濃醪@濃醪A濃醪B濃醪C濃醪D濃醪E濃醪F
呉書シリーズ@
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当時の記憶は年月を追う毎に、私の中で味わいを深めている。それは丁度、酒が次第に醗酵して熟成していく過程に似ているかも知れない。鄭氏という人物の存在が我々にとって、如何に重要な要素であったのか。その大きさが年を重ねた今の私には、より良く判るのだ。 鄭氏が来た晩、私は皓々とした夜空とは裏腹に、気分が晴れず切々としていた。未だ若い私は、困難な仕事を無理に押し付けられた事に、すっかりと腐れていたのだ。恥ずかしい話であるが、若き日の勘違いと許して戴きたい。鄭氏には早々と帰って戴きたく、私は茶すら出さなかったが、彼は随分と用意周到で、自ら酒壜を提げて来ていた。満面の笑みを作り、「験なき物を失くす智慧の水」だと言う。彼は無類の酒好きで知られ、常々「五百石の美酒で泳ぎたい」だとか「酒に勝る宝物無し」だの、「賢しらぶって酒呑まぬ奴の、何と醜い事か」だのと発言している程だった。私をその日の盃を交す相手と、そう決めて来ているらしいと、私も流石に気付く。何とか帰ってもらおうと交渉を試みたが、年若い私の抵抗など、全くの無駄な努力であった。「付き合わなければ、貴様の家の門前で呑むぞ」という、脅す様な眼でこちらを視る。この為、私は仕方無く折れ、渋々と肴を用意させる事になった。 彼は呑み始めると真先に、 「諸葛家の長男は、十中八九失敗する」 などと謂った。態々と鄭氏に謂われずとも、誰しもが思っている事だと私が述べると、 「否。君は俺の謂う真意が判っていない。確かに多くの人々は君を気の毒に思っている。しかし俺は、君を慰めに来た訳では無いぞ」 と謂い、一口呑む。 「では、あの籌画をどの様にお考えなのでしょう」 「あのお坊っちゃんの計画は大した物だよ。矛を交えずに事を済ませようという所など、俺には大いに好感が持てる位さ。力づくのやり方ばかりが、方法では無いからね。色気も洒落っ気も無いが、些なくとも野暮ったくは無い。第一、勝算無ければ、あの計算高く小狡猾い我等が御主君だ。流石にあれ程簡単には認めはすまいよ」 而立を過ぎた男を「お坊っちゃん」は無いと思うが、鄭氏は鄭氏なりに恪を買っていたらしい。恪は当時五品で、鄭氏より品位も一つ上だったのだが、まるで気にする様では無かった。鄭氏の中では、年齢や品位が人間の価値を決める訳では無いのだ。 「しかし彼の父親も反対しているとか。胃を悪くしたと人に聞きましたよ」 私がそう言うと、 「左将軍は、憂い事が趣味なのだ。心配事が無ければ無いで、順調過ぎる事に心配になる。常に心配事をしている事で、精神の安定を図っておられるのだ。畢竟するに、適度に悩み事を提供しているあの御曹子は、それはもう、立派な孝行息子だよ」 と、醪を継ぎ足しながら答える。無茶苦茶な事を言うと思った。
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