2006年11月25日

発石車を主役に掌編小説

発石車カテゴリーで何度も書いたが、発石車は僕の作品では重要な大道具である。
少し思い立って書いてみた。

数字などは適当……というか語呂優先です。
以前作品で、
「官渡に送られ、現地で(発石車は)七十余基が運用される」
と書いた時も、「嘘、大げさ、紛らわしい」感じだったのですが、今回輪をかけてみました(現在世界の人口は65.5憶人、中国は13.2憶人)。

興味を持たれましたら、CORRUPTION OHOTOMO EDITION 2004もどうぞ。ほぼ同時代(というか、同時期)の物語です。

タイトル
「袁曹官渡にて相対す」

 九月の風が凪いだ。
 曹操は一列に並ぶ、三千基の巨大な塔の前に立つ。
 破壊と粉砕の為に造られた、科学の結晶。攻撃の為だけに創造された、力の象徴。畏怖と憧憬の眼差しで兵達が見つめる、駆逐の為の兵器。見上げる高さは三十丈。
 地平の先では、歩騎合わせて二億六千万の軍勢が濛々と土煙を上げ、塔に駈け寄せて来る。
 しかしそれを観ても表情を変えず、静かに曹操は謂った。
「暴力で弱きから冨を貪り、列強を自負する人々よ。最早、諸君等の時代は終わった」
 大軍を率いる敵は袁紹。暴力で多くを滅ぼし、倒した相手から全てを奪い、捥ぎ取ってきた男だ。
 袁紹が曹操の支配地に侵攻を始めて一年。良く耐えたものだと曹操は思う。
 袁紹はその強大な軍事力を背景に南下。白馬、官渡と、士卒を動員出来ない曹操に対し、二正面作戦を展開して大攻勢に出た。この間の戦いは非常に苦しく、曹操は防戦一方が続く。拠点の死守に全力を傾け、何とか被害を最小に喰い止めてきたのだ。
 しかしもう、忍耐の時間は終わりであった。今こそ攻撃に転じる時である。
 今曹操の麾下には、三千基の塔がある。炎の霰をも降らせる決戦兵器。破壊する為だけに開発された、巨大な兵械。
「列強を名乗り、自認し、驕り高ぶる人々よ。私は諸君等よりも狡猾な手法で諸君等を挫き、諸君等を破滅へと導こう」
 曹操は砲戦準備の合図の為、右手を低く静かに挙げる。
「砲撃準備ー!」
「砲撃準備ー!」
 と、復唱が続く。
「側的完了」
「石弾装填完了!」
「風向、風速、変わらず安定。現在北北東の風、風量微風」
「気温、湿度、共に異常無し」
「角差修正良し」
「曳索要員、全て配置完了」
 各々で発射の準備が素早く整えられた。
「全砲門、異常無し。全て砲射位置」
 五十基単位で管理をする六十の発令所から馬が出され、軍吏がその報告を纏め、曹操に状況を知らせる。
 曹操は軍吏に対して「うむ」と頷くと、
「先ずはご挨拶だ。一番から五百番、二千五百番から三千番は、砲撃準備。合図を待て」
 と指示し、静かに哂った。
 十里の射程を誇る野戦砲である。敵は充分射程圏内にあった。
「今一度言おう。最早、諸君等の時代は終わったのだ。破滅への扉は、今開かれる。己の不幸を哀れむが良い!」
 曹操は砲撃の為、挙げた右手を勢い良く振り下ろす。
 直後に左右から砲声が轟き、地は何度も微動した。

記述者 strap : 02:12

2007年01月15日

今回は、荀彧を主役にw

最近ではアルテイルというネットゲームにはまってしまい、全く三国志や小説の事は考えてませんでした(汗)
久しぶりの更新です。

今回は荀彧を主役に書いてみました。時期的には、『元讓出征--「わが諸夏侯曹伝」の中--』とほぼ同時期です。
夏侯惇棗祗が反撃に転じる為に準備を進めている頃、荀彧とその手下は、こんな事をやっていたんですねw

