三国志小説論
 三国志小説作品目録
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2005年05月06日

白沢図-前書き

pc版「白沢図」には、前書きがないので、ここで付ける。

尚、携帯端末版はこちら

はじめに「自作解説」

さて、「三国図書館」の記念すべき第一回は、私が担当させて戴きました。以後に続く方々に先駆けての発表をお許し下さった天草さんに、お礼を申し上げたいと思います。
さて、この作品は、私が書いた初めての怪異譚です。今回ホームページで閲覧される事を考慮して、短かめにまとめてみました。又その為に、プロットにひねりを加える事を断念致しましたので、有名人物が登場しながらも、三国志の中でもあまり知られていない(しかし一部では非常に有名な)エピソードを選択しています。
尚、この大本となった逸話は、晋の時代に干宝という人によって編集された、「捜神記」の巻十二に納められています。この本は、裴松之の注釈にもしばしば引用される書物で、三国志の登場人物が遭遇した事件を、多数取り上げています。竹田晃という人の訳で、平凡社から出ていますので、機会があれば是非、一読してみて下さいね。
又、作中の「私」は、三国志呉書の登場人物です。捜してみて下さい(索引で、諸葛建から探せば楽やも知れません)。
主人公の諸葛恪ですが、作品は別人の目から見た一人称で書いていますので、本来ならば彼の名は、「諸葛元遜」と、字で呼ぶべきかもしれません。しかし混乱を回避する為に作中では、「恪」としています。何卒ご了解下さい。

さて、作中の「私(字は伯先)」が誰なのか、三国志ファンならば、当然わかりますよね?

投稿者 strap : 23:22 | コメント (0)

2005年05月08日

呉書シリーズ 故国

他の事をする為、しばらく書かない事にしました。
手元に資料が薄い事が原因です。

まだ数行しか書いてませんでした。

一 その曇天とは対照的に、その顔は実に晴れやかであった。

私は、あの人があの様に嬉しそうな顔をしようとは、夢にも思わなかったので、大層意外だった事を記憶している。

私もあの人の帰郷を寂しく思いながらも、本当に悦ばしく思った。
しかしあの空の、何と暗示的であった事だろう。


私の師とも言うべき人物、于将軍は、名を禁といい、泰山郡鉅平県の人である。
于将軍は中平元年甲子の年、黄巾の乱が起きると、鮑信の呼びかけに応じて従い、王朗という将軍を良く輔佐した。この後、兗州が青州黄巾賊の侵入を許すと、陳宮に伴い寿張を監督していた棗祗に見出され、曹公の軍の中核となった。この後于将軍は、一軍を率いて中原中を転戦し、二張楽徐の四将に劣らぬ戦功をあげる。建安の初め、温候が徐州を制圧すると、真っ先にこれに当たり、強靭な敵軍に対し良く善戦した。当時の温候の軍を見れば、成廉、魏越を筆頭に、高順、侯成、宋憲、魏続、張遼、陳宮と、錚錚たる顔触れであったし、陳紀の孫、羣の軍規が精兵で知られた集団を形成していた。善戦が如何に難事であったかは、想像に難くない。

こんな感じでした。

投稿者 strap : 22:42 | コメント (0)

2005年06月04日

シナリオハンティング(1)

物語を作る時には、二つの作法が有る様に思う。
それは、

キャラクター優先
物語優先
かという事である。無論両方を面白くする事は重要だが
、「こんな人物を書きたい(この人を書きたい)」
と思って書き始めるか、
「こんな事件を書きたい(この出来事を書きたい)」
と考えて創作意欲が湧くか、という事である。
皆さんはどちらを創作の切っ掛けとされる事が多いだろうか?

僕の作品、呉書シリーズの二編(白沢図濃醪
)は、そういう意味で、全く違うアプローチで書かれています。

白沢図
この作品は、

三国志の主要なな登場人物が関わった事件の内、一般的には有名でありながら、三国志ファンにはあまり知られていない話
を書こうと思い、シナリオハンティングしました。多くの候補の中から、諸葛恪が関わったこの物語となりました。事件を調べる内に、諸葛恪を別の事柄から分析し、強気の人物としました。

濃醪
この作品は、(白沢図の前日譚か後日談にしたかったので、)呉に関係している人物か事件を書こうと考えました。しかし事件を見つけるのは面倒だったので、結局は呉関係者の有名人の紹介をする事にしました。しかし、紹介だけを主とした内容ですから、本当の有名人を書いても仕様がありません。そこで、

三国志に書かれた人物の内、一般的には良く知られた人物だが、三国志ファンはあまり語らない人物
の紹介を書こうと思いました。それで白羽の矢が立ったのが、鄭泉です。鄭泉は、実は(後日書きますが)一部ではとても有名な人物なのですよ(そう言えば、鄭姓で思い出したのですが、鄭玄なども、社会科の教科書に載る位であるのに、殆ど三国志ファンは話題にしませんね)。

