物語だ(ここでいう悪と正義は、飽くまでヤソ教側からのものである事をお断りしておく)。早速「使徒行伝」の第九章から少し引用してみよう。
サウロは主の弟子たちに対して、なほ恐喝と殺害との気を充し、大祭司にいたりて、これは有名な「目から鱗」の語源ともなったシーンの前半部分で、この後
ダマスコにある諸会堂への添書を請ふ。この道の者を見出さば、男女にかかはらず縛りてエルサレムに曳かん為なり。
(--中略:サウロここでイエスの声を聞き失明する--)
サウロ地より起きて目をあけたれど何も見えざれば、人その手をひきてダマスコに導きゆきしに、
三日のあひだ見えず、また飲食せざりき。
直ちに彼の目より鱗のごときもの落ちて見ることを得、すなはち起きてパプテマスを受け、として、今度は逆にイエスの弟子となってしまう。尤もここからが艱難辛苦の始まりであったが、結局彼は、ヤソ教で最も敬われる聖人の一人となるのである。イエスの直弟子である十二使徒の名全てを知らぬ人は多いが、パウロ(サウロの後の名)を知らぬ人は先ずいない。一番弟子のシモン・ペテロについては、中島敦 弟子(1)に一度書いたが、皆さんは十二使徒を全て言えるだろうか?(ちなみに十二使徒は、シモン・ペテロ、アンデレ、ゼベダイの子ヤコブ、ヨハネ、ピリポ、疑り深いトマス、バルトロマイ、取税人のマタイ、アルパヨの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダ(タダイ)、イスカリオテと称ふるユダ、イスカリオテと称ふるユダの死後はマツテヤ。マタイ伝10及び使途行伝1参照)
かつ食事して力づきたり。 サウロは数日の間ダマスコの弟子達と偕にをり、
直ちに諸会堂にて、イエスの神の子なる事を宣べたり。
(しかし文語って、変換が大変(汗)引用は1887年の翻訳)
三国志演義や封神演義を見ていてもそうで、降将や賊上がりがヒーローとして活躍する事は多い。西遊記などは、主人公グループ五名にそれぞれ過去の過ちがある。
彼らには、「過去の過ちを償う」という目標がある為、非常に強いし(精神的なもの)、また苦悩も在る。贖罪に生きるヒーローというのは、悲しくカッコいい。その憐れが又、人間的魅力に繋がる。
結城丈二ことライダーマンとは、そういう要素をもった、償う為に生きるヒーローなのだ。だからこそ、プルトンロケットに乗り込む危険を買ってでて、己の生命と引き換えに東京を救ったのだ。
この様なヒーローこそが最もかっこいいと僕は思う。無論、仮面ライダーアマゾンに登場したモグラ獣人もカッコいい。その死に涕せぬ男はいないだろう。
無論、ライダーマンの魅力は、強過ぎないという親しみ易さが一番である。強過ぎないが故の懸命さが何ともカッコいい。これに関しては二度、映画「荒野の七人」から学ぶ三国志小説の作法及び自作解説:呉書シリーズ2) 濃醪で似た様な事を書いたので、今回は控える事とする。
投稿者 strap : 01:45
2006年08月06日
作中での悪役
僕の作品に悪役は少ない。
無論敵役や仇敵は存在するが、それは利害関係が違う、というだけの事が多い(無論例外はある)。
悪役は多くが味方側に存在する事が多い。
さて、僕の作品に出てくる悪役を表現した代表的な言葉を並べてみる。
・窃名
・虚名
・空名
・翰音
なんの事は無い。僕の嫌いな人種の事である。
具体的には例を挙げぬが、世の中「無能」であるにも拘らず、評価されている人々がいる。こういう者達と、それを評価している者達は、「天下の厚害」と言っても良いだろう。
強気は「挑戦的態度」ともとれるし好ましいが、勝気はいけない(学歴詐称をしたがるのもこの手合いである)。
自作元讓出征でもそうだが、僕の作品では、荀彧や袁紹などが、「家柄の良い無能で口達者な人物」として書かれ、悪役を担う。この場合、「家柄が良い」というのは、「各方面にコネクションがある」という意味でもある。つまり、コネのみで飯を食ってる者、食わせている者を悪役とした訳だ。「無能であるにも拘らず評価されている人」というのは無論「悪」だが、これらの評価を作りだしている人というのも悪い。こうして世の中は、無能が幅を利かせ、蔓延る事に成る。