久しぶりに擬似漢文調なので、ちょっと読みづらいかも知れません。
荀彧のイメージは、荀子の子孫という事もあり、僕の中では孔子なんですよねw
なのでこれは、「墨子」の「非儒下第三十九」に描かれる孔子像をモデルにしています。

王必という人は、降伏して命乞いをする人を見ても平気な顔で「殺せ」という様な人なのですが、屹度こんな感じの人だったのではないかと思います。
王必、侯声、厳象は、僕の作品では荀彧の鼻息を窺う三羽烏の役どころですね。

「司馬」は荀彧の役職。
「呂温侯」は言わずと知れた温侯、呂布の事です。
「興平の元年」は、西暦194年。

タイトルは荀と苟の字が似ている事から。

タイトル
「荀彧苟義」

興平の元年、呂温侯の軍の侵攻に接し、潁川の荀彧、務めを全うせず、守るべき城邑を棄て逃走す。
従う者、僅かに数名のみ。
荀彧、范に向かうに際して窮し、藜羹に米粉を混ぜられぬ事七日。餓えに苦しみ進退を窮める。
供の侯声、厳象、二人して豚を盗み、荀彧が為に此れを煮る。荀彧、肉の由りて来る所を問わず、食した後に二人を褒むる。
二名の褒められし事を妬み、功を焦りたる王必。故に刃を用いて殺人し、その衣を剥ぎ、以って酒を買う。無論荀彧、酒の由りて来る所を訊ねず、呑みた後にこれも褒めた。
范に到り荀彧、席端しからざれば座せず、肉を割く事正しからざれば喰らわず。その礼法、微に入り細を穿つ。范は臨戦の急にも拘らず、荀彧に困ず。節用の中、荀彧のみ贅を極める。范の人、「司馬は戦時の厚害」と評し顔を顰める。
荀彧、飢約すれば則ち妄りに人より奪いて、以って身を生かすを辞せず。飽食なれば則ち行を偽り、以って自らを飾る。汚邪詐偽なる事、何が此れより大ならん。
古人曰く「衣食足りて礼節を知る」。此れ、荀彧が為の言葉なり。

記述者 strap : 02:19

2010年05月01日

習作を発見

古いフロッピーディスクを漁っていたら、忘れていた習作を二編発見した。
時系列的には、「英雄と名将の立つ風景」の第一回と第二回の間に入る話(已後A)と、第五回の直後に入る話(已後B)らしい。

Aは、徐栄を主役に、郭汜、董承、そして牛信(董卓の娘婿)が登場する。
モチーフとしたのは(相手が孫権の父である孫堅という事もあって)215年の合肥の戦いで、徐栄、郭汜、董承が其々張遼、楽進、李典に相当する。牛信が一応薛悌の役どころに近い。

Bは赤莵を見ている李黒の視点で書いた、陳衛との会話劇だ。これは「夏侯惇に関羽が認められた時、赤莵が騒いだ」というダイアローグで、言わば「英雄と名将の立つ風景」の没稿だった様だが、全く書いた憶えがない。
今読んで見ると、会話の内容が(悪い意味で)軽く、薄っぺらかった。採用しなかったのは正解であろう。
発言内容は、三国志と馬に書いた内容の要約……というか、焼き直しに近い。
李黒と陳衛に関しては、董卓殺害に関与した呂布配下三名を参照の事。

棄てても良いのだか、ここで初めて公開する。
タイトルは仮に「レッドハット・レッドヘアー」としておこう。どちらも略すとLHとなる(幘はhatではないが、僕がこれを書いた当時レッドハットLinuxを愛用していたので)。


