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 嘉禾三年、甲寅の年の 七月。

 この時期は、魏の曹叡が自ら兵を率いてきた頃で、人々は撤兵で多忙な頃であり、人手は不足していた。その為、私が太守諸葛恪の属官として、丹楊郡へと赴任する事になる。この地の統治が、我々の任務であった。

 丹楊郡は当時、その極めて峻嶮なる地理的条件を背景に、争いを好む屈強な人々や、刑罰から逃れる者、山賊夜盗の類いが潜み住み、政令に従わず生活をしていた。又、山からは銅や鉄が産出し、彼等不服住民はそれらを鋳造して、武具を製造していたのである。山中の叢や沢、薮の中を自在に動き回る彼等は鬼出電入で、時に邑まで下りて来て、抄掠を働いていた。この時の丹楊郡は、広大な上に、武装した屈強な住民が隠れる、嶮岨な土地であったのだ。しかも我々の手許には、その土地の詳細な地図などは無いのである。

 これは多くの人々に 無理な仕事に思われたし、私にも当然そう考えられた。抜擢を喜ぶ気持ちなど、私には全く起きる筈も無い。しかも上官は、無理無茶無謀で知られた、強気が取り柄の諸葛恪なのである。正直に告白すると、失敗が目に見えていると感じていたので、この時は積極的な気持ちにはなれずにいた。そんな時に、私の邸宅を訪れて呉たのが、鄭氏であったのである。

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