さて、もう随分と落ち着いてはきているが、現在ある格闘技(誤解の無い様に書いておくと拳闘)の試合結果が注目を集めている。
ある種の週刊誌を除くマスメディアが、こぞって「強い」と評価する選手の試合であった訳だが、その判定がどうも妖しいというのである。大会関係者が、ジャッジに何らかのアプローチをしたのでは無いか、という疑惑の様だ。つまり市井の人々は、その選手の「強さ」が「虚像」なのでは無いかと疑っている訳である。
無論、僕に真実はわからぬし、八百屋の長兵衛さんなのかどうかを裁く立場にいる訳でも無いから、推測の内から糾弾すべきでは無いという程度の事しか言えぬが、しかしこのニュースは面白く見ている。矢張り世間の人は、「無能な者がコネを使って実力者であると評価されている事」を、嫌っていたのだな、と思う。
スポーツの判定が、マスメディアとの距離の近さに影響を受けてはならぬと思うし、格闘技の判定にコネを持ち込むべきでは無いだろう。
この疑惑が真実であるならば、彼と彼を作り出した人々は「天下の厚害」であろうと思う。悪役の資格はバッチリであろう。彼が真に「無能」であるならば、世間は彼を許すべきでは無い。
さて、それはそうと、今日は以前見に行った広島産業奨励会館の跡を思い出し、黙祷を捧げようと思う。
投稿者 strap : 05:39
2006年09月22日
悪カッコ好い
「エロかわいい」などという言葉が使われ始めた頃、僕も一つ作ってみた。
便利恐い怪奇現象なんだけど、便利だった時に使う言葉だ。例えば、「暑いなぁ」と思ったら、ポルターガイスト現象によって窓が開き、嬉しかった時。こういう時に使える便利な言葉だ(そもそも怪奇現象なんて存在しないので、使う機会はありませんが)。
まぁ、この話とはあまり関係ないが、今日、「悪カッコ好い(ワルカッコイイ)」という言葉が思いついた(「カッコ悪い」ではありません。「悪」で「カッコ好い」という意味)。こちらはなかなか使えそうな感じがする。「偽悪」では無い、「悪」のカッコ好さ。三国志演義の李儒や賈詡、曹操、それに呂布らがこの系統ではなかろうか(偽悪家は偽悪家でカッコ好いのですが)。
さて、この言葉で最初に思いついたのは、グローランサ神話に登場する、定命の祖父の息子、ランブリルである。ランブリルについては献策エンジンで見つけたが、まりおんのらんだむと~く+さんが詳しい(ので、ここでの説明は割愛する)。
ランブリルは、特に中部ジェナーテラの犯罪者達に信仰されている事からも解かる様に、犯罪者、盗賊の神である。ランブリルの信者というだけで、罰せられる事もある。
しかし彼は、単に法を犯す者の神ではない。ダーティーヒーローの神なのだ。
悪智慧で法を乱す利己主義者。
フィクションの世界の人物としてなら愛する事ができる、カッコ好いキャラクターだ。
僕もこういった人々を活躍させたい。
投稿者 strap : 00:51
2006年11月18日
周倉:三国志演義の登場人物、周倉
世間でよく知られた様に、周倉は架空の人物である。
周倉のモデルの一人は、周倉木強人也に書いた様に周昌であると考えられるし、又、「周瑜魯肅呂蒙伝第九」で「坐有一人曰、夫土地者、惟徳所在耳、何常之有」と登場する「坐有一人」もそうであると考えられている。
しかし矢張り架空の人物だ。関帝爺に従属する使役神たる周倉に、ご利益などある筈が無い。
さて、周倉の活躍を見ていると、面白い事に気付く。
彼は「力持ち」で「脚が速く」、「持久力に優れる」という戦闘特性を持っているが、それと同じ様に、「水上・水中での行動が得意」な様なのだ。
三国志演義第七十四回では、「倉素知水性、又在荊州住了数年愈加慣熟」と、水練に長けていた事がはっきりと書かれている。
つまり周倉は、「カイゾーグ神敬介」や、「バタフライゴールドメダリストにして汎海洋救難・防衛組織「WASP」に所属していた四男」のポジションなのである。
さて、ここで周倉初登場の第二十八回を思い出して欲しい。
「果見一人、黒面長身、持鎗乗馬」
と、彼は「色黒」であると書いてある。
周倉は黒い身体つきをしているのだ!