 沈黙が支配する軍議の席上、最悪だと中郎将の徐栄は嘆く。
 実に最悪だと思った。
 それは徐栄にとって、本当に最悪だった。
 虎牢、汜水の両関ばかりに気を取られていたが、敵は又もや万を大きく超える大軍を梁の東部に集結させつつある。これを重要視した涼州の軍では敵の作戦名と同じく赤幘の暗号でこれを呼び、四千の兵でこれに当たる事が決定した。無論、数が違いすぎるのだから、壊滅を目的とする訳ではなく、潰走を目的として敵に当たるのである。これは大変に難しい任務であった。
 偖、これに当たる三名の人選が行われたのであるが、ここに徐栄の名が挙がっている。これを徐栄は最悪だと思う。
 任務に当たる指揮官三名と護軍一名。
 徐栄。
 郭汜。
 董承。
 護軍に牛信。
 最悪だと徐栄は思う。
 しかし何も仕事の困難さを嘆いている訳では無い。
 徐栄は人選に不満がある訳である。最悪だと。
 徐栄は郭汜の蛮勇を誇る事、董承の名士ぶったところが大嫌いで、出来れば顔を会わせたくないとさえ考えていた。又、二名もそれぞれ徐栄を嫌っていたし、しかも両名とも、それぞれにお互いを嫌っていた。つまり、三名が三名とも、他の二名を嫌っているという組み合わせだった訳である。
 最悪だと思う。
 こんなもので高度な連携など求められよう筈も無いと思う。
 全軍の配置を決定した李儒の真意が徐栄は全く分明らなかった。確かに董卓の娘婿である牛信は、董承とは親類であるし、董卓子飼いの郭汜とも親しく、徐栄とも別段不仲では無い。しかしだからと言って、三名での作戦が巧くいくと考えられる筈が無い。
 実に、最悪だと思った。
 とはいえ徐栄等三名で、二倍以上の敵に当たらねばならないのである。敵は手強い。然も明日にも攻めて来る様子なのだ。
 不本意ながら、三名で協力して対応するより無い。
 それで徐栄はすすまなかったが、渋々と二人に提案をする。
「俺が早朝、敵の出鼻を挫く為、一千の歩卒で側面から奇襲を仕掛ける。ご両名の内一命は二千程で敵を前面から牽制して戴けないであろうか」
「それで後一名と残る一千は?」
 気取った口調で董承が訊く。莫迦にされた様に感じたが、徐栄は堪えて説明を加えた。
「側面攻撃が成功すれば必ずや敵は混乱する。一名には縦陣を形成した兵で、混乱した敵の陣中央に突入してもらいたい。斯うしてこれを決定的に崩してもらえば勝ちは間違いない」
 これに反対したのは、郭汜であった。
「今は軍の一大事。勝てるやり方を選ぼうでは無いか」
「俺はその心算だが?」
 徐栄は椅子を蹴り立ち上がりたい気持ちを抑えて、然う穏やかに言った。
「敵の撹乱ならば徐栄、貴様より儂の方が優れる。儂が前面から三千を用いて噛み付き、大いに混乱させ、そうして同時に切り崩してみせるわい。貴様と董承で先ずの牽制を担え!」
 徐栄には意外な事に、郭汜は徐栄を戦場で見殺しにする気は無いらしい。己こそが危険な仕事に適任だと、然う強く主張した。
 しかし如何に敵が弱卒といえど、数が違い過ぎるのである。ただの前面突破など、失敗は目に見えている。それで徐栄は声を荒げようとした。しかしその時。
「私は中朗将の意見に賛成です」
 と、董承が発言をする。それで徐栄は勢いを削がれて了った。
「貴様、俺が徐栄に劣るとでも言うのか!」
 当然の事ながら郭汜が声を荒げ、机を叩く。
「いいえ。ご貴殿の突破力が大きな武器だからこそ、斯う謂うのです」
「何?」
「もう一度確認しますが、敵は数が多く、強力です。我等は協力し、其々の持ち味を生かして、敵を崩さねばならぬのです。それが御帝の為でもあります」