つまり、白沢図は「物語優先」、濃醪は「登場人物優先」という事になるでしょうか。

投稿者 strap : 02:20 | コメント (0)

2005年06月06日

人物紹介  鄭泉

さて、自作濃醪は、シナリオハンティング(1)で述べたとおり、キャラクター優先で書かれた作品ですが、主役の鄭泉はあまりにも三国志ファンには馴染みの薄い人物ですので、素直に「呉主伝」からで無く、万葉集の解説書から引用したいと思います。 本来は「万葉集講義」という本から直に引用したかったのですが、発見できませんでしたので、孫引きとさせて戴きます、ご了承下さい。又、引用する「万葉集講義」という書物じたいが、三国志を孫引きしたものである事もお断りしておきます。 以下引用。()内一字。
琱玉集巻十四嗜酒篇に
鄭泉、字は文淵、陳郡の人なり。孫権の時、太中大夫となり、性酒を好む。即ち嘆じて曰く、願はくは三百(百升)の船を得て酒をその中に満てて四時甘(食肴)をもちて両頭に置き、升升を安んじて傍らに在り、減るに随ひて益さば、将に一生を足れりとすべきのみと。死に臨む日その子に刺して曰く。我が死なば窯の側に埋むべし。数百年の後化して土とならむ、覬取りて酒瓶を為らむ獲心願ふと呉書に出ず
という風に、万葉集の解説書で紹介された鄭泉は、三国志ファン以外の所で、実は有名人なのです。超子孫引き、ご容赦でした(笑)

投稿者 strap : 00:21 | コメント (0)

2005年07月10日

自作解説:呉書シリーズ2) 濃醪

呉書シリーズ2) 濃醪参照)

三国志物語の魅力は、その優れた登場人物達の争いにあると思います。
そこに出てくる人々は、勇を比べ、武を較べ、その策謀を競います。
そして、己より強い者が現れた時、舞台裏に引くのです。より強い登場人物の有能を印象付けて。
ヤラレ役の代表格であり、主役級登場人物には全く適わない華雄や周瑜でさえも、優れた人物として設定されています。

畢竟するに、三国志物語における魅力的な登場人物は、例外なく武勇に秀でているか、権謀術数の人物となります。そこでは有能で無い人物など、無能と変わらぬ扱いです。


自作「呉書シリーズ2) 濃醪」では、鄭泉という人物を主役としました。この人物は、無能でこそなかった様ですが、武勇に優れた訳でも、政策に秀でた訳でも、外交が巧かった訳でもありません。三国志通俗演義を始め、僕の知る他の三国志物語にその名を見た事はありません。三国志と大宰帥大伴卿で書いた様に、少なくとも本邦ではマイナーな人物という訳ではありませんから、ただ単に、作中活躍できない不要の人とされたもでしょう(物語の登場人物は、必要があって初めて舞台に登場させられる訳ですから、ストーリーの進行上、不要な人物はなるべく出したくは無いものです。読者としても、活躍もしない登場人物を徒に増やされても混乱するばかりです)。
鄭泉は、戦場で功名を挙げたという記録も何も無いこんな人物ですが、僕はこの人物を魅力的に描こうと、呉書シリーズ1) 白沢図の前日譚として呉書シリーズ2) 濃醪を書きました。これは三国志物語のスピンオフ的作品であったから出来た事ですが、何とか巧く出来たと思っています。

投稿者 strap : 04:08 | コメント (0)

2005年08月14日

男が泣きたい時

少年時代、僕は「男とは悲しい事があっても泣かないものだ」と思っていた。
しかし今、それが間違いであった事を知る。
「泣かない」のでは無く、精神構造の為に「泣けない」のだ。
僕は自身の経験でそれを知った。

世の中には辛い事もあるし、寂しい事、悲しい事。沢山ある。
そんな事態に出逢った時、泣く事が出来たなら、どんなに楽な事だろう。
プライドも、意地も外聞も、全てをかなぐり捨て、声をあげて泣く事ができたならば、どんなに発散できる事かわからない。
しかし、「男」というのは、己に「男」という認識を与えた時点で、自分の為に泣く事は出来なくなるらしい。
その精神構造が、己の為に泣く事を許さないのだろうか?
男としての誇りなどは捨て去り、いっそ泣いてすっきりしたい。そういう思いをしているにも関わらず、男は泣く事が出来ない。一滴の涙も零れないのである。
泣く時は常に、他人の痛みの為であるか、人の優しさに触れた時でしか無い。「男」とは、何と不器用な生き物であろうか。

僕の自作においても、三国志の登場人物達は、己の為に泣く事はしない。泣く時は常に他人の為である。本人はただ、悲しそうな顔をするだけである。泣いた時は、既に「男」では無い。