ご存知の通り、五行説で黒は「水」を表す。
戦闘時の「水性担当者」である周倉は、当初からそのイメージカラーを纏って登場していたのだ。
又、黒というのは、水中では保護色(隠蔽色)の役割も果たす。潜水艦の色も、当然黒い。
ハーマン・メルヴィルの「白鯨」という小説に、モビーディックという名のアルビノのマッコウクジラが登場するが、これは水中では目立って仕様がない。多くは幼い時に喰われてしまうだろう。アルビノの鯨が成長できるのはフィクションの世界だけである。
そういう意味で黒い肌は、水中活動従事者にとっては隠密に向き、機能的なのだ。
畢竟、水中用サイボーグには、銀の鱗を施すよりも、黒い肌の儘が良い。後のギルモア博士の手術は、明らかな失敗と言えよう。
2006年12月23日
「狡猾な」イメージの人
三国志の「狡猾」というイメージの登場人物を挙げてみる。
諸葛亮
司馬懿
孫権
程昱
董卓
劉曄
他にもあるだろうが、ここは趣旨の為にこれだけにしておく。この六名、「狡賢い」というイメージを持つ代表的な六名と言って良いのでは無いだろうか?
実はこの六名には、一つの共通点がある。
それは、「皆次男である(らしい)」という事だ。特別「狡猾」というイメージは無いが、恐らく麋芳(三国志演義では糜芳)等も次男であったと推測される。
次男というのは、「狡く」成り易いものなのだろう。
無論、上は全称命題などではない。次男であっても、許チョや文聘の様にそうでないイメージの者もいるし、曹丕の様に、「狡猾」のイメージがあっても次男と言えない者もある(曹丕は恐らく三男)。比較的次男は狡猾に育ち易いイメージがあるというに過ぎない。
しかしやはり世間のイメージでも次男はズルいイメージの様である。ちびっ子には大人気のだんご三兄弟の歌詞でも、
弟想いの長男 (長男) 兄さん想いの三男 (三男) 自分が一番次男 (次男) だんご三兄弟♪とある位なのだ。この自分勝手だというイメージ、利己的なイメージも、「狡猾」なイメージの前段階的なものであるだろう。
事実か虚構かは一旦置くとして、世間にもこういうイメージがある事は否めない(当然の事ながら「男はつらいよ」の寅次郎の様な例外あり)。
次男というのは、先に失敗する例、又は成功する例を見て育っている為、事実そうなり易いのかも知れない。狡いとまでは言えぬとも、要領の良い人に育ち易いのだろう。これが「兄-弟」では無く、「姉-弟」の関係の場合ではまるで違う。姉が経験する事を弟が経験するというのは、兄の経験を弟が追うのに較べて量の問題で違い過ぎるからである。男女ではその考え方も、経験も異なって当然であろう。
僕は自作、三国志掌編小説「謀臣の資質」の中で、李儒を
俺は身分も低い士官の次男坊で、当然当時の俺も身分低い、半農の士官の一人だった。と書いた。これはこういう次男のイメージに因るものである。僕に李儒は、次男以外に考えられなかったのだ。
尚、フィクションの世界の住人であるが、「シャーロック・ホームズ」と「リチャード・ボライソー」も次男である(あ、三大陸にまたがる女性遍歴を持つ「ジョン・H・ワトスン」もかw)。
投稿者 strap : 01:09
2008年02月28日
エルヴィン・ケーニッヒ
エルヴィン・ケーニッヒというのは、化け物の様な戦果を誇る、第三帝国の徂撃手で、架空の人物の可能性が高い人物です。ケーニッヒを殺すソ連邦英雄の英雄性を高める為に、ソ連側がでっち上げた人物なのでは無いかという考え方が、通説の様です。