 董承が徐栄を補足して説明を始める。徐栄は、己の案を董承が支持する事が意外で仕様が無かった。
「今回の役割に、危険で無い仕事などどのみち無いのです。各々が御帝の為に最善を尽くさねばなりません」
「そんな事は解かって居る。だから儂が敵を混乱させてやろうと、然う申しているのでは無いか!」
「大きく撹乱をした後、敵には大きな隙が生まれます。そこを突いてこそ勝利が生まれる。撹乱を起こすのがご貴殿であれば、その隙を突くのは難しい。つまりは、その後の攻撃を私か徐栄が担わねばならない。それが最良だと、ご貴殿は本当にお思いか!」
 斯う、董承が述べた時、徐栄は「巧い!」と、心中で唸る。慥かに事実では有るが、斯うやって煽て乍ら、自尊心の高い郭汜を説得するのは巧い手法だと思った。
 郭汜は渋々頷く。
「慥かに、撹乱は徐栄にも出来るが、突入は儂にしか効果的に出来ぬ仕事だ。撹乱は徐栄が適任だ」
 実にそのとおりだと徐栄は思った。
 敵の中央に寡兵で真っ直ぐと突っ込む蛮勇こそが、この男の持ち味なのだ。頭の切れる自分には到底真似の出来ない事だと知っていた。
「俺が撹乱する為には先ず、粘りのある牽制が必要です。これは……」
「解っている。私が適任だろう。君への注意をそらし、中央へ突撃する兵を巧く温存させよう」
「つまり、先ず前面から董承が奇襲攻撃を行ない、敵の注意を引き付ける、と。ここには二千五百ばっかし回すか」
 二千五百は好い数だと徐栄も思う。
「それに慌てた敵に側面から徐栄が更なる奇襲を行なう」
「然うです」
「そして儂が最後に突っ込んで、片を付ける、と」
「然うです」
「悪か無いな」
 郭汜は凶悪な顔で笑い、
「徐栄、お前なら六百あれば充分だろう。巧くやれよ」
 と付け加えた。
 斯ういう事で、計画は短い時間で巧く纏まって了った。案ずるより産むが易しとはこの事か。
 徐栄が思うに、三名の特性を考えれば、半数以下で敵軍を叩けると、李儒はそう計算したのでは無いか。董承の堅実な用兵、己の機動性を活かした奇襲、郭汜の獰猛な突撃戦術。確かに今思えば、三名は三名とも優れた持ち味を持っているし、協力すれば強力なのは事実である。そう考えると、四千名という寡少戦力でさえも、夜間行軍の隠密性を重視した員数に思われた。否、寡少な戦力でなければ、話自体纏まったかどうか疑わしい。「若し本当に斯う纏まる事を予見していたなら、大した策士だな」と、感嘆を禁じえないが、恐らくはそれが事実であろうという確信も有る。
 軍議の最中牛信は一言も発しなかったが、嬉しそうな顔をして、
「まぁ、三名が互いに合力するなら、難しい仕事では無いでしょう。最早勝ったも同然です。必要な物資は書類で提出して頂かなくとも結構です。直ぐに引き渡す様、既に通達して居ります」
 と述べ、続いて解散を宣言した。それは最初からこう帰結する事を知っていたかの様な、口振りである。恐らくは李儒に、斯うなる事を事前に聞かされていたのであろう。
 二人が明朝の準備の為に慌しく場から去ると、
「助かったよ」
 と言い、労う様に牛信は徐栄の肩を叩く。徐栄が先ず口を開かねば纏まらなかった訳であるから、牛信としてはそこを評価したのであろう。
「実は聊か冷や冷やしていたのだ。斯ういった戦術の事に、権限の無い私が口出ししてはならんしな」
 と、牛信は己の気持ちを明かした。
「こちらも勝つ為ですから」
 と徐栄も答える。
「うむ、回せる戦力が少ないが為に、君たち三名が最良だと判断された。然う言ってくれると助かるよ」
 この発言から徐栄は、牛信が今全体の戦況を把握しているのでは無いかと思った。それでこの機会にと、気に成っている事を牛信に訊ねる。これを聞かねばやはり作戦に集中は出来ない。