太祖は涙ながらに、殺されに向かう陳宮を見送ったが、陳宮が振り返る事は無かった。

陳宮が死ぬ時、曹操は人目を憚らず涙を流したそうだが、それは慟哭であったのだそうだ。ならばそれは、陳宮という雄奇な才能を惜しんでの事では無いだろうと、張遼はそう思う。

僕の作品上での解釈はおいておいて、陳宮の処刑の際、曹操は陳宮の為に涙を流したと記されている。しかし陳宮が涙したとの記述は無い。しかし陳宮もまた、心情的には涙していたのだと思う。自分の死を惜しんでくれる男の涙を嬉しくない筈がないからだ。しかしやはり、己の死に直面している以上、「男」である陳宮は泣けなかったのだと思う。
CORRUPTION OHOTOMO EDITION 2004 は天草さんの作品のリメイクなので、この作品で僕は泣く人を書いたが、しかしその人は既に「男」を辞めている。

途端に恐怖が押寄せて来る。急に生への執着が強まり、涙溢れた。
「厭だぁ!厭だ孟徳!儂とは西園八校尉以来の親友では無いか!死にたく無い。死にたく無い、死にたく無い。許して呉れ!儂は役に立つぞ。儂を生かして損は無い」
 儂は恥も外聞も無く、泣きじゃくり曹操に訴える。大声を出し、叫び、訴えを聞かせた。鼻汁が口に入り、唾液と混じって地に垂れる。儂は這う様に前に出て頼んだ。後世に汚名を残す位ならば、今日の自尊心を捨てた方がまだ良い。無能な将という評価よりは、まだましだ。

夏侯惇の言葉の後、淳于瓊は子供の様に泣叫びながら、必死に命乞いを続けたが、最早それは無駄な努力であった。この様に覚悟の無い男、曹操が欲する筈が無いのだ。私は余りの痛々しさに、早く殺してやれとそればかりを心の内で唱えた。闊達で強気が過ぎる淳于瓊を必死で思い出そうと努力した。高潔な魂の、義理に熱い男の姿を。哀れで惨めな友人を、これ以上意識したくは無かった。卑屈に頼み、必死に諂う彼の姿は、最早私の知るどの淳于瓊でも無い。私にとってこれは、辛い、非常に衝撃的な出来事だった。私は親しいつもりで、友人の事をまるで知らなかったのだ。淳于瓊がこんなに弱い人間だったとは。私は彼を誤解した儘、三十年も付き合って来たのか。

同作品では

曹操が私の名を呼ぶ。瞼開き、顔を上げ見ると、曹操は未だ後ろを向いた儘であった。若しかすれば、彼も又哭いていたのかも知れない。
と書くが、これはやはり意味合いが違うであろう。


さて、本題であるが、執筆を数行で止めていた呉書シリーズの新作を書こうと思う。久しぶりに時間が出来たからだ。しかし、短い話にはなるだろう。
ここでは泣きたいのに泣けない男が悲しみを紛らわす方法を書こうと思っている。楽しみにしてほしい。

投稿者 strap : 23:27 | コメント (0)

2005年08月16日

呉書シリーズ(3) 故国

ああ、遂に完成しました。とはいえ、男が泣きたい時に書いた内容そのままです。
近いうちに天草さんの三国志図書館で公開されると思います。暫くpcのある環境から離れますので、今の内に書いておきますね。
暫くしたら、本weblogからも読める様に致します。

音楽小説にチャレンジしたのですが‥‥‥用語が限られた事に苦労しました。弦楽器の方が得意なのですが、今回は笛です。
製作日数は、五日位かな?一日一時間位で。
携帯電話で読まれる事が前提ですから、原稿用紙換算でたったの十七枚。

先に白沢図と、濃醪を読まねば、楽しめぬかも知れません。

たった今、天草さんからメールが届きました。

eiさんの作品を先に公開されるそうなので、十日後の公開だそうです(笑)
eiさんの新作、楽しみです。

投稿者 strap : 11:37 | コメント (0)

2005年09月10日

呉書シリーズの新作をupしました。

呉書シリーズ(3) 故国で完成は伝えましたが、昨日呉書シリーズ 故国としてupさせました。
まるっきり魯迅の故郷を意識したタイトルですが、実は音楽小説です。
当初はB'zの「GUITARは泣いている」のパクリで「琵琶は泣いている」とか、アホタイトルを考えたのですが、「GUITARは泣いている」がそれ程メジャーな曲では無い事を知り、現在のタイトルに落ち着きました。
楽器は弦楽器の予定でしたが、今迄散々ギターやバスを弾く現代小説を書いてきましたので、未知の分野に挑戦と、篳篥にしました。ちょいと難しかったです(汗)音楽用語を全く使わなかった事も、難しさの一因だったでしょうか。
三国志図書館感想掲示板故国感想スレッドに感想を戴けるとありがたいです。

投稿者 strap : 00:34 | コメント (0)

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