却説このエントリー、実は一時間かけてながながと書いていたのですが、僕の不注意で全て消してしまいました。なので、以下に結論だけを書いておきます(涕)
ヒーローの物語を補強する為には、強敵の存在が不可欠であり、困難な敵を打ち破る事こそが、ヒーローの物語でヒーローをより輝かせる。
追記;これは本題とは関係の無いリュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリチェンコについて熱く語ったのが原因だろうか(涕)
2008年03月26日
弱点の無い人は面白みが無い
最近懐かしくなってYAWARA!を読み直した。
実に面白い漫画だと思う。
驚くべき事であるが、この漫画の主人公は登場時から最終回まで、ずっと「最強の存在」である。
体重が軽いと言うハンデはあるが、しかしその体重差をものともしない圧倒的な技術力を持っている。ライバル達が強くなったとしても、それを上回る強さを持っている。ブランクがあろうが全く関係の無い強さを持っている。寝技は苦手であるという描写もされるが、それは飽くまでも立ち技と比較しての話であって、その寝技も通常の一流選手を遙かに凌駕する強さを持っている。
柔道漫画であるが、そこでは主人公が技術的に成長する過程は全く描かれない。その分主人公の友人達が成長する物語を書く事によって、成長のパートを補っている。
却説、こう強すぎては主人公はピンチにならないのか?
実はそうではない。
この様に強過ぎる主人公もピンチになる。
そうでなければ盛り上がらない。
この主人公、実にメンタルが弱いのだ。
鳥渡した事で試合に集中できなくなってしまう。
そして怪我をしたりと、技術的に劣るライバル達のレベルに降りていく訳である。
こうやって見ていると、矢張りキャラクターに弱点が無いのはいかんなぁと、改めて感じさせられる。ウルトラマンも3分間しか戦えないからこそ、ハラハラするのだ。魔戒騎士なら99.9秒だ。危ない目をしたケイシー・ライバック兵曹にですら「優しさ」という大きな弱点がある。不死身のジークフリートにも、菩提樹の葉が張り付いていたと言う設定がある事はご存知の通りだ。
これは主人公側だけに限らない。
例えば主人公の敵やライバルも、「(技術的に)圧倒的に強い」という設定ならば、弱点を設けていた方が良い。でなければ、「主人公の方が(技術的に)強い」という勝ち方をせざるをえず、実に味気ないのだ。例えば「技術で劣る主人公がメンタル面で勝った」の方が、カタルシスがある。
吸血鬼に多くの弱点がある事はご承知の通り。
これは物語を扱うどのジャンルにも言える事だろう。
まぁ、「(技術的に)最強の存在」という物自体を僕自身は書く心算は無いが、しかし物語りはピンチがあるからこそ面白く仕上がるというものだろう。そしてそのピンチ(若しくはチャンス)は、「最強の存在」に弱点がある事によって生まれる。
ついでにニコニコから懐かしい映像をw
本書いてたのは結城凱の生みの親とも言うべき井上敏樹なんだよね。
2008年04月11日
「D&D」の影響
ゲームデザイナーである井上純弌氏が自身のブログであるBLOG希有馬屋で述べられている様に、現在の(一部の)娯楽小説はゲームデザイナーであるゲイリー・ガイギャックス氏が生み出したゲーム「D&D」、及びそれを始祖とするRPGというゲームジャンルの影響を、多分に受けている。