「虎牢と汜水での戦況は今、どうなっているのですか?」
 問われて牛信はうーんと唸り、
「どこも苦しいよ。諸将を敵に回して包囲されている状態だからね。でも、当分は大丈夫だろう」
 と答えた。矢張り知っているのだ。
「大丈夫とは?」
「膠着しているという事さ」
「膠着、ですか?」
「然う。まぁ、少なくとも虎牢に関しては大丈夫だ。今敵軍は汜水を攻め様と酸棗に集結しているし、虎牢には曹操の率いる五千が付いているに過ぎ無い」
 曹操の名を聞き、徐栄は驚く。奇策を用意しているのかも知れない。
「しかし曹操と言えば、兵権謀の大家では有りませぬか! そんな強敵がいて、本当に大丈夫なのですか?」
「慥かに曹操は手強く、この五千は厄介だがしかし、兵を駐屯させていさえすれば、この五千も簡単にあの堅固な防塁を攻めたりはせぬさ。兵権謀の大家故に、そこを攻めようとは思わんだろう」
 斯う言われると成る程なと思う。確かに兵権謀の大家ならば無謀な事はすまい。つまるところこの五千は、虎牢関の兵員や物資を、汜水関に過度に移す事を抑止する一団でしかないのだ。ここから大きく兵員や物資を割けば、五千で襲い掛かって来るのだろうが、然うしなければ、何ら恐れる事は無いのである。
「では、汜水関が危険なのではありませんか?」
 徐栄は又も心配になる。
「否。大丈夫さ。何とかなる」
「如何されます?」
「如何も斯うも莫いよ。敵さんの都合だ」
「敵の?」
「おうよ。敵も攻める気が無いのだ」
「攻める気が無い? 敵は汜水関を大軍で包囲しているのでしょう?」
「まぁ、そこが奴等の纏まりの悪さだろうよ。袁家のお坊ちゃまが踏ん反り返っていたところで、誰も従いたくは無いだろうさ」
 然う言われると、少し徐栄も解かる気がした。名門を鼻にかけるあの男の為に、大切な兵を犠牲にしたくは無いのだろうと思う。
「我等の勢力の拡大は阻止したいが、己が積極的に動こうという者は居らぬと、然ういう訳ですね」
「然ういう事だろうね」
 牛信は苦笑する様に言った。
「しかし間違いが起こらんとも限らんのでな、例の男を使って一騎打ちを呼びかけて居る」
「呀、見えざる手、ですか」
 董卓の軍に有って一騎打ちと言えば、「見えざる手」の綽名で呼ばれる男、驍騎校尉華雄の担当である。普段は胡軫という董卓の重臣の身辺警護をしている男であるがこの男、武術には特別の才が有った。
 華雄は魔人の如き強さを誇る男で、その攻撃は予測不能。優れた身体能力と奇抜な武術、そして熟練の馬術で、十人の精鋭を一瞬にして倒す事が出来る程に強い。実戦も多く経験しているし、死線を彷徨う程の負傷経験も有る。上品な育ちの武術で倒せる様な男では無かった。
「うむ、奴だ。まぁこれでしばらくは時が稼げるだろう」
「成る程。一騎打ちで済むと思えば、攻める気に成りはしません」
「然ういう事だな。それに元々面子の為に集まった様な、面子大事の連中だ。あいつ一人を斬れぬとなれば面子は丸潰れ。必ずや一騎打ちで倒そうと試みるだろうよ。士気にも関わるしね」
 ここ迄言われれば、全体が見える。
「然うして時間を稼いでいる間に、二方向の敵を倒し、こちらも戦力を汜水関に集中投入するのですね?」
「ご明察! 然うなれば洛陽と長安に待機している予備兵力も投入出来るだろう。まぁ、あの魔人が斬られなければ、こちらの勝利は確実だよ」
 牛信の会心の笑みを見て、徐栄は勝ちを確信したが、それも自分が仕事を遣り熟す事が前提である事に気付き、ここで新たに気を引き締めた。


