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三国志小説論

 私は当時、于将軍の邸宅の裏庭で、隠れて剣術の稽古をしていた。無論隠れてせずとも良かったのではあるが、そこは少年時代の気恥ずかしさで、何と無く人に努力を見せる事を好まなかったのである。下手だという事を隠したかったのかも知れない。

 ある日の夕暮れ。私が稽古を一段落させ、休憩をしていると、そこにひっそりと于将軍が現れた。他に人など、普段から多くはいる筈も無いのに、何故か人に隠れる様にして来た感じがしたので、私は非常に慌て、咄嗟に隠れてしまった。何が起こるのかと息を殺し、じっと伺っていると、将軍は懐から篳篥を取り出し、そしてそれを突然に吹き始めた。

 静けさを切り裂く様に、甲高い音で始まった将軍の演奏の、何と荒々しかった事であろう。それは嵐が吹き荒ぶ様な荒々しい、激しい音の連続だった。しかもそれがきちんと楽曲の体裁を保っているのである。

 隠れていた私は、元よりじっと聴いているつもりではあったが、その始めの一小節を聴いた時、既に金縛りにあった様に動けなくなってしまった。それはそれ位衝撃的な演奏だったのだ。今までに聴いた事のある演奏とは、迫力の次元が違い過ぎた。

 出される音の高低は無茶苦茶で、音域は一つの演奏とは思えない程幅広い。篳篥という楽器が、これ程高い音を出せるとは知らなかったし、これ程低い音を出せるとも知らなかった。そして、それはとても真似が出来ない程早く、目まぐるしい勢いで音楽が紡ぎ出された。

 私は、力強い音の奔流に圧倒されてしまい、口を閉める事を忘れてしまっていた。 激しく吹かれるその音は、裏庭の木々をざわめかせる程だった。将軍の篳篥から発せられる音圧に、身体を押え付けられる様な烈しさだ。私はこの時、あの人の演奏を、自分が言葉として「凄い」としか表現できない事を感じてしまう。しかしこれは、私の言語能力に問題があった訳では無いだろう。それだけ将軍の気迫が凄まじかったのだ。

 篳篥は、激しく吹き鳴らされたが、その荒々しさにも関わらず、大きな悲しみが感じられた。篳篥の高い音、くぐもった音は、将軍の心がそのまま音として発露していたのだ。そして私は理解していた。今、笛を吹く事で、将軍は泣いているのだと。

 音は将軍の荒れた心であり、調は将軍の悲しみであったのだ。その演奏は、叫々とした悲痛の声なのだ。強い望郷の念が、将軍にこの曲を吹かせたのであろう。

 将軍が祝勝の時に吹いた愉しげな篳篥を、自身では「小手先の技術」と言った。その時は将軍の謙遜と思ったが、今はそうでは無かった事が良く解る。確かにあれは、この時の様な、?々と魂を表に出す様な演奏では無かったのだ。唯の技術的演奏にしかすぎなかった。

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