井上氏は今から僕が述べる事よりも「広い意味」で述べられている訳であるが、僕はここで登場人物の作法についてのみに限って(しかも否定的に)発言をしよう。
僕は度々「荒野の七人」という映画を「史上最高のアクション映画」と言うが、この映画の優れた部分の一つにスキルで登場人物を表現していないという事があげられると思う。主人公が七人もいるというのに、何か特殊な事が出来るとか、何かが得意だとかといった事で個性が表現されていないのだ。
確かにブーツホルツは「未熟」というスキル不足があるが、これは彼の「(いい意味での)怖さを知らない事」、「無謀な事」、「夢を持っている事」、「情熱や正義感がある事」という個性の為に必要な属性で、彼は六人の若い頃の姿と同じなのであるから、「未熟な人」なのでは無く、「若い頃を思い出させる人」なのである。
又、コバーンの役はナイフ投げを得意とするが、これはオマケみたいなものだろう。
つまり七人もいる主人公達は、持ってる武器や、得意技などで個性を与えられている訳ではなく、その性格によって、明確に分けられている訳である。
もし凡庸な人が七人のガンマンを書いたらどうなるであろうか? 「二挺拳銃使い」、「徂撃の名手」、「馬上撃ちの達人」、「早撃ち名人」などといった人々になっていたのではないだろうか?
僕は「特技」や「武器」で登場人物にお手軽に個性を与える手法を、「サイボーグ009形式」と独自に命名している(もっとも「サイボーグ009」自体はお手軽では無いが、こう言った方がわかりやすいので)。
却説、現在の一部の娯楽小説には、この「サイボーグ009形式」で登場人物の個性を作ったものは数多く存在する様だ。それらは役割分担と呼ばれ、「剣に秀でた者」、「魔術が使える者」といった「スキル」で個性を表すやり方である。
無論こういうやり方は、過去の作品にも多く有ったのだが、僕は本邦の今のそれは、RPGというゲームジャンルの影響だと考えている訳だ。
RPGというゲームでは、戦闘で活躍する場を奪い合わないように、なるべく異なった特技を持つ登場人物を想像する。「D&D」でいえば、「戦士」、「魔法使い」、「僧侶」、「盗賊」、「エルフ」、「ドワーフ」、「ハーフリング」の七つにキャラクターが分類され、「戦士」以外は通常そのゲームで2人以上いる事は無い。これはゲームであるという特性上、ある程度仕方の無い事であった。
ところがこのシステムをそのまま小説に持ち込んだ人達がいるんですね。代表的な作品はドラゴンランスシリーズであろうか。
そして本邦でも多くの劣化した類似作品が作られ、今に至る訳である。それらの作品は明確に、「D&D」以降のゲームの影響下にあると言ってよい。
これらは「指揮」、「支援火器」、「通信」、「衛生」の様な分隊での役割分担に似てはいるが、実はそうではなく、ただ手本(ドラゴンランスシリーズや、RPG)の前例に倣っているだけの、構成でしかない。前例を模倣しただけのそれは、「役割分担」よりも「諸兵科混合」に近い様な気がする。
これらの作品は、安易にそれらの手法(サイボーグ009形式)を取り入れた作品であるが為に、うすっぺらいのである。登場人物はどれも類型的で、特徴が無く、どこかで見た事のある人物ばかりになってしまった訳だ。
スキルによって登場人物を区別するというやり方は、安易であるが故に、人の個性を失わせてしまう。