 呂布の駕跨する赤莵が麒驥である事は、李黒も当然知っている。
 その緋色に近い栗毛の軍馬は、高貴な風格を感じさせる気高き馬で、人々に「人中の呂布、馬中の赤莵」抔と評させるのも良く解る。
 この世に赤莵程速く駆ける馬は居らず、この世に赤莵程長く駆ける馬はいない。その常識を外れた能力は、項羽が駆った烏騅とて及ぶまいとさえ思う。
 しかしそれでも、李黒はこの馬を莫迦だと思った。
 今日はやけに騒がしい。他の馬はお利巧にしているというにも拘らず、赤莵一頭のみが騒ぎ暴れている。
「黙れ!」
 と李黒が一喝したところで一向に収まる気配が無い。
 然うして李黒が赤莵に手を焼いていると、厩に同僚の陳衛が現れる。
「然う怒鳴るなよ、煩いなぁ。馬が遊んでいるだけじゃないか」
「斯う煩くちゃ、他の馬に悪影響が出る」
「良いじゃないか、騒いでんのは赤莵なんだから。そんなに首にぶら下がったところで、如何にもならんぞ」
 李黒が必死で眺めるのを見て笑う。
「赤莵は特別俊敏で、特別力強く、特別胆力のある、特別大きな、特別賢い特別な馬だぞ。騒いでいるのにも訳があるかも知れん」
「馬が騒ぐのに、訳などあるものか!」
「そりゃ解からんさ。そいつは先祖返りだ」
「先祖返り?」
「憙。そいつは竜の血が濃いんだろうよ」
「竜?」
「何だ、お前知らんのか」
 李黒はそれに憮然と言い放つ。
「知らん!」
「なら、説明してやる。そいつの騒動は諦めてこっちに来い」
 と、陳衛は手招きをした。それで李黒は赤莵を宥めるを放り、厩を出た。
 厩を出た二人は地に腰を下ろす。
「馬が夜、目が見えてるのは知っているだろ?」
「それは知っている。だから騎兵は夜戦に向く」
 その位の事は、呂布麾下の者には常識中の常識だった。騎兵戦術を得意とする呂布の軍は、故に夜戦で強い。
「然うだな。ありゃな、馬が夜行性だからなんだよ」
「然うだろうな」
「於乎。で、だな、何で夜行性なのかと言うと」
「言うと?」
「これが実は、馬が竜の子孫だからなんだ」
 陳衛は李黒に結論を述べた。
「本当か?」
「本当だとも。馬はな、竜と同じ様に、目玉の上部に緑色の輝板がある。又、脚部に在る鱗の名残りにも、夜目を補佐する役割がある。これが、馬が竜の子孫である慥かな、然う、絶対的な証拠さ」
 李黒も確かに、馬の脚に附蝉と呼ばれる鱗の生えている事を知っている。確かに然う言われると、馬は竜の子孫である様な気がする。
「馬の先祖はな、本来竜だったんだ。それが永い年月を経て退化し、今の馬となった。北方産の草原馬は、その先祖の血を濃く受け継いでいるのであろうよ」
 赤莵は幽州の産で、吉量と呼ばれた草原馬の子孫である事を李黒は知っている。吉量は虎の様な銀の縦縞のある栗毛の馬で、荒々しく剛健な野生馬であった。鬣は焔の様に赤く、眼は火花の様に光り、附蝉は電光を発したと云う。記録には、「周の穆王の八駿にも匹敵する駿足であった」とある。
「先祖返りが稀に竜馬を生むと云う。そして恐らく赤莵は、先祖返りだろう。然うでなければあの常識外れの力、説明が付かん!」
 然う言われると、李黒も然ういう気がしてくる。併し何故、先祖返りの竜馬だからと言って、一頭だけ激しく嘶くのか。その因果関係が解からない。然う言おうとすると、
「感じているんだろうよ」
 と、先回りして陳衛が述べる。
「俺達人にも、他の馬には感じられぬ、何かを感じたんだろう。竜馬だからな」
「何を感じたんだ?」
 李黒は溜まらず訊いてみる。併し陳衛の答えは、すっきりとするものでは無かった。
「そりゃ俺にも解からんさ。赤莵が恐れる位のとんでもない敵将が今、あっちに到着したのかもな